第6話 放課後ファミレス(2)
運ばれてきたドリアは、いつもと変わらない安定の味だった。月に一回以上は来ている俺にとってはすっかり慣れ親しんだ庶民の味。
だからこそ、食べ慣れていないであろう竹原が目を輝かせながらスプーンを口に運んでいる姿は、なんだか新鮮に見えた。
「私どもの自己紹介は終わりましたので、先ほどの続きで今度は後藤様の自己紹介をしていただきましょうか」
「はいはい。俺の番ね」
中断された自己紹介の続きを再開するようだ。
工藤に指名された俺は、一度スプーンを皿の端に置きコーラに口をつけた。一年前の入学当初にクラスで話したテンプレ挨拶をそのまま口にした。
「後藤春道。趣味はゲームとライブに行くこと。特技は人見知りせず誰とも話せること。……こんな感じかな」
「質問です。ライブというのは何のですか?」
「邦ロック。推しのバンドのライブとかフェスに行くのが好きなんだよね」
「……邦ロック。聞かないジャンルですね」
工藤や竹原が聴いていそうな音楽なんて、クラシックやオーケストラみたいな厳かなもの。俺の趣味とはまさに真逆と言っていい。
「なるほど……わかりました」
工藤はそう呟くとスマホを取り出し、画面に何かを真剣な手つきで入力し始めた。急になにか始めた工藤の様子を、竹原はドリアを頬張りながらどこか怪訝そうな目で見つめていた。
「明日香のメモ意味ないじゃない。いつ使うのよそれ?」
「去年三回、今年は二回使いましたよ。先日もお嬢様がクラスメイトの方に話しかけられた時に、スマホに送ったじゃないですか」
「見てないわよ、あんなびっしり文字が詰まった長文」
「活用してください。お嬢様のご学友作りのためのものなのですよ」
ドリアを咥えたまま不満げに抗議する竹原と、淡々と正論で返す工藤。主従というよりは、なんだかすっかり夫婦みたいなやり取りだな……と思いつつ、俺は気になったことを口にした。
「なぁ工藤。それ何入力してんの?」
「これは皆様の情報をデータとしてメモしたものです。後藤様のものは今更新いたしました。好きな音楽:邦ロック、フェス好き。特技:コミュニケーション能力高め(自己評価)……と」
「それクラスメイトの分全部あんの?」
「二年生の方々のデータはここにあります」
「……なるほど」
驚きすぎて適当な相槌しかできなかった。これで色々と合点がいった。借り物競争で声かけたときに、俺の名前と顔が一致していたのはこのメモがあったからか。
なんとなくメイドという仕事柄「真面目な人なんだろうな」程度の認識ではあった。でもここまでカッチリキッチリのお堅い人だとは思ってもいなかった。
その後も、共通の話題といえば勉強や学校生活のことくらいだったので、その手の話題で適当に場を繋ぎながらドリアを食べ進めていた。
二人のドリア皿が綺麗になった頃、工藤のスマホが音を出して振動した。画面を確認した工藤は、困惑したようにスマホと俺たちを交互に見比べている。
「電話、出てきていいわよ?」
「しかし……お嬢様を一人にするわけには」
「この人なら大丈夫でしょ。今だって、変な質問も失礼な行動もしてきてないじゃない」
「……」
「どうせ家の誰かからなんだから、早く行ってきなさいよ」
「……はぁ、わかりました。後藤様、《《くれぐれも》》もお願いいたします」
深々と頭を下げた後、工藤は入口へと早足で駆けていった。
こうなると、自然に俺と竹原の二人が残されることになる。それは、傍から見たら羨ましい光景なのかもしれない。
「あなたとは二人っきりでお話してみたかった。丁度いいわね」
「俺も話してみたかった。学校で噂の人はどんな人なのか気になってたし」
なんだか竹原からは、同い年とは思えないほどの圧を感じる。そんな緊張感からか、いつもよりグラスに手を伸ばす回数が多くなっていた。
俺がコップをテーブルに置いたタイミングに合わせて、竹原が静かに頭を下げてきた。
「明日香を利用しないでくれてありがとう。あの子に悪い気持ちを向けないでいてくれて、本当に感謝しているわ」
「……? ドウイウコト?」
「あの子を利用して私に近づこうとしたり、下心を持ってダシにしたりしていないでしょう?」
「……いや、それってまだ分からなくね? 俺がこれからもっと近づいて、竹原と付き合いたいとか言い出すかもしれないじゃん」
「私は家の立場上、幼少期から様々な大人を見てきたの。醜悪な下心を持つ大人に慣れ過ぎているから、そういうものはすぐに分かるわ」
別に竹原のことを噂程度でしか知らないし、可愛いから付き合いたいみたいな脳みそでも俺はない。それでも今日一日のこのやり取りでは過大評価なのではと思う。
「うーん……そうか」
俺の返事を聞いて、竹原はオレンジジュースを飲み干すと席を立った。なんとなく、さっきの工藤からの圧を考えると竹原を一人で歩かせるわけにはいかなそうだったので、俺も一緒にドリンクバーコーナーへ向かうことにした。
「なら俺は竹原に無害認定されたって感じ?」
「私だけじゃなくて明日香にもだと思う。そもそもこれも明日香が企画したことだし」
「あ、そうなんだ。てっきり竹原が言い出したのかと。二人の関係的に」
「今日だって後藤さんが明日香に体育祭の埋め合わせをする名目のものだったでしょう? それなのに、いつの間にか竹原輝来のやってみたいことを経験する場にセットアップされていたのよ」
コップに氷を放り込みながら竹原は言う。言われてみれば今の状況は、完全に竹原お嬢様のファミレス初体験会へとすり替わっている。気づかなかった。
「多分、『私の幸せはお嬢様の幸せ』みたいな面倒なこと思ってのことだろうけど」
そう言いながら、竹原は俺にアイストングを渡してくる。
「メイドさんとしては完璧なんじゃない? まぁそれが良いか悪いかはわからないけど」
「行き過ぎた自己犠牲なんて、私は求めていないの。あれは明日香の長所であり美徳で、悪癖」
「当人から見ればそう言うもんなのか。確かにな」
さっきのメモの件もそうか。あれも竹原のためという行き過ぎた献身性ゆえのもの。メイドという仕事上仕方ないのかもしれない。
それでもあれを受ける側は案外居心地の悪いものなのかもしれない。
氷を入れ終えて俺達はドリンクバーの機械の前に移動する。竹原は画面の液晶を見つめながら小さくため息をついた。
「今日もウーロン茶しか飲んでなかったけど、あれも仕事モードだからよどうせ」
「ただそういう気分だったんじゃないの?」
「幼稚園や小学校の頃は、カルピスがあったら迷わずそれを選ぶくらい大好きだったのよ? それなのに中学に上がってからは、私の前では水とお茶しか飲まなくなったんだから」
そんなころから一緒にいるなら、確かに説得力があるか。お互いの本心はどうあれ、竹原からは仕事モードに見えることには変わりないのか。
「メイド長か執事長がそうやって言い聞かせたか知らないけど。私と明日香の間にそういうのいらないのよね」
竹原はそう悪態をつき、カルピスのフレーバーにオレンジジュースを混ぜたものを選んだ。




