第5話 放課後ファミレス(1)
かくして放課後、俺は学校から離れたファミレスに来ていた。一人で通された窓際のテーブル席に座ると工藤からは「あと三分ほどでお店につきます」と言った連絡が届いている。
三人一緒に来れば早い話なのだけど、学校で彼女達といるところはあまり見られたくない。ただでさえ借り物競争の件で下手な注目を集めた今、この状況は非常によろしくない。
火のない所に煙は立たぬと言うけれど、こういった場面を第三者に見られるだけで余計な噂は立ちかねない。一度ついてしまった印象を消すことなんてできない。だから今は、「借り物競争で工藤を選んだ人」程度で収めておきたい。
グラスのコーラが半分ほどに減った頃。
「お待たせいたしました。後藤様」
「あ、お疲れ。こっちこっち」
やってきたのは終始ソワソワした様子の竹原と、相変わらず冷静な様子の工藤。俺の向かいの席に二人並んで腰を下ろすと、竹原はさっそくメニュー表に手を伸ばした。
「後藤さんは何を注文しました?」
「ドリアとセットドリンクバー。これでワンコインだからね」
「……なるほど。では私もそれにしようかしら。あ、でも……ピザも気になる」
メニューをまじまじと見つめる竹原からは、ご機嫌な様子が窺える。なんだか初めてファミレスへ連れてきてもらった時の自分を思い出して、少し心が和む。
「決まった。私も後藤さんと同じものにする。明日香はどうする?」
「私はドリンクバーのみにさせていただきます」
「おっけー。なら俺のスマホで注文しちゃうな」
QRコードをスマホで読み取りメニューを選んでいく。言葉にすればただそれだけの行動を竹原と工藤はまじまじと見つめてくる。二人の住む世界の飲食店では、セルフオーダーなどないのか。
「注文が通った。じゃあ、ドリンクバーを取りに行って大丈夫」
「……! 噂のドリンクバー……! 行くわよ明日香」
「はい、かしこまりました」
二人はどこか浮ついた足取りでドリンクバーコーナーへと向かっていった。幸いにも、この店での二人の存在は学校ほど目立ってはいない。
まぁ離れた席にいる他校の男子生徒の集団がコソコソ見てるけど。それも「あの子たち、めちゃくちゃ可愛くない?」「タイプの違う可愛さだよな」みたいなそれくらい。それ以外の大人から見れば、せいぜい街で見かけた綺麗な女の子たち程度でしかないようだ。
「戻りました」
「お帰りなさい」
戻ってきた二人のコップはオレンジ色と琥珀色で対照的。竹原がオレンジジュースで工藤がウーロン茶。あまりにも二人のイメージそのままのチョイスだ。飲み物のストローを指先で整えた工藤は、かしこまった様子で背筋をぴんと伸ばした。
「……それでは後藤様、何を議題にいたしましょうか」
「いや、そんな会議みたいなかしこまった感じじゃなくていいって……」
「……? では、普段は皆様どのようなご歓談をされているのですか?」
「俺が友達と来るときは……恋バナとか、学校の愚痴とか。あとは共通してやってるゲームの話題とかかな」
「……なるほど」
うん、たぶんこのなるほどは絶対に分かっていないやつだ。
よくよく考えてみれば、放課後にファミレスで駄弁るなんてのは、ある程度気心の知れた人とすること。そこでの話題なんて自然に発生するものだから、話の内容を考えるなんてこともない。
出会ってまだ数日の、お互いのことをほとんど知らない俺たちにいつもの雑談を求めるのは無理があったらしい。事前に二人用の会話デッキを組んでくるべきだった。
俺が返答に困っていると、助け舟を出すように竹原がポンと手を打った。
「じゃあ、三人で自己紹介をしましょう!」
「自己紹介?」
「ええ。お互いのことをもっと知るには、これが一番手っ取り早いわ。……じゃあ、まずは私からね!」
竹原は手を挙げ身を乗り出してきた。
「竹原輝来。主に工藤明日香の主人をやっているわ。趣味はゴルフと読書。特技はハープの演奏かな。よろしくね」
「……なんか色々と言いたいことはあるけど……はい。わかった」
特技がハープ演奏ってなんだよ。あれ持ってんのゲームキャラでしか見たことないぞ。
「なにか質問はあるかしら?」
「……じゃあ、読書ってどんなの読むの?」
「最近は海外の歴史小説かしらね。あとは去年文学賞にノミネートされた作品は一通り見てる」
「ほぇー……」
やっぱり竹原とは住む世界は違うな。俺なんて毎週更新の漫画を読書カウントしてるのに、こいつのはどうやら違うらしい。
俺が直近で読んだ活字は、中学生時に図書館にあったラノベくらい。それも全部読み切れなかったけど。
「……ふ」
話を聞いていた工藤が笑みをこぼした。いつもの無表情からは見えない自然なものだ。
「なによ明日香?」
「お嬢様が今あげたものは、旦那様から読めと押し付けられたものじゃないですか。あなたが普段愛読されているのは、少女漫画や男性同士――」
「ソノクチイマスグトジロ」
「……失礼いたしました」
……うん。やっぱりなんだかんだ根の部分は、普通の高校生と変わらないだろうな。というか、工藤ってあんな風に笑ったりできるんだな。そっちの方がある意味で衝撃的だ。
「気を取り直して、じゃあ次は明日香の番ね」
「はい。工藤明日香です。主に竹原輝来の使用人・メイドをしております。趣味は特にありません。特技は家事全般です」
「相変わらずのテンプレ回答ね。フルート弾けるんだからそれを特技って言えばいいのに」
「特技と誇れるほど得意ではございません。他の方々のように、綺麗な音色を奏でられるわけでもありませんし」
「はぁー。謙遜して……」
竹原は肘をついてため息を漏らした。だけど、俺の意識はそのフルートという単語に引っかかっていた。
「工藤も楽器できるんだ。しかもフルートってなんかすごいな」
「いえ、これはお嬢様に合わせて始めたもので……」
「そう言ってるけどね、明日香のフルートは本当に凄いのよ? 後藤さんも聞いてみたいでしょ?」
竹原はそうして自分のスマホを素早く操作し始めた。画面を何度かスクロールしてから、それを俺の目の前に差し出してくる。
「これ、中学一年生の時のパーティーで私達が演奏した動画」
「お、お嬢様。そのような私的な映像を他者にお見せするのは――」
「いいじゃない。減るもんじゃないんだから」
工藤が珍しく焦ったように制止しようとするが、竹原が意に介さずに動画を再生する。
スマホの画面に映し出されたのは、どこかの大広間。そこに映る二人の少女は、目の前に座る彼女たちから少し幼さを足したような印象を受ける。フルートを構える工藤は綺麗な水色のドレスに身を包んでいた。
ファミレスということもあって大きな音は出せないが、スピーカーから小さく聞こえる音色は素人の俺でも分かるほど繊細で美しい。
「普通にめちゃくちゃ上手いじゃん」
「そうでしょ、そうでしょ! うちの明日香は凄いのよ」
「演奏もだけど服装もすごいな。二人ともお姫様みたいじゃん」
「へぇー……お姫様。なるほどね……」
「え……なに?」
俺の言葉を聞いて竹原は意味深に視線を合わせてくる。その顔は何か言いたそうで普段よりも悪戯っぽい表情だった。




