第4話 屋上呼び出し
体育祭が終わってしまえば、一学期の大きなイベントはもうテストくらい。六月は祝日もないし、退屈な日々が続くのだろう。土日を挟んだ学校は体育祭の熱狂が嘘だったかのように、いつものように穏やかだ。
ただ一つ俺の状況を除いて。
「……なにこれ?」
一番乗りで教室に登校した俺の机の中に、一通の手紙が入っていた。綺麗な便箋には、達筆な字で「後藤春道様へ」と、しっかりと俺の本名が書かれている。
……待て。これは……期待してもいいやつか? 告白の呼び出し的な奴だろう。
ラインだとかインスタのDMで呼び出しとかじゃないのか最近は。むしろ、こういう手紙で呼び出される方が俺としては嬉しい。この方が形に残って感情を感じるしな。
高鳴る心臓を落ち着かせながら、浮かれ気分で周囲を見渡す。まだ誰も登校していないし、誰も来なさそう。唾を飲み込み、胸を躍らせながら手紙の封を切るとそこには飾り気のない紙が入っていた。
〈本日の昼時、屋上へ来てください。 工藤明日香〉
……工藤かいっ!! だったら告白なんて100%あり得ないだろ! 俺の胸の高鳴りと浮かれ気分を返してくれ……!
「おーっすー春道……って、朝からなんかあった? 顔あけぇけど」
計ったように悪友が教室にやってきた。思い違いで赤くなった表情を指摘してくる。
「……いや。告白イベントなんて、そう簡単に他人に起きるわけないよなーってさ……はは」
「なんかよくわかんねぇけど。どしたん話聞こか? あーそれは女子が悪いわ 俺ならそんな思いさせへんのに(笑)」
「くたばれ」
◇
本来なら施錠され、立ち入り禁止になっているはずの屋上への扉。それが今だけ不自然にも開け放たれていた。
立ち入り禁止のこの場所に、自由に入り込める人物。扉の向こうには間違いなくあの二人がいるのだろう。
「失礼しまーす」
扉を開けた瞬間、初夏の風が頬を撫でた。普段は誰もいないはずの屋上フェンス際で、日差しを浴びながら佇む二人の姿があった。
「あ、いらっしゃい。後藤さん」
風に長い髪を遊ばせながら、竹原が優雅に振り返って微笑む。そのすぐ斜め後ろには、工藤が、すっと綺麗に背筋を伸ばして立っていた。
「……失礼いたします、後藤様。急なお呼び立てをしてしまい、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だけど……ここって入っていいの?」
「はい。ここは竹原家の警備のために使わせていただいているので」
「……はは」
思わず乾いた笑いで返してしまう。これがお金持ちクオリティか。俺も言ってみてぇーそんなこと。
「で……手紙までくれて、どしたの? 俺になんか用事?」
「そう。あなた体育祭の時言ったこと覚えてる?」
あの時は自分の種目でいっぱいいっぱいで、工藤と交わした会話なんて覚えていない。
「なに言ったっけ?」
「あなたは明日香に『今回のお礼は、何か別の形で返す』といいましたね」
「……あー……言いましたね」
竹原の追及に、俺は気まずく視線を斜め上へと逃がす。確かに俺は「今度ジュースでも奢る」みたいなニュアンスで言った記憶はある。
だけどそれは行けたら行くくらいの、軽いもの。
まさか、こんなに早く約束を回収されるとは思ってもみなかった。
「今回はその埋め合わせにきました」
「なるほど、今からジュースか菓子パンでも買ってくる。それでいい?」
「私達が希望するのはそれではありません」
工藤はきっぱりとした表情で言うと、タブレットの画面を差し出してきた。映し出されていたのはイタリアンなファミレスのホームページ。
「私達のお願いは、このファミリーレストランについてきてもらうです」
「私達ってことは、俺と竹原と工藤の三人で?」
「はい。三人で」
いつのまにか工藤との約束に竹原がちゃっかり混ざっているが。まあいいだろう。それよりも問題は、そのお願いの中身だ。
「ひとつ質問なんだけど、なんでそのファミレス?」
「いい質問です。流石は後藤様ですね」
「あ、どうも」
「そもそも、お嬢様が当校へ進学された目的は『一般的な高校生活を体験すること』にあります――」
そこから、工藤による丁寧な説明が始まった。
要約すると、竹原は家柄とか立場とか、そういう面倒なものから離れて、普通の高校生活を経験したい。
ところが、学校では腫れ物扱い。友達ができる気配もなく、青春らしいイベントもほとんど経験できていないのだという。
「――ですから後藤様には、この『放課後にファミレスのドリンクバーで駄弁る』という、高校生特有の文化に付き合っていただきたいのです」
「なるほどな。おっけー、いいよ」
「いいんですか……? このような個人的なご相談に快諾していただけるとは……」
「埋め合わせなんだし俺に拒否権はないよ。それに、二人みたいなのと遊びに行けるのも、二度と泣いだろうし」
そう言うと、隣で黙って話を聞いていた竹原が、満足そうにくすくすと笑い声を上げた。
「だって、明日香? あなたを選んだ男の子はやっぱり優しいわね」
「……ご冗談はおやめください。お嬢様でなく私が選ばれたことへの嫉妬ですか?」
「はぁー? ちょっと気にしてたこと言うんじゃないわよ!」
竹原に茶化され受け流す工藤。この二人の関係はお堅い主従的な物だと思っていたけど、どうやらそれは印象が先行したものだったらしい。
もう少し柔らかくお互い冗談が言い合えるもののようだ。
こうした姿を見られたのも役得なのかもしれない。工藤は俺の視線に気づいたのか、小さく咳払いをすると、気を取り直して俺に向き直ってきた。
「それでは日程につきましては後日打ち合わせしましょう。後藤様はいつ頃がお暇でしょうか?」
「俺は今日でも全然いいけど、そっちの予定は?」
俺の言葉に、二人は手元のタブレットを覗き込みながら何やら相談を始めた。横目でちらりと見えたカレンダーアプリには、
さすがはお金持ちと言うべきか分刻みでびっしりと予定が埋め尽くされていた。
「こちらも、本日の一時間程度であれば調整可能です」
「じゃあ、今日で頼むわ。連絡先を教えておくから、このQRコード読み込んで」
「……あ、はい。ただちに」
工藤が素早くスマホを取り出し、読み取り画面をかざす。画面に表示された工藤のアカウントは、初期設定のままのシンプルなアイコン。
まあ、生真面目な彼女らしいといえば彼女らしい。
「よし、登録完了。それじゃあ放課後――」
「……春道」
「ん? なに?」
「あ……い、いえ。……それでは、本日の放課後はよろしくお願いいたします」
「うん? じゃあ俺戻るから」
そう言って俺は二人に手を振りながら屋上を後にした。
扉を閉める間際チラリと視線を向けると、先ほど同様竹原に工藤が茶化されている様子だった。
さっきと違って工藤の耳がかすかに赤く見えたのは、たぶん光の加減とかだろう。




