第20話 噂が流れた学校で
体育祭で付き合ったカップルが、早くも破局した。
川村莉々葉と竹取姫が、いつの間にか仲良くなっていた。
あの先輩がこの前告白失敗で玉砕した。
学校生活において真偽はどうあれ、噂の一つや二つは流れるものだ。そのどうでもいい噂の数々に、先週から新たに追加されたのが——。
どうやら、竹取姫と借り物競争出てた、二年の後藤は付き合ってるらしい
この尾ひれ背びれに胸びれがついた噂が、一気に拡散された。期末テスト一週間前の緊張感を紛らわせるために、他人の恋愛事情を話題にしているのだろう。
「おまたー」
「おっそいー春ちゃん遅刻ー!」
慣れ親しんだ屋上では、レジャーシートを敷いた竹原友の会のメンバーと、
「あれ? 原田、今日こっち来てんだ」
おにぎりを頬張る、原田がいた。
「昨日の体育で捻挫してな。当分こっちでお世話になる」
「男増えるのは俺的にありがたいわ。サンキュー」
当初、工藤達は原田が男子だという理由で警戒していた。けれど、俺の友人であり、莉々葉の彼氏でもあるということで、今ではこうして一緒に昼飯を食べる仲になっている。
この屋上も竹原家の私有地と化しているのか、飲食店で見るようなパラソルまで準備されてる。くつろぎすぎだろ。なんて内心突っ込みながらも日差しから逃げるように、俺も傘の下に入れてもらった。
「今日も購買行くときやばかった?」
「マジッッッッッデ、有名人になった気分。めっちゃー見られる」
「まぁ春道は色んな意味で有名人だからな」
知らぬ間に「借り物競争で竹原のメイドを選んだ男子」から「竹取姫と付き合っている男子」にジョブチェンジさせられた俺は、最近では校内を歩くだけで好奇な視線を向けられた。
なんなら、人によっては面白半分で、「竹取姫と付き合ってるんですか?」って聞いてくる奴もいるけど、とりあえず無視してやり過ごしている。
「ごめんね。特に後藤さんには迷惑かけてしまって」
「俺より竹原の方が困ってるでしょ。好きな人いるのに俺と変な噂立てられて」
「それは大丈夫。こういうことには慣れてるから。それより、他のお友達と仲が悪くなったりしてない?」
「周りの野郎ども脳筋だけどそこら辺の、ライン引きはちゃんとしてるから。別に変らないよ」
俺だってこの竹原達の関係が全てではない。
俺にとって、彼女達は大勢いる友人の中の一部にすぎないし、彼女達と他の友人も無理につなげる気もさらさらない。今回だって噂のことを説明したら「羨ましい」だとか「春道があの竹取姫と釣り合うわけがない」みたいな罵倒だけだ。
なんて思っていると、工藤が箸を置いて口を開いた。
「今回の根も葉もない噂しかり、今後増えていくであろう友人関係を踏まえ、私どもとしても対応策を考えております」
「ほうほう。例えば?」
「確定しているものとしては、二学期の始めに、竹原家の者を一年生として一人転入させます。彼は武術の達人なので、皆様の護衛をはじめ様々なことに対応できます。一年生に情報網を築いておくことは、来年以降の皆様が過ごしやすい環境づくりに役立つかと思います」
「へぇー高校で転入とかってできるんだ。聞いたことないな」
「そこはまぁ……竹原家の者ですから。これを」
そう言って工藤は、俺達に親指と人差し指で輪を作って見せた。あぁ……世の中って結局、金なんだな。俺達は思わず顔を見合わせてしまった。
「でも、それって私と後藤さんの噂話を収束させるものにはならなくない?」
「……それに関しましては、私の方で計画していることがございます」
「なにそれ? 私、聞いてないんだけど」
「他の使用人にも、まだ話しておりません。ですが、ご安心ください。噂というものは、消さずとも真実にしてしまえばよいのです」
工藤はそう言いながら、俺の方をちらっと見てきた。一瞬だけ目が合ったものの、すぐに顔をそらし、箸を手に取って食事を再開した。
よく分からないけれど工藤なりに俺の噂の件を心配して、お家サイドからどうにかフォローしようとしてくれているのだろう。それは「友達」として、これ以上ないほどありがたい気遣いだ。
そうして俺たちは食事をしながら、いつものように他愛のない雑談を繰り広げた。
週に一、二回ほどこうして参加するこの会も、最初は三人だけだと会話に詰まることがあった。今はファシリテーターである莉々葉の登場によって、話題に困ることはすっかりなくなっていた。
「そう言えば最近、柴田の恋愛関係どー?」
今日振られた話題は、同じクラスで俺と原田の共通の友人柴田のことだった。
「相変わらず元カノがやばいかな。インスタでブロックしたはずなのに捨て垢で監視されてるぽいっし」
「どひゃー。ずいぶん濃度の濃いヤンデレですな」
おどけて莉々葉は笑うが、当事者にしてみればたまったもんじゃない。実際に俺と原田はあの人から、「柴田のバイトのシフトをインスタで聞かれること」っていう実害を被っているんだ。怖くてちびりそうになったわ。
「……なるほど。柴田様は元カノに執着されている、と。メモしておきます」
弁当を片付け終わった工藤は、スマホを高速でフリックし始めた。これはいつものメモの類だろう。でも、柴田のそんな情報なんていらなくね? とも思ってしまう。
周りもその様子を呆れたように見つめている。最近では、このメモ魔ぶりも工藤の愛嬌として受け入れられてる。ただそれに慣れない原田は軽い調子で質問した。
「そのメモって、うちの高二全員分あるんだっけ?」
「はい」
「どひゃー。俺の分ってどれくらい?」
工藤は原田の方を見た後スマホをスクロールしていく。
「そうですね……。1ページの半分くらいですね。ここからここまでが、原田様の情報です」
見せられたスマホの画面には、目が悪くなりそうなほど文字がびっしりと並んでいた。細かい部分までは読めないが、好きなものや趣味といった項目が目に入った。
「じゃあ、うちのはー?」
「莉々葉は3ページくらいですね」
「えぇー! うちのことちょう愛してんじゃん、マジラブ!」
「ラブ」
莉々葉が指ハートを送ると、工藤も指ハートを返した。相変わらず無表情で、言葉と顔がまったく一致していない。
「じゃあ、春道のはどれくらいあるの?」
「少々お待ちください……。はい。後藤さんに関するものは、30ページほどありますね」
「俺に関して何をそんなメモすることあんだよ……」
竹原はお茶を吹き出して咳き込み、カップル達は工藤のスマホを眺めながらしかめっ面をしている。
この一週間で別段俺達の仲が、悪いものになると言うことは結局なかった。こうやってくだらないことで笑いあえるし、工藤の天然ボケに頭を悩ませることができる。
結局噂が流れて学校での居心地は悪くなっているけど、ここは変わらない。変わったのは取り巻く周りの環境で、この友人関係が変化することはなかった。
ただ一つ気がかりなのが「借り物競争で工藤を選んだのは、竹原に近づくため」という噂。これだけはどうにかして払拭したかった。




