第三話
義足を作るにも時間がかかる。離れで必要最低限の世話を受ける私であるが、日々を無為に過ごすのも時間がもったいない。なので、朝食が済んだ後は松葉杖で母屋へ向かい、雑務をこなしている。
侯爵家といえど、遊ばせるほど人手が余っているわけではない。繁忙の波は寄せては返し、その高まりが重なればやむを得ず放置される仕事もある。私はその内、座ったままか期限を気にする必要のない作業を任されていた。食事の下拵え、洗濯物を畳んだり、備品や書物の整理などなど。
そうして三ヶ月ほどが過ぎた。
本日は雲一つない青空で地面の湿り気も少なく、絶好の園芸日和だった。私は地べたに尻をついてひたすら雑草を抜き続ける。足を失ったといっても膝は残っていたので、見場に目をつむれば四つん這いで移動も可能だ。
どっこいしょー、どっこいしょ。
ソーラン節のような何かを口ずさみながら無心で草を毟りまくっていたところに、背後から声がかかった。振り返ると、侯爵閣下とお嬢様が顔に感心を浮かべて立っていた。
「元凶である私が言うのもはばかられるが……そなた、なかなか動けるものだな」
「もっとのんびりと暮らしてもらってもよいと思うのだけど」
「自分でもそう思うのですが、動いていないと体も心も鈍ってしまう気がしまして。歩けるようになってお屋敷で本格的に働くとなったときに、体力がなくてついていけませんではお話になりませんから」
何より、今なら多少の粗相や鈍間もお目こぼしいただける。屋敷内の勢力図や人柄の把握にうってつけの期間だし、書物整理のついでにいろいろとお勉強もできたりする。
「先の見通しが立っているなら、そこまで万事順調に運ぶよう道を整えるのは当然です」
「そういう気質からして、やはり貴方がただの平民とは思えないのよね……」
「貴族どころか、騎士や学者すらも先祖に見あたらぬとはな。不思議でならない」
つまり、私は由緒正しい凡俗の民で確定らしい。よかった。
「ところで、お二方はどうしてこちらに? わざわざ足をお運びいただかなくとも、呼びつけて構いませんのに」
「おお、そうだった。そなたにあつらえた義足が戻ってきたのだ。今回の試着で問題がなければ、そのまま引き渡しとなる」
「貴方にはお礼を言わなければならないわ。職人たちとのやりとりは、わたくしにとってもよい経験となりました」
「私でお役に立てたのなら何よりです」
義足の手配を主導したのはお嬢様だった。試着の際には必ず立ち会い、時には工房を訪れて製作の過程を見学し、職人以外にも多くの人々と言葉を交わしていた。ストーリー上の敵対相手である私がその役目を果たさず、父親の愛情が正しく注がれた現在、お嬢様は慧眼のご令嬢として急成長中なのである。
「私が口を出すまでもなかった。素晴らしい仕事ぶりだったよ」
「ありがとうございます。お父様」
侯爵は娘を一番にほめたあと、私に穏やかな笑みを向けて小さくうなずいた。
いいぞいいぞ、貴方たちは末永く仲良し親子をするがいい。
「そなた……また鼻血が出ているぞ」
「もうっ! 元気に見えてもそうやってすぐにお鼻が切れてしまうのだから、今日は試着を終えたらお仕事は切り上げなさいな」
私は満面の笑みを浮かべ、ポケットからちり紙を取り出して鼻に詰めた。閣下とお嬢様がきびすを返し、私も松葉杖と右足を前後に振って二人のあとを追う。
いつもの応接室では工房の親方と若手の職人が一名、待っていた。
義足はごく簡素な作りである。膝下の切断部位を差し込む椀型のソケットからは一本の鉄棒が延び、その先端には木製の四角いキャップがはめられている。最初は靴を履かせるため、棒の先端には足首から下をかたどった木型を取りつけていた。しかし良かったのは見栄えだけで、足本来の柔軟性が皆無のそれは実用に向かず、歩く分には松葉杖の方が楽なくらいだった。
そこで親方は「杖」の特徴に着目し、床との接地が「面」である木型をはずして正方形の木っ端に変えてみた。床と「点」で接する足は木型のそれよりはるかに扱いやすく、私は絶賛した。底に靴と同じアウトソールを張れば滑る心配もない。使用者の声を聞いたお嬢様も見た目へのこだわりを捨て、鉄棒の先端には木製のキャップを取り付ける方向で決まった。
そこから改良を重ねに重ね、完成したのが今の形だった。
私は服の裾をたくし上げ、ソケットに足を入れる。器具の固定に使われるのは一枚の革で、これはソケットの縁に連結されている。柔らかな革を大腿部に巻き付け、レースアップブーツと同じ要領でハトメの穴に紐を通して編み上げるのだ。
紐をキュッと結び、解けないのを確認したら準備は完了だ。
職人の手を借りて立ち上り、膝をまっすぐにしてソケット内のクッションや固定部の感触を確かめる。何度も試作を重ねたおかげで肌の当たりはよく、ぐらつくことはなかった。徐々に左側へ体重を移し、均等になったところでバランスを取る。直立する分には文句なしの出来だ。ソケットから伸びる棒の長さも右足と一致し、非常に具合が良い。
