21話 手繰り寄せたい真実
ケイトの行方はいまだに掴めず、アーネストは焦燥感に駆られていた。
リパーキン家の屋敷が賊に襲われたのをきっかけに、ライランス家へ身を寄せたケイト。互いに共同事業を立ち上げるくらいには力があり、信頼があった。それなのにどうしてこんなことに。
アーネストは現在分かっていることを手紙にししため、父と兄へ送った。五十代の父は脂がのった経営者だ。先日までは現場でその手腕をふるっていたが、賊に襲われて腕を負傷。母も精神的に参ってしまい、今は父母そろって王都から離れた別荘で療養している。重要な案件は必ず父を通すものの、それよりも小規模な決定権は王都に残ったアーネストの兄に委ねられた。
本当は早めに戻って兄の補佐をするべきなのだが、あちこち気になることがあって留まったままだ。
治安警備隊には割増で金を払い捜索依頼をだしている。しかし今のところ有力な情報は得られていない。リパーキン家でも同様に人を割いて情報収集をしているが成果は同じくだ。
ライランス家の証言をもとにするなら、ケイトはイアンが亡くなった日の深夜から翌日のあいだにいなくなった。侍女のダフナとともに。屋敷の者全員がイアンの死に動揺してよく覚えていないと言っていた。これには少し引っかかっている。
事件、事故、自らの意思で失踪。あらゆる可能性を視野にいれるも、姉が自らの意思で失踪をしたのならその動機がはたはた思い浮かばない。茫然自失のところを何者かに攫われたか事故に巻き込まれた線が妥当だと思う。
誘拐が目当てであったならリパーキン家に身代金や脅しなどの一報があってしかりだが、それはない。事故に巻き込まれたのなら目撃者がいそうな気がするがそれもない。誰にも知られることなく川に落ちた、馬車に引かれた、人さらいに捕まった。姿を消したことにいろんな理由が考えられるが、アーネストには密かに思っていることがある。
ライランス家の中でなにかあって、それに巻き込まれたのではないかということだ。あの家は今、異様だ。突然亡くなった姉の恋人、極端に少ない使用人、様子のおかしい当主代理。そして監禁されていた末子シャノン。
「イアン殿が亡くなった原因は酒だったか」
ライランス家の屋敷からいくらか離れた王都の一角にアーネストが所有する隠れ家的な家がある。そこでアーネストと従者は情報をつめていた。
「左様ですね。深酒が原因で意識が戻らずそのまま、ということです」
「なぜそこまで酒を飲んだのだろうな。学院で会ったことはあるが、酒が好きだとかそういうのは聞いたことなかったが」
死ぬには若すぎる。病でもなく、事故でもないのに、こうも突然亡くなるものなのか。あり得ないことではないと理解している。しかしすんなり納得もできなかった。
「……彼が殺されたという可能性はあるだろうか」
ぽつりと口にしたのは恐ろしい推測。
「関係あるかはわかりませんが、イアン殿とヘンリー殿の間には婚約者を巡って問題があったと聞きました。以前から不和はあってそれが決定的になったとも」
「婚約者とはメアリ嬢のことか?」
「いえ、その前の方です」
ライランス家の跡取りはイアンだったが、父と折り合いが合わず、弟のヘンリーに家督は譲られることになった。その時にイアンの婚約者だった女性はそのままヘンリーへに充てがわれたのだが、お相手の気持ちはイアンにあったらしい。その後も隠れて逢瀬をかさね、体の関係も済ませていたりと目も当てられない惨状が発覚して婚約は消滅。お相手の女性は醜聞から隠れるように田舎へ引っ込むことになった。
「すべてが内々のうちにすまされたので社交界ではさほど噂になっていないようです。これも聞き出すのに苦労しましたよ」
「……そういえばイアン殿は姉さんと付き合う前は女性関係がすごかったと聞いたことがあったな」
従者にはあちこち走り回って情報を仕入れてもらった。主にライランス家に関わるものだ。アーネストはそこに焦点を当てることにした。
「以前から不和だっというのは?」
