第23話 図書館(3)
教師役が竹原から工藤に代わって、人によってこうも教え方が違うのかと実感できた。
「この文章は時間をかける必要はありません。使われている文法表現も、今回重要視されている箇所ではないです」
工藤の教え方は、去り際に竹原が言っていた通りの、高得点を取ることを主体としたものだ。英語という教科を理解するより、テストで点を取る最短ルートを教えてくれている。
高校の定期テストで点を取るって言うことに関しては、一から説明されるよりこれの方がシンプルで分かりやすい。すまん、竹原。
配布されたプリントを眺めていると、工藤は横から指を差してきた。
「その四択問題は選択肢も丸暗記してください。今回担当の先生は、過去の傾向的にそのまま出してきます」
「傾向って……。本当~? 信じてないわけじゃないけど大丈夫か?」
「問題作成者も人間です。人が作るものにはどうしても、その人の意志や思いっていうのは現れるものです」
「でもAIとかで作らせるかもじゃん?」
「普段の言動からこだわりが強く、プリント教材も自作する先生です。それは考えられにくいですね」
考えて理解できるようになるというより、傾向から読み取って対応する。情報収集が得意な工藤らしい、メタ的な考え方だ。
それで実際に学年で高順位を維持しているというのだから、彼女の人読みの精度は高いのだろう。
「なんか工藤の勉強の仕方って、情報戦って感じだな。俺の勉強の仕方と根本的に違うわ」
「はい。私はお嬢様や後藤さんのように、感覚的に問題を解けません。ですからこのような山を張るようなことしかできません」
俺の知ってる山を張るとは違う。金銀当て過ぎだ。
「そんな成績とってるてことは、工藤も行きたい大学とか夢とかあるの?」
「ありません。私が理系を選んだのもお嬢様がいるからです」
工藤はこっちを見ずにあっさりとそう答えた。少し驚きつつも、ノートに目を向ける工藤に声をかける。
「それなのに、勉強頑張れるのすごくね」
「お嬢様のためです。私が勉強を教えることができれば、お嬢様の成績アップに貢献できます」
「工藤らしいな」
自分のためじゃなくて、仕える主の竹原のため。薄々感じていたが工藤の行動原理には基本的に「竹原のため」というものが含まれている。
竹原のために勉強を。
竹原のために友達作りを。
俺達の情報にやたら詳しいのも友達作りのため。
それほどまでに工藤にとって、竹原という存在は大きな根っこになっているのだろう。それは竹原家のメイドだからか、竹原の幼馴染みだからかわからないけど。
「工藤ってなんか、真面目だよな。もっと楽でもいいんじゃね?」
「どういう意味ですか?」
工藤は持っていたペンを置いて、こちらに質問をしてきた。
「なんか全部が竹原のためだなーっと思って。メイドさんの仕事がわからないし、勝手なことしか言えないけど」
「……」
「もう少し、仕事とプライベートは分けてもいいんじゃねーかなって思ったり、思わなかったり。竹原のためって考えないほうが、竹原自身も喜ぶタイプじゃん」
「……」
俺の言葉に工藤は一向に返事をしようとしない。やべぇ……地雷踏んだかも……。
会議室内は静寂に包まれ、空気が重くなっていく。その空気に耐えられず、謝罪のために口を開こうとした瞬間。
「申し訳ございません。私にはプライベートなどはありません」
俺よりも先に工藤から謝罪の言葉が飛んできた。
「あー! そうだよね、勝手に俺の尺度で……。仕事のことわからないのに好き勝手言ってごめんな」
「いえ。ですが、お嬢様と全く同じことを言われたことには驚きました」
「同じ?」
「はい。以前にワークライフバランスについて、指摘を受けました。その言葉を思い出しました」
「お、おう?」
見た感じいつもと変わらず無表情と変わらない声色なので、怒っていないと安心はできた。俺が言ったのはワークライフバランスみたいな、大層なことではないけどやっぱり思うことは一緒のようだ。
「やはり後藤さんとお嬢様は相性がいいですね」
「そうかー? さっきの教え合い見てたらなかなか酷いと思うけど」
「それは得意科目の差異であり、本質は近いと思います。やはりお嬢様の相手にふさわしいのは……」
そう言って何かをつぶやいて視線を教科書に戻してしまった。テスト勉強という本題から逸れてしまって、雑談に花を咲かせてしまった。
俺も視線を改めてプリントに戻して、テスト勉強へと戻った。
えぇーっと……burnout。意味は燃え尽き症候群か……。
頼んでいたおやつが届かず一時間が経過していた。脱走した竹原はいまだに帰ってこない。
「竹原遅くない? 大丈夫?」
「他の使用人が同行しているので大丈夫です。ただ……」
工藤が見せてきたのは、setlogのグループ。4時の竹原の投稿には、スタバのラテとたこ焼きの乗った木皿が写っている。絶賛おさぼり中だと見受けられる。
「私が同行すればよかったです……。同行を頼んだのが彼でなければ」
「彼?」
「先日お話した、二学期から転入してもらう使用人です。なにかとお嬢様に甘い方で……」
「へぇー」
そう言ってる工藤のスマホの上部から通知バーが降ってくる。
〈川村:@工藤明日香 今電話できるー? 生物教えてほしい〉
〈川村:あ、もしかして外? たこ焼き食べてるー?〉
どうやら莉々葉からのヘルプメッセージのようだ。
「そう言えば動画更新も、返信もしておりませんでした」
「あー俺もしてねぇや。ってか、あいつもテス勉してねぇだろ」
「原田様のお家でされてるそうですよ」
スマホ画面の右端に映るのは、原田の寝顔のドアップと教科書の写真。映る背景は、数回遊びに行かせてもらった原田の部屋と同じものだ。続けてグループチャットには俺への攻撃が飛んでくる
〈川村:@後藤春道 テスト勉強警察だ。お前を逮捕する〉
〈川村:罪状はsetlogの更新2時間忘れ、サボり未遂〉
〈川村:16時の投稿次第で釈放する〉
……彼氏が寝て暇なんだな。それにわからないところを、工藤にも聞けなくて勉強もはかどんない。そんな心中をお察しする。
「んじゃ、釈放されたいんでとりますか」
スマホを取り出し、教科書を撮ろうと……。いや、せっかくだし工藤も写すか。前の時間から移してる背景も変わらないし面白みがない。
俺はペンケースをスタンド代わりにして、工藤が入るように調整をする。
「工藤も一緒に写ろうぜ。ほらこっちよって」
「……いいのですか?」
「別にいいでしょ。見るのなんてこのバッカップルと、竹原くらいなんだし」
閉じたコミュニティ内に投稿するものなんだから、これくらい問題ないだろう。なんかこいつらにだけ見せつけられる姿は癪だし。
俺と工藤達が一緒にいることは知らないわけだし、驚かせたい気持ちもある。工藤が画角に入ったのを確認して、録画ボタンを押す。
「ほらほら、工藤ピース。いえい」
「ピース」
映っていたのは、いつもより照れくさそうに笑う工藤の姿。
「いいじゃん、なんか……」
カップルの惚気みたいな動画になってしまっていた。なんて口が裂けても言えない。
「ごめん……なんでもない。これ送っていい?」
「問題ありません。私もよろしければ、後藤さんを写してもよろしいですか」
「俺も問題なーし」
そうして工藤が動画を送った瞬間、すぐに電話がかかってきた。
この後、イタ電をかけてきたカップルの相手をいなし、遅れてきたお嬢様への説教で勉強会は幕を閉じた。




