第二話
私は使用人に抱えられて応接間へと向った。前を歩く親子のやりとりは和やかだ。
部屋に入り、私とお嬢様が向かい合って座る。
侯爵は今回のいきさつを簡潔に伝えた。平民の小娘の面倒を見ると言う彼の意志は固く、その決定は覆りそうになかった。お嬢様もそれは理解しており、納得できない思いを握り潰すように膝の上で手をキュッと丸めている。他方、私を見つめる目には同情が浮かび、侯爵家の過失を自覚していた。
こうなっては侯爵の慈悲を拒む方が悪手かもしれない。
説明が一通り終わり、侯爵の言葉がとぎれたところで私が挙手した。侯爵のみならず、お嬢様の了解も取ってから話し始める。
「まずは、これまでの不躾な態度をお詫び申し上げます」
「構わない。むしろ私のわがままに付き合わせてしまい、こちらが申し訳ないくらいだ」
「これほどの温情を私は知りません。改めまして、閣下のお手にすがることをお許しください」
私はお嬢様にも目を向け、丁寧に詫びた。
侯爵も娘の様子をうかがっている。
「わたくしは……わたくしもお父様の立場であれば、同じ決断をしたと思います」
声はか細いものの、彼女自身の意思は案外しっかりして聞こえた。そこで私はもう一度手を挙げ、
「ですが、私をこのお屋敷に置くのは承伏いたしかねます。離れの小部屋などがございましたら、そちらで養生させていただきたく存じます」
この世界の貴族社会がどれほど厳しいか(あるいは緩いか)、私は知らない。私は侯爵の対応を行き過ぎと思う一方、彼の実直な人格は尊重すべき美徳だとも思う。簡単には得難いその「良心」を弱みとして他勢力に利用されることがあっては忍びない。まして、自分がその口実になるなど以ての外である。
こればかりは譲れない。
「ふむ……」
侯爵は視線をスッと上にずらした。骨張った指で顎を撫で、しばらく時間をおいてから口を開く。
「そなた、平民という割には言葉が流暢だな」
「同感です、お父様。わたくしも先の話しぶりには驚きました」
二人は実に興味深いと言い、私の表情から指先の動きにまで注視する。失礼のないようできる限り慇懃に振る舞ったのが裏目に出た気がした。
「そっ!? そうですかね~? これくらい普通だと思いますよぉ?」
「貴方、今わざと砕けておしゃべりしましたわね?」
「え」
「娘の言うとおりだ。自然と出た言葉ではあるまい」
「お父様。もしやこの方……家系を辿った方がよろしいのではありませんか」
「うん。最盛も凋落もこの世の常、貴族の構成も時代とともに移り変わってきた。調べればこの子のためになることもあるかもしれないね」
裏目がもう一枚重なる。「ロマ何とか」の情報に乏しい私には、ヒロインが先祖代々平民だと言い切る根拠がない。転生後の両親は昔を惜しむ様子はなく、祖母にしてもそんな態度はなかったが、これらの記憶だけでは疑惑を払拭するに足りない。
お嬢様が悶々とする私に探るような視線を送り、ぽんと手を叩く。
「ひとまず、この方が希望する通り離れでお世話をする間に、義足を用意してはいかがでしょう? 歩けるようになった段階で、使用人見習いとして我が家で雇うのです。雑務であろうと、貴族の家で働いた経験は無駄になりませんわ」
「良い考えだ。それなら、調査の如何に関わらず彼女に損はない」
二人の笑みには打算の片鱗があった。
――仮定してみよう。
私が没落した名家の末裔だったとして。滅んだ理由が不届きなものであれば、少しの職業経験を積ませて適当な時期に放り出せばいいだけだ。翻って、もしも他者の計略などによる失墜だった場合には、その全容次第で私の身柄を「武器」にできる。
抜け目がなくていらっしゃる。侯爵家の思惑に見当がついた私はそっと顔をしかめた。
「ウフフ。お父様、この方ときたら思いのほか分別がありますわ」
「お前も気づいたかい?」
「もちろんです。もっとも、わたくしにも分かるほどあからさまなのはいただけませんけれど」
父子ともに態度が一変する。
さすがは貴族。狡猾であればこそ、慈悲深く誠実な侯爵様でいられるというわけだ。お嬢様にしても純真無垢とはいかず、悪役令嬢の素質があると知れた。
私はどうしたものかと考える。物語では転生に理由や目的がありがちだが、私はこれまでに神の弁明も天啓も聞いたことはない。今のところ元ネタヒロインへの転生に「意味」はない。私はただの平民で、天涯孤独となった一般人である。成し遂げたい野望や変えたい運命なども特に存在せず、侯爵一家に取り入る利益といえば、貴族の元で働いた実績を解除するくらいだ。
いやそれ片足欠損の孤児でなくとも格別の報酬では? 大義名分のない人生なら、なおのこと逃す手はない。もらえるモンは全部もらっとけ、とは祖母の口癖であった。
「閣下のおっしゃるとおり、後々を考えれば私に不利はありません。大変ありがたいことです。村へ戻った暁には閣下やお嬢様、侯爵家の皆様によくしていただいたことを方々で触れて回りたいと思います」
「これはこれは……。よもや領民に脅される日が来ようとは」
「いえああああのですね! さっきのは悪評流されたくなきゃ優遇しろとかそういうアレではなく!!」
「分かっている。冗談だ」
両手を開いて肩をすくめた侯爵を横目に、お嬢様がクスリと笑った。
「この方が相手であれば、侯爵家に損害は生じないでしょう。わたくしたちを前に、あまりに人が良すぎますもの」
小首を傾げる花の顔。その微笑みには魂胆などなく、弱き者を思いやる優しさのみがあった。正直とても可愛い。彼女を見守る侯爵閣下の表情も心なしか緩んで見える。
侯爵家に取り入る利益に二つ追加だ。お嬢様で美少女セラピーができる上、娘にメロメロのイケおじも摂取できる!
この栄養を継続させるためには、やはりお嬢様にはきちんと正道を進んでいただかねばならない。そしてあわよくば、彼女が男装した姿をこの目で拝みたい。