「それも当主のダグラス様とイアン様の確執からきているようです。当主は言うことを聞かない兄へのあてつけに弟ヘンリー様を贔屓。跡取りとして表舞台に急に出されたヘンリー様は苦労されたと聞きます」
「俺が同じ立場でも腹が立つだろうな」
「ヘンリー様は表立って物事を進めるよりも、それを補佐することで才能を発揮されるタイプかと思います。後継者にふさわしいのは兄だと本人も思っているのでしょう。みなが求めているのは兄なのに、なぜその責任を果たさないのかと憤る気持ちがあってもおかしくありません」
「なるほど……」
これがケイトの失踪と関係があるかはわからない。しかし情報を積み上げた先に見えるものがあるのなら、どんなことでも知るべきだ。例え他家の醜聞に首を突っ込むことになっても。
「ヘンリー殿の今の婚約者はメアリという名前だったな。彼女が選ばれた経緯はわかるか」
「メアリ嬢に関してはよくない噂が出回っています。以前の婚約者との間に何かが起こり、解消になっているのですが……それこそ不貞らしいんですよ。婚約者とは別の男と遊んだとか、複数人に貢いでいるとか。実際のところはわかりませんが」
「そんな噂がある女性と婚約するのはなかなかの勇気がいるだろうに。ヘンリー殿は特に嫌がりそうだ」
「ですよね」
「婚約解消の真相を知っているか。……あるいは、あえてそういう女を選んだか」
「あえてだったら怖いですよ」
話はいったんそこで切り上げた。夕方にはライランス家に戻って屋敷内を探る。あまり歓迎はされていない。しかしケイトの件がある以上、彼らはアーネストを無碍にはできないはずだ。
(姉さん、どこにいるんだ……)
その時、とんとんと階段を下りてくる足音が聞こえた。しばらくして顔の右側に包帯を巻いたメイドがひょこりと顔を出す。
「アーネスト様、お嬢さまが目を覚ましました」
「わかった。少し話をしたいから席を外しててくれ」
「かしこまりました」
二階へつづく階段をのぼる。なかなか年期の入った家を買ったものだから、手入れをしていても板と板のすき間からギィと音が鳴る。二階には部屋がみっつあって、どれも本宅と比べたらおもちゃのような作りだ。その中でも日当たりがよい部屋にシャノンを寝かせていた。
ドアを開けるとベッドで上半身を起こすシャノンがいた。アーネストの存在に気づくとゆっくりと視線が交わる。
「具合はどうだ」
シャノンは何も言わない。顔色は相変わらず悪い。
アーネストは小さく苦笑を浮かべながらベッドのそばに置かれた椅子に腰をおろした。木製の簡素なものだ。シャノンの表情がひきつり、身構えのたがわかった。
「ここは俺の隠れ家だ。ライランス家から無断で連れ出したことは謝る。ここでゆっくり静養して、まずは体調を戻してくれ」
するとシャノンは視線を伏せ、小さく口を動かした。
「……ありがとう」
声を聞けたことに内心驚く。このまま無言をつらぬくと思っていただけに嬉しい驚きだった。
「お水も、届けてくれた。……助かった」
「生きててくれてよかったよ」
アーネストがほほ笑むと、シャノンはバツが悪いのかさらにうつむいてしまう。このまま気楽な会話だけを続けていたかった。
「聞いてくれ。姉のケイトがいなくなってしまった。侍女のダフナも一緒にだ。俺は彼女たちを探している。何か知っているなら教えてほしい。情報がなにもないんだ」
「兄は……ヘンリーは、なんと言ってた?」
「いつのまにか姿が見えなくなったと、深く謝罪された。使用人たちに探してもらっているらしいが、特に進展はない」
「……そう」
ヘンリーを兄と言ったことで目の前の人物がシャノン・ライランスであることが確定した。アーネストもほぼ確信を持っていたが、本人からの言葉はなによりも強い。少しばかり興奮がわき、おさえきれずに言葉が口をつく。
「知っていることがあれば教えてくれないか」
しかしシャノンは何も言わない。
しばらくして、彼女の青い瞳からぽとりと涙が落ちた。
「……ごめん、なさい」
痛そうに表情をゆがめ、またひとつ涙がこぼれる。