第3話 体育祭の寄せ書き
体育祭終わりの放課後の教室。
「春道、次俺のシャツにメッセージ書いといて」
「おっけー、俺のもよろしくー」
投げられた体育祭Tシャツとサインペンを受け取ると、俺は机の上に広げた。渡されたTシャツには「体育祭お疲れー」だとか「黄色組優勝おめー^^」といったメッセージが、所狭しと書き込まれている。
これが我が校の伝統。体育祭の終わりに、お互いのTシャツへ寄せ書きをし合うという恒例行事。俺のTシャツにも、ありがたいことにたくさんのメッセージが書かれていた。
「それにしても、お前のTシャツ借り物競争のことしか書かれてないな」
「色別リレーも頑張ったんだけど……。まじでそれしか書かれない」
「衝撃的だったからな。まさか工藤選ぶなんて」
「あれは仕方なかったんだよ。ほれ、書けたぞー」
適当に寄せ書きを済ませてTシャツを投げ返すと、俺のTシャツも返される。袖には新しく「工藤との借り物競争良かったぞ!」との文字。
どうせ寝巻にするからいいけど、あまりにも好き放題書かれ過ぎだ。書かれているものの節々に高校生の悪乗りを感じる。
放課後の教室は俺達以外にたくさんの人がこの寄せ書きのために残っている。ワイワイと弾む声と、油性ペンの匂いが教室中に満ちている。
俺のTシャツも、クラス内でたらい回しにされながらメッセージが増やされている。机にも新しいTシャツが都度都度置かれていく。
「ねぇねぇー後藤。私のもお願い」
「そこ置いといてー。後で書く」
Tシャツにメッセージを書きながら見覚えのない女子から声を掛けられる。たぶん隣のクラスなのだろう、持っているTシャツが赤色だ。
「借り物競争はなんで竹原さんじゃなくて、工藤さんを選んだのー?」
「またそれかよー……そんな気になるもん?」
今日だけで何十回、何百回と聞かれた質問。
別によくね? 工藤だって可愛いんだし。って思っていたけど周りからすればそういう問題ではないらしい。
「気になるでしょー。工藤さんって確かに可愛いけど……ねぇー?」
「?……なんか俺、聞かない方がいい系の話?」
「なんというかさ。工藤さんって無表情だし、ちょっと不愛想じゃない?」
不愛想っていうのは分からないけど、無表情っていうのは分かる気がする。
趣味、声、性格、所属する部活、運動神経、内向的か外交的かなど様々な要素でクラスコミュニティにおける立ち位置は決まってくる。そこにおいて外見というのも重要な要素なのだと俺は思う。
だけどどんなに整った顔立ちをしていても、普段全く笑顔を見せない人間に誰も近づきたいとは思わない。そういう部分が回り回って、冷たいとか不愛想といった印象に繋がっているのだろう。
「クラスだとそうなんだ。俺初対面だからそこらへん全く分かんないわ」
俺は肯定とも否定とも取れない言葉で適当に濁すことにした。ぶっちゃけ、そのあたりの事情はよく分からない。
「え、初対面なのに工藤さんついてきてくれたの……? めちゃくちゃ意外なんだけど」
「なんで引き受けてくれたのかは俺も分かんないけどさ。案外、ノリが良い人なんじゃね?」
「いやぁー……とてもそうは見えないけどなぁ」
これも不思議なところで噂話を聞く限り彼女が、竹原以外と話している所を周囲は見たことがないらしい。話しても必要最低限。そんな人が別のクラスの後藤春道の誘いに乗ったというのは話題を盛り上げる大きな要因だったとか。
なんて話をしている間にTシャツの寄せ書きをどんどんさばき終わった。あと書いていない人はこの場にいないし、最悪明日書いてもらえばいい。
カバンにTシャツを押し込もうとした瞬間、さっきまでワイワイと賑やかだった教室の雑談がぴたりと途切れた。
静まり返った室内で廊下から近づいてくる二つの足音だけがカツカツと響き渡る。何事かと顔を上げると、そこには散々お世話になったばかりの、二つの顔があった。
「後藤さん。先ほどはうちの明日香がお世話になりました。ありがとう」
「あ、どうも」
竹原の言葉に続けて、工藤も綺麗に頭を下げてくる。……いや、お世話になったのは間違いなく俺の方なんだけど。
「ごめんね。俺から直接お礼に行かなきゃいけなかったのに、申し訳ない」
「ううん、大丈夫よ。そのTシャツを見たら、引っ張りだこで忙しいのはすぐ分かったもの。ねぇ、明日香?」
「はい。後藤様のお人柄の賜物かと」
生真面目な顔で言い切る工藤に、俺は苦笑いを返すしかなかった。クラスの連中からの刺さるような視線が、痛い。さっさとやり過ごしたい思いで俺は要件を尋ねた。
「えぇっと……。挨拶に来たって感じ?」
「そう、本日はありがとう。それでは」
再度頭を深々と下げて二人は廊下の方へと向かっていこうとする。律義だなと思いつつ後ろ髪を引かれる思いもある。なんか悪いことをした感じもするし、もう少しここにいたらいいのに。
わざわざ出向いてもらったのに、塩対応で追い返してしまったような申し訳なさが残る。……それに、もう少し話していたいという気持ちも、正直どこかにあった。
「あ、あのさ! 二人とも、これから少し時間ある?」
「え? ええ……まだお迎えの車が来るまでは、少し時間があるけれど」
足を止めて振り返る竹原と、その隣で不思議そうに首をかしげる工藤。俺は手に持った黄色いTシャツを改めて机の上に出した。
「もし良かったら、俺のTシャツに寄せ書き書いていってくれない?」
「寄せ書き? まぁいいけど」
サインペンを手渡し、メッセージで埋まった背中の中でも、一番端に残っていた僅かな空きスペースを指さした。ペンを受け取った竹原は、びっしりと書き込まれた他のメッセージを目にしてくすりと楽しそうに笑う。
「明日香のことしか書かれてないわね。私もそれについて書けばいい?」
「……いやぁそれは本当に勘弁してください。あなたに書かれると妙な説得力が出ちゃいますんで」
「ふふ。確かに。じゃあ私はこれでいいかな」
俺のTシャツを引っ張りながら竹原は笑いながら文字を書いていった。書かれた文字は「楽しませていただきました、あなたは見る目がありますね」というもの。なにか色々と意図を考えさせるものだ。
さらりと綺麗な字でメッセージを書き終えると、竹原は満足そうにペンを工藤へと手渡した。
「はい、次は明日香の番よ」
「失礼いたします」
ペンを受け取った工藤が、すっと俺の机の前に歩み寄ってくる。俺のTシャツに書かれていることの大半は男子高校生特有の悪ノリ文章だ。工藤とのことを茶化すようなものもあるため、本当は彼女に見せたり書かせたりするのは少し申し訳ない思いもある。
とはいえ、ここまでの流れを考えると今さら止めるわけにもいかない。工藤はTシャツの端に素早くペンを走らせると、姿勢を正して頭を下げた。
「ではこれで。私達は失礼いたします。お嬢様行きましょう」
「ええ。じゃあみなさん、また明日」
二人はそのまま嵐のように教室を去っていった。静寂が破れ、クラスメイト達が一斉に俺の机へ押し寄せてくる。騒ぎの中俺は工藤が残していった文字に目をやる。
「私を指名していただき、ありがとうございます。またお話しできることを楽しみにしております」
またお話か。もしその機会があれば、借り物競争に着いてきてくれた理由も聞いてみるか。




