第15話 カラオケ(1)
俺のバイト先は、学校の最寄駅にあるカラオケ店。「ここならみんなでシフトを合わせやすいし、帰りに遊びに行けるだろ」なんて軽い気持ちで選んだ結果、こんなことになった。
「今度三人で遊びに行きたいねって、話してたんだよねー」
莉々葉は手慣れた感じで受付表に名前を書き始める。ここには彼氏の原田も働いているし、学校からの近さもあって一年の頃からよく来ている。
実際、うちの店長もなぜか莉々葉と仲が良かったりする。
「じゃあ三人でどこ行くよってなった時に、明日香ちゃんが『カラオケというものをお嬢様に経験させてあげたい』っていいだして」
「ふむふむ……それで」
「だったら、駅前のカラオケ春ちゃん達が働いてるからそこいこーって」
「……で、店に来てみたら俺がいたと」
「そういうことー」
納得はできないけど、事情は分かった。
記入された受付表をもとに、俺はレジに入力を始める。雑談しながらの接客なんてアルバイトとして到底許される物ではない。でも、相手は顔見知り。
そして何よりこの店舗の売上に尋常ではない貢献をしているお得意の常連。これくらいは目をつむってもらおう。
「珍しくない? 土曜の朝からいるなんて」
「今日は代打。朝番のバイトが飛んだから店長に泣きつかれた」
「そういえば『春道は土曜、バイト入れられた』ってクラスでみんなが話してた。じゃあ今日は短め?」
「あと二時間で終わり」
そう言いながら液晶モニターを少し強めに押すと、レシート伝票が出てくる。俺はレジ裏からソフトドリンク用のグラスを三つ取り出し、マラカスの入った籠と一緒にカウンターへ押し出す。
小さく「コホン」と咳払いをして、店員としてのスイッチを無理やり入れ直した。
「お待たせいたしました。お部屋は一階106号室、お時間はフリータイムで承っております。混雑時には三時間でのご退出をお願いする場合もございますので、あらかじめご了承ください。ドリンクバーはカウンター後方からご利用いただけます」
俺が丁寧な説明を始めると、莉々葉からはどこかニヤニヤとした生暖かい視線が送られてくる。一方の竹原は、「おー……っ」と小さく感嘆の声を漏らしながらパチパチと拍手をしていた。
「……」
ちなみに、工藤はいつもと変わらず無表情。彼女はメイドで、学校でも実質業務をしているようなものだ。俺のたかが小銭稼ぎのアルバイト姿を見たところで、心を動かされるものなど何一つないのだろう。
こういう、いわゆる仕事モードを見られるのは妙に恥ずかしい。普段学校で見せている姿とは違う「働く一面」を見られるのは照れくさい。
一刻も早くここから部屋へ移動してほしい。
「――ごゆっくりどうぞ」
俺は深く頭を下げて、三人を部屋へと送り出した。
◇
「暇ですねー」
「暇だねー」
客一人いないフロントで俺と店長の虚しい声がこだまする。
繁華街でもオフィス街でもないこの最寄りは、主要客がうちの高校生になる。その高校が休みともなると、自然に客足は遠のく。
おまけに駅の反対口には大手のチェーン店ができてしまった。都内に三店舗しかない弱小系列店であるうちの店から客足が遠のくのも、必然と言える。
閑散としているからこそ、こんなことも起こる。
「あと一時間あるけど、春道君上がっていいよ。人件費浮かせたいし」
「マジっすか? 店長あざまーす!」
忙しかったならまだ良かったが暇というのが、バイト中の一番の天敵。特にフロント業務だとできる作業も限られるため、暇を持て余すことすら難しい。
労働から解放されたことの喜びで、歩きながら腕を伸ばしてしまう。
「そういえば、実君の彼女今日来てるんだって?」
バックヤードに着替えに行こうとしたタイミングで、店長から声をかけられた。
「莉々葉っすか? 確かにいますけど」
「さっきたまたま会って挨拶されたよ。彼氏がシフトに入ってない日に来るなんて珍しいなと思ってさ」
「なんか、学校の友達と来てるみたいですね。俺もさっき茶化されました」
「せっかくだし、顔出してくれば? なんなら、そのままフリータイムで混ざってくれると、うちとしては売上になるから助かるんだけど」