私は試しに義足を踏み出し、床から右足のかかとを離していく。左に体重をかけても痛みなどはなかった。多少よろけてしまったとは言え、転倒することなく自分で体勢を立て直せたのだから、第一歩としては成功で間違いない。
「当面は杖に頼らざるを得ませんが、私のやる気次第では自立も夢ではなさそうです」
「貴方ならきっと大丈夫ね。これまでのたゆまぬ努力、しかとこの目で見てきたもの」
「ありがとうございます。激賞に背筋が伸びる思いです」
「まあ! 大げさなんだから」
お嬢様は素直に励ましてくれる。こういった気遣いは彼女にとって既に当たり前のものになっていた。私は最初こそお嬢様の進む道を軌道修正せねばと意気込んでいたが、いらぬ世話であった。根はとてもひた向きで真面目な人なのだ。私はただ身の程をわきまえ、しゃしゃり出ないだけで事足りた。
お嬢様は親方たちにも向き直り、軽く膝を折って礼を示した。
「一連のお仕事、ご苦労様でした。今後の補修についても引き続き貴方の工房にお願いしたいと思っています」
「こちらこそ、貴重な経験を積ませていただきました。ここまでくると手前どもも職人魂に火がつきましてね、どうにか足のしなりを再現できないもんかと息巻いてるところです」
「見込んだとおり、探求心が旺盛で何よりですわ。場合によってはこちらでいくらか支援することもできるでしょう」
お嬢様の視線を受け、侯爵も期待の意を込めて続ける。
「ああとも、試して無駄になる技術などありはせぬ。別の分野に応用できるかも分からんからな」
「ははっ! 門弟一同、これからも精進して参ります」
契約の継続確認や報酬の引き渡しを終えると、二人は肩をウキウキさせて帰って行った。使用人に見送りを任せ、応接室に留まった侯爵親子が一息つく。
侯爵閣下は娘と視線を合わせ、
「今回の仕事だけれど、本当によくやりきったね」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
侯爵はお嬢様の頭を撫でながらも私に目配せをして、「そなたも」。口の動きだけで言う。私は小さくうなずき、そうすれば彼の関心は再び娘に戻る――かと思われたが、こちらを見つめたまま離れない。
私がもう一度、今度は深く首肯すると、そこでようやく目がそれた。
私がこの屋敷に初めてやってきたあの日、「帰ったらまず娘に挨拶せぇ(意訳)」と侯爵閣下に申し上げたことを覚えているだろうか? それ以降、私は彼に、何を措いても娘とのコミュニケーションを優先するよう仕向けてきた。
現在、侯爵家には奥方がいない。お嬢様が幼い頃にお亡くなりになってから、後添いを迎えていないのだ。立場上、侯爵閣下は家を空けることが多い。娘と接する機会は少なく、ひと月近くも顔を見ないなどざらであった。母がいれば父の多忙をよく言い聞かせ、寂しさを慰めてくれたろう。しかしその仲立ちは失われて久しく、父親は娘との接し方に苦慮していた。
お嬢様にしても、父の重責と忙しさは理解していたので、無理に甘えることもできなかった。わがままを言えば失望させ、余計に会う機会が減るのではと恐れてさえいたかもしれない。
そうして両者で距離を測りかねていたところに、娘と同じ年頃の少女が現れ、恐れ多くも侯爵に助言を行った。それに従って行動したところ、娘との距離が少し縮まった……なんてことがあったせいか、閣下は自分のやり方が正しいか、時折目線で私に伺ってくるのだ。
えらく可愛いおじさん爆誕。ありがとう、合掌。
お嬢様はそんな父に気づいているのか、いないのか。
「先の親方様ではありませんが、わたくしも未来の女主人として精進せねばと決意を新たにいたしました」
「あっはっは。お前が侯爵家を乗っ取るのも時間の問題か」
「ふふ! ご隠居の用意はお早くなさってくださいね」
「言うじゃあないか。さすがは私の娘だ!」
侯爵はお嬢様の頭をくしゃくしゃっとかき回し、すっくと立ち上がった。
「いつ言おうかと時機を見計らっていたんだが、今がちょうどいいかもしれないな」
「何のお話でしょうか?」
「婚約の話がまとまったんだ、お前のね」
「左様で。ずいぶんと待たされましたし、てっきり破談になるものと思っておりました」
お嬢様は拗ねたふりでプイッと顔を背け、乱れた髪を直す。
「心配をかけてすまなかった。予定通り我が侯爵家の傍系尊属、現辺境伯の長男坊だ」
「いえ。見知った方に落ち着いてようございました」
前髪を撫でつけ、お嬢様は安堵した様子だ。
ここで、今まで外野に徹してきた私が声を上げる。
「このお話、私もお聞きして良いものでしたか?」
「あ……」
「……まあ、貴方なら問題ないのでは?」
侯爵閣下め、さては娘に気を取られて私がいるのを忘れていたな。お嬢様にしても同様に。
家の中では少し気が抜けてしまうのも、この親子の愛らしいところなのだ。




