第21話 図書館(1)
期末テスト前、最後の休日。
この正念場をうまく活用できた奴が、今回の期末で目覚ましい成績を出せる。もちろん俺も、この日は朝から晩まで脳みそに詰め込む予定《《だった》》。
「初めから無理してたの? あなたフッと笑って〜♪」
部屋に響き渡るのは、俺の鼻歌と掃除機の音だけ。ペンを走らせる音も、参考書をめくる音も一切聞こえてこない。そもそも、起きた時間も昼前で勉強を始めるのにキリが悪い。それに部屋が汚くてやる気が起きない。言い訳を重ねるうちに、俺の手には掃除機が握られていた。
11時のsetlogを更新すると、イヤホンに流れていた音楽は通知とともに途切れた。
〈川村:@後藤春道 掃除すんな〉
上げたばかりのvlogにすぐ反応できる時点で、このギャルが勉強をしていないのも自明の理。そもそもこのグループで既読1は、基本莉々葉と俺だ。
〈春道:部屋掃除すんのが、俺のテスト前のルーティーンなの〉
〈川村:奇遇じゃん。うちも普段掃除なんてしないのに、テスト前したくなる〉
〈川村:なんかそれ名前ついてるらしいよ。「セルフ・ハンディキャッピング」って言うんだって〉
セルフは自分で、ハンディキャッピングはハンディキャップ的なことだろう。要は、「掃除をしていたせいで勉強できなかった」という言い訳を作っておくことで、成績が悪くても、実力不足だけが原因じゃないと思えるわけか。
今の俺を表すのにぴったりな言葉だ。
〈春道:この速さで返信して来る莉々葉さんは、勉強中ですか?〉
〈川村:もち。うちの10時の投稿見ろし〉
言われた通り一時間前の投稿を見ると、数学の教科書の前でピースをして、「勉強開始~」と投稿している。11時の投稿には「休憩開始~」の文字と、さっきと開いてたページが変わっていない教科書。
〈春道:1ページしか進んでなくね?〉
〈川村:春ちゃんみたいに感覚で数学解けないの!〉
〈川村:うちの揚げ足を取ってないで、早く勉強しろし。英語切るのは流石にやばいよ〉
莉々葉の言う通り英語は勉強しないとかなりまずい。だからと言ってこの部屋で、勉強がはかどる気もしない。
〈春道:求-勉強長続きの仕方 譲-感謝〉
〈川村:図書館とか行けば?〉
形から入るというのは、案外大事なのかもしれない。
◇
自転車を飛ばして40分。室内には、本の匂いとコーヒーの香ばしい匂いが広がっていた。この図書館は7階建てで豪勢な造りになっている。それだからか休日だというのに大勢の人が忙しなく出入りしている。
階段を下りていき地下2階につくと、ワーキングスペースとして区分けされたエリアが目に入る。一階の喧騒とは違ってここに広がるのは静寂。聞こえてくるのは何かをめくる音と、司書さんの小声だけだ。
とりあえず空いている席に腰を掛け、カバンから今日の目的である英語の参考書を取り出して机に開いていく。
ぶっちゃけ、俺の英語の成績はとにかくやばい。補講にひっかからないぎりぎり。
俺は日本から出る予定ないから英語話せなくてもいいし。
そもそも理系だから英語使わないし。
チャッピーいんだから別にいいだろ。
と、言い訳を並べて中一から逃げてきたそのツケが、高校二年生になった今に回ってきたというわけだ。
to不定詞と動名詞の違いだとか、仮定法過去完了だとか、もう何が何だか分からなすぎる。とにかくそういうものだと思い、俺は教科書を丸暗記することにした。
スマホをいじれるような空気でもないので、教科書を眺めることしかできなかった。どれくらい時間がたったのかもわからないが、テスト範囲を一周することはできた。相変わらず言ってることの意味は分からないが、20点分くらいは教科書から出るだろう。
好きでもない教科に静かな環境。確かに勉強ははかどる。けど、今度は睡魔にも襲われる。実際、周りには机に突っ伏してる人だっている。なら俺もいいかと思い教科書を閉じ腕枕の準備をする。
少し目をつむるだけ。なんて自分に言い聞かせ、目をつむると肩を数回叩かれた。
「……っ! す、すみません……」
できるだけ小声で、目立たないように体を起き上がらせ司書さんに謝罪をする。やっぱり注意されるよな。
けれど、そこにいたのは、俺が想像していた人物とは違っていた。
「……? 工藤?」
ポニーテールの髪を揺らした工藤がそこには立っていた。普段降ろしている髪をまとめているのは新鮮で、この姿を見るのは体育祭以来だ。これは夢か……?
目をこすっても工藤は消えず、何なら階段の方には竹原らしき人影も見える。なら多分これは夢じゃない、現実だ。口を開けたまま固まっている俺をよそに、テーブルの上にルーズリーフの切れ端を置いた。
そこには「四階の会議室に来てください。お嬢様とお待ちしております」という文字が書かれていた。
「……本当に工藤なんだよね……?」
「はい。工藤明日香です」
どんなに頬を引っ張っても、この白い空間には二人がいる。俺の目の前には工藤が座っていて、その隣に座る竹原は何とも罰が悪そうに見える。
「えーっとさ、工藤達はなんでここにいるの?」
まず一番の疑問。というか一番大きな謎。
「トークルームで図書館に行くとおっしゃってましたので、私達も息抜きにそういった場所での勉強でのしてみようと思いまして」
「……そしたら、俺がいたと」
「はい。こちらの施設は、ネットでおしゃれな図書館として紹介されており、私自身が気になってもおりました。今回はお嬢様に無理を言ってきてもらったまでです。ですよね、お嬢様?」
「あーうん……そういうことに……しておく……」
それならまぁー……そうなのか。ここ最近、妙に工藤や竹原達と会っている気がする。二週間に一回……いや、一週間に一回は最低でも学外で会っている。
「んじゃあ二個目。この部屋はなに?」
「お嬢様が目立ってしまいますので、会議室を準備しました。都合よく予約がとれましたので、ここで勉強しようと思いまして」
「俺を呼んだのって、一緒に勉強しようってことで?」
「はい。それと、後藤さんには、お嬢様に数学を教えていただきたいです」




