第18話 梅雨明け
天気予報では、梅雨明けが発表された。じめじめとした不快な日々も終わり、今度は容赦なく照りつける夏の日差しがやってくる。
「二人っていうのも珍しいな」
「他の連中は都合よく用事が入ったぽいな」
学校の昼休み。今日は珍しくB組の原田と二人っきりで過ごすことになった。周りは文化祭実行委員の会議だとか、部活のミーティングだとかが重なってしまった。結果、俺達二人という珍しいペアが生まれたというわけだ。
そんな二人でやる昼休みの過ごし方と言えば。
「よーっし、これでデュースな!」
そう、テニス。高校生の昼休みといえばバスケやバレー、サッカーあたりが定番だが、あいにく今日は二人きり。うちの高校は昼休みにテニスラケットも貸し出しているので、二人となると自然とこういうスポーツに行き着いてしまう。
「なんか春道、上手くね? ホームラン全くしないじゃん」
「姉貴が大学のテニス部だから、土日とかたまに付き合わされてる。そこで下手だと嫌味グチグチ言われるから、練習せざるを得ないんだよね」
「なるほどな。後藤家って運動神経いいよな、春道も足早いし」
「短距離だけな。長距離とかは全く無理」
世間話をしながら、オムニコートの地面にはねるボールを力いっぱい叩きつける。しっかりとした技術もないので見様見真似のそれだけど、意外とラリーは続いていく。
「おっとっと……! 春道、球重いって!」
「お? 手加減いるか?」
「へん、言うねぇ! ……あ、そういえばさ」
原田はバックハンドでボールを打ち返しながら、思い出したようにニヤリと口角を上げた。
「春道って竹原達と密会してんでしょ?」
「……は?」
不意を突かれた俺は、せっかく続いていたラリーを台無しにして、ボールを空振りしてしまった。
「しゃー! 俺の勝ち!」
「ってめぇ! 口プ、ずりぃって!」
「ノーノー! これも戦術の一手。understand?」
「fuck you」
ケラケラと笑う原田に俺は中指を立てる。
「……莉々葉だろ。聞いたの」
「土曜のsetlogに、何故か工藤と莉々葉のツーショットが乗せられてたから、気になって聞いたら春道経由で仲良くなったっていうから」
setlogっていうのは、確かvlogを友達で共有できるアプリ。莉々葉には俺のことは載せるなって言ってたけど、工藤との写真とバ先のカラオケと言うことで繋がったのか。
「あーな。確かに俺が紹介したわ」
「ビビったわ。あの写真表示された時俺の思考停止した」
そういえば、あの二人が結局なんで仲良くなったのか聞けてなかった、二人きりで話す何かがあったとも到底思えないし。
「場所もバ先のカラオケで土曜ってことは、春道いんの狙ってたんじゃね?」
「それは偶然。三人で予定立てたら、たまたまヘルプで入った俺がいたらしい」
店に来た時の莉々葉の口ぶり的に、俺がシフトに入っているのは把握していなかったんだと思う。だから本当にたまたまで……。そう、たまたまのはず。
だったら、竹原のあの言葉はどういう意味だ。
『いくら明日香でも成人男性には力で勝てない可能性があるから、部屋の外に出る時は後藤さんを連れて行くように』
この口ぶりから、多分言ってきたのは工藤じゃない竹原の家の使用人だ。じゃあ、もし俺がシフトに入っていなくて、あの場にいなかったらどうなっていたんだ? 名指しでの指名だったってことは、あのカラオケに俺がいることを前提で話が進んでいたことになる。
確かにヘルプでシフトに入ったが、あれは完全に偶然。仮に、竹原家関係者で事前が事前に俺のシフトを知っていたとして。
それを知ることができるのは、理論上あの人しか……。
「コートチェンジしようぜー。俺が校舎側ね」
「……」
いやいや、あの工藤がそんなストーカーじみた真似をするとは思えないし。そもそも彼女にそれをする目的がない。俺が言ってないシフトをどうやって知るんだよ。
この前の「竹原が俺のこと好きなんじゃない?」みたいなことといい、くだらない妄想はやめよう。
「早く移動しろって」
「……わりぃ。ぼーっとしてた」
雑念を振り払い、駆け足でネットの横を抜けて反対側のコートへと移動する。そのままボールを受け取って移動しようとすると、原田がおもむろに体育倉庫の方を指さした。
「あれって莉々葉と工藤じゃね?」
差された方に目を向けると確かに、工藤達がいる。二人で菓子パンを食べながら、体育館の倉庫裏の方を何やらこそこそと覗き込んでいる。どうやら学校でも一緒にいるようになったようで、今もお昼を一緒に食べているらしい。
でも、いつもは屋上にいるはずなのに、今日は珍しく校庭にいる。しかも、まるで何かを張り込んでいるようなあの怪しい様子は何なんだろうか。
俺と原田は自然に顔を見合わせ、そろってニヤッと笑い合った。
「一回休戦だな」
「同じこと思ったわ。流石兄弟」
ラケットを持ち、足音を殺しながら忍び足で倉庫裏へと近づく。
湧き出た好奇心を押さえることはできない。あの二人が普段こないここにいるというのは、それ相応のイベントだ。そして竹原がいないというのは、予想するに《《そういうこと》》だ。
段々と見えてきたのは、前のめりになりながら倉庫裏を覗く莉々葉と、イヤホンを耳に当て何かを聞いてる工藤の姿。
「おーっす。お前らなにやってんの、こんなところで?」
「っ……!?」
「きゃー――」
背後からひょっこり声をかけると、二人の体がビクッと跳ね上がった。思わず大声を出しそうになった莉々葉の口を、工藤が即座に手で塞ぐ。
「お疲れ様です、後藤さん。それに……」
「莉々葉の彼氏の原田な。よろしくー」
「……どうも、初めまして。原田様」
「んで、二人は何やってんだ?」
原田が首をかしげながら尋ねると、莉々葉は工藤の手をほどかせ、フッと得意げな笑みを浮かべた。
「あれよあれ」
言われるまま目を向けると、奥の方に制服姿の男女が会話しているのが見える。
男子の方は見覚えがないけど、着けているネクタイの色からたぶん三年生だ。そして女子の方は見覚えのある金髪。
ものすごく予想通りの展開だ。
「まぁ、竹原だからそれ系か」
「……相変わらずモテモテだな」
十中八九、あれは告白だ。しかも呼び出しての告白という、なかなかの行動にお見受けする。
つまるところ、この二人は呼び出された竹原が告白されるところを覗きに来たということか。正確に言えば、工藤は業務上の安全確認のためで、莉々葉に関してはただの野次馬根性なのだろうけど。
「なるほどな。で、工藤のイヤホンはなに聞いてんの?」
「お嬢様に付いた盗聴器から、会話を収集しています。今は世間話をされていますね」
……。
俺は何も聞かなかったことにした。




