第17話 カラオケ(3)
部屋に戻るとあのお堅い工藤を莉々葉は懐柔していた。逆に言えば、ギャル特有の強引さを、器の大きい工藤が受け入れた結果なんだろうけど。今週会ったばかりの二人の距離感とは到底思えない。
「ほーら、私の右空いてるよ。おいで~」
「えっ……私?」
莉々葉は今度は、工藤が座っていない右側のソファをポンポンと叩いて竹原を呼び寄せた。言われるがままに竹原が座ると、莉々葉は強引に腕を組み、俺に見せつけるように満面の笑みを浮かべてみせる。
その顔は鼻の下が伸びきっていて、実にだらしない。
「見て見て両手に花ー。いいでしょー?」
「その花は困惑と無表情で枯れてるけどな」
「大丈夫! 私がこれから可愛がって、いい表情にさせてみせるから!」
「言い方、気っしょいなぁ……」
変態オヤジみたいな奴を無視して、俺はソファの上に置いていたカバンを手に取った。理由は当然、帰るためだ。
そもそも今回は挨拶がてら顔を出しただけだったし、竹原との話し込みのせいで随分と長居をしてしまった。店舗としても、歌いもせず金も払わずに客と駄弁り続ける店員というのはよろしくない。
「帰んの?」
「おう。なんかあったらうちの店長に相談して」
「店長さんに言ってあんたのフリータイム入れてもらってるけど。それでも帰るの?」
「……おいこら」
確かにテーブルの上には、四つ目のグラスがある。コーラが入ったそれは俺の前に置かれている。俺と竹原が離籍している間に勝手に連絡をいれたんだろう。
「この後どうせ暇でしょ? シフト代わりに入れるくらいだし、周りの友達は今日は部活の大会だし」
「そうだけど、家でゆっくりしたいの。こっちとら仕事終わりだぞ」
「話そうよーもっとお話ししようよー!」
逃げ出そうとする俺を引き留めるべく、莉々葉は隣の工藤へと視線を振った。援護を求められた工藤は、カルピスのグラスをゆっくりとテーブルに置くと、こちらをまっすぐに見つめてきた。
「私ももっと後藤さんとお話ししたいです。学校ではどうしても時間が限られてしまいますので」
「いやあ……そうだけどさ。俺、腹減ってるし」
「この機会に色々なお話も聞きたいです」
「うちの明日香のお願いを無下にするなんて、いい身分ねー?」
「俺に、慈悲とかないんだ」
なにを言っても、俺の事情を汲み取ってくれるような優しい言葉は返ってきそうにない。ならばと思い竹原にヘルプの視線を送ってみたが、彼女は彼女で顔を真っ赤にして困惑していた。莉々葉の相変わらずの距離感にメルトダウンしている様子だ。
これは実質拒否できる状況じゃないか。まぁ……いいか。うん、そろそろ期末テストの時期だし、遊べるのもこれくらい。俺は自分に言い聞かせた。
「へいへい。それなら俺いますよ。皆様を魅了するような美声などはありませんが」
「大丈夫大丈夫。春ちゃんにそういうの求めてないし」
「あのさ、俺って男女平等主義者だから、普通に暴力を振るえるけどどうする?」
「えっ、そういうの痛いよ? もしかして、クラスに不審者が入ってきたときのシミュレーションとか、脳内でやるタイプ? ごめん春ちゃん、見てたら急に体が痒くなってきた……かゆいかゆい」
隣の工藤も莉々葉の冗談を真に受けたのか、天然な顔でバッグから虫刺されの薬を取り出している。
……この性悪ギャルと天然メイドを混ぜ合わせるのは危険すぎたかもしれない。
◇
ストレスが溜まっているわけでもない。それでも、歌を熱唱するのは、日頃の鬱憤を晴らすいい機会だ。普段は80点後半の点数も、今日は90点台に乗せることができた。
女性しかいないこの空間で良いところを見せたいという見栄えのせいなのか、あるいは直前に聴いた工藤の美声に触発されたからなのか。理由は分からないが、思わぬ高得点で俺のテンションは爆上がりしていた。