そういえば受付をしてから、そんなに会っていない。各々がドリンクバーを取りに来るタイミングで、会釈してくれたり手は振ってくれたが話すことはしていない。
「まぁ女子会を邪魔したらいけないんで顔だけ出しますわ」
俺は苦笑いしながらバックヤードへ移動すると、制服を脱いで私服へと着替えた。スタッフ用の名札をロッカーへ放り込み、鏡の前で軽く髪を整える。
「お疲れ様。今日はありがとう」
「はーい。お疲れさまでしたー」
店長に一言残してフロントを出ると、俺はそのまま106号室の前へと向かった。
ドア越しにも、うっすらとアップテンポな曲の重低音が漏れ聞こえてくる。ドアを二回叩くとドアが開いた。中からひょっこりと莉々葉が顔を出してドアを開けてくれた。
「バイト終わったの?」
「そんなとこ挨拶に来た。なに歌ってた?」
部屋に入った瞬間目に飛び込んできたのは、マイクを両手で握りしめ、真剣な眼差しで画面を見つめる工藤の姿だった。そしてその隣では、竹原が楽しそうに両手でマラカスを振っている。
ものすっごいノリノリじゃん。へぇー工藤にもこんな一面があるんだ。偏見だけどこういう場で歌わずに座っているタイプだと思っていた。
感心しながら入口近くに座って、歌を聞いていると俺はある一つの違和感に気づいた。
……あれ? 工藤が歌ってるこの曲って、俺の推しバンドのやつじゃね……?
歌詞にも聞き覚えがあるし、疾走感のあるメロディーラインも耳に馴染みすぎている。やがて曲が終わると、画面には95点という高得点と、曲名とアーティスト名が表示された。
やっぱりバンド名は俺の知ってるもの。エイの種類から名前を取ったとか言う、こんなパンチ強い名前を俺が忘れるわけがない。
「これってさ、俺とか莉々葉が好きなやつだよね……?」
俺が恐る恐る聞くと、隣に座る莉々葉は笑顔で答えた。
「そうそう。明日香ちゃんが、気になるっていうからおすすめしたんだよね。そしたらいっぱい、聞いてくれたみたい」
「「え……っ」」
何故か知らないが、俺と竹原の声が重なる。竹原の方を振り向くと焦りながら、口元を手で隠した。なんで竹原が驚くんだよ。
「……友達作りに大切なのは、他人に興味関心をもつこと。莉々葉さんを見ていてそれを学びました」
工藤はソファに座ったまま、マイクを膝の上に置いて淡々と語り始めた。
「自分たちの好きなものを知ってもらうだけでは不十分かと。ならば、莉々葉さんや後藤さんの好きなものも勉強しなければと思ったまでです。……ですよね、お嬢様?」
「え……っ。ま、まあ……うん。そうねぇ……」
「先日勧めたバンドですよ。お聞きになっていなかったのですか? 莉々葉さんには、お嬢様の好きな映画や恋愛漫画原作アニメのタイアップをしているバンドをチョイスしていただいたのですが」
「それは……き、聞いたけどまさかそんな理由で……」
竹原の言葉尻は下がって、だんだんと聞こえないものになっていった。
確かにこのバンドは、音楽好きの間では有名。けど、日本国民全員が知っているほどメジャーかと言われれば、まだそこまでではない。
美人な女性ボーカルということもあって聴きやすいし、曲調の幅も広いから、莉々葉のチョイスは的を射ていると言える。
それに俺が感動したのは、工藤の思い。
莉々葉と仲良くなったのも、言ってみれば竹原との関係から派生した流れのようなもの。そこからさらに仲を深めようと、俺達の好みにまで興味を持って歩み寄ってくれたのは完全に予想外。
今も無表情で何を考えているのか読めないけど、まさかそんな意図があったとは思ってもいなかった。俺は思わず拍手をして、工藤に声をかけた。
「少ししか聞けなかったけど、マジで上手だった。滅茶苦茶うまいし、声も綺麗だった」
「……本当ですか? お褒め頂き光栄です。練習したかいがありました」
工藤はそう言うと、こちらに小さく頭を下げた。いつもどおりの、少し強張った表情。けれど、真っ赤に染まった耳に、ほんの一瞬だけ緩むんだ口元。それは工藤が偶にしか見せない、小さな笑みだった。
オフの私服姿も相まって、俺には効果抜群だった。そんな工藤に見惚れそうになっている俺に、思わぬ言葉が飛んできた。
「ねぇ、後藤さん。少しお話があるんだけどいい?」