邦楽に洋楽、アニソンからボカロまで、各々が好きな曲を好き放題に歌っていると、時間はあっという間に過ぎていった。そうして、俺が合流してから二時間が経過した頃。
「もう歌う曲ねぇー……」
莉々葉がソファに深々と体を預け、デンモクを放り投げながら呟いた。フリータイム特有の、余力とストックが尽きたあのダレた時間だ。
「じゃあなんか話そ! そうだ恋バナしよう!」
よりによってこの面子に一番合わない話題。俺は誰かと付き合ったことなんてないし、他の二人は……。
「いいわね。私誰かと付き合ったことないけど」
「私も興味はあります。そのような経験はありませんが」
悲しいかな。この中で恋バナへの適性がある人物は少なすぎる。まともに盛り上がる話題とは到底思えない。莉々葉は、まず一番聞きやすいからか俺に質問を飛ばしてくる。
「春ちゃんは好きな人できた?」
「ずっといねぇー。俺に浮いた話は何一つとしてない」
「なに、理想高い感じだ」
理想は別に高くないと……思う。
「いやぁー別に恋人とかいなくても充実してるっていうか。今じゃなくて大学に入ってからとか、働きながら恋人を作ればよくねって思う」
有難いことに俺の周りには悪ふざけができる友達もいて、こうやって休日に遊べる異性の友達がいる。だから好きな人が欲しいとも思わないし、誰かと付き合いたいとかも特別には思えない。
「早く誰かとくっついてよー。Wデートしたいって!」
「俺は当分無理だろうから、他の奴で頼むわ」
俺がしっしと追い払うように言うと莉々葉は頬を膨らませ不機嫌そうにする。そうして今度は、隣の二人に標的を移し始めた。
「じゃあ、輝来は?」
「さっきも言ったけど誰かと付き合ったことはないわ」
「ほうほう。好きな人は?」
「それは……」
その質問に竹原は顔を伏せて手で顔を覆ってしまった。え……竹原ってそういう人いるんだ。このリアクションからそれは嫌でもわかる。
ものすごくっていうか、滅茶苦茶に意外。勝手なイメージだけど、許嫁みたいな人が昔からいてその人と結婚の約束までしている……みたいなイメージがあったけど。じゃあこれまで、竹原が告白を断っていたのは好きな人がいるからなのか。
「へぇーいるんだ。知ってた明日……って顔コワ!」
「オジョウサマ?」
工藤は繋がれた腕を払い立ち上がると、竹原の隣に移動した。その顔はいつもながらの無表情なのに、妙な圧がある。
「どなたですか?」
「い、言いたくわないよ……」
「いつから?」
「……言わないわよ」
「いつからですか?」
「……一か月くらい前から」
「どのようなところが?」
なにか工藤のスイッチが入ってしまったのか俺達を放って尋問が始まってしまった。竹原家のメイドとして、それは緊急事態なのか。やりとりに流石の俺達も入ることはできずに、端で見ていることしかできなかった。
「一か月くらい前ってさ……?」
いつの間にか、正面に座っていたはずの莉々葉が俺の隣に来て、耳打ちしてきた
「うん?」
「体育祭の時じゃね? ってことは、輝来の好きな人って春ちゃんじゃね?」
「いやないない。俺あんときまともに竹原と話してないし」
「さっき急に呼び出されたじゃん。わざわざトイレに春ちゃん連れ出さないでしょ」
あれは家の人に言われての行動だし。内容は工藤に関する悩みなので説明はできないけど、そうみられても仕方ないのか。でもちらっと聞えた一か月前って言うのは、俺達が出会った体育祭の時期とも考えられる。
そもそも、友達が少なく警戒心も高い竹原が、誰かを好きになるとしたら……? あれ、これもしかして莉々葉の言う通り俺の可能性ってあるのか? でも流石に……。
結局この恋バナもほどほどにカラオケを再開したが、俺は妙に集中できずいつの間にか気づいたときには解散になっていた。




