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9.噂話

 その日はいつもと変わらない朝だった。

 穏やかな日差し。

 登校した生徒達で賑わう廊下。

 だけど、決定的に違うことが1つだけあった。

 

「例の噂、聞きまして?」

「ええ、あの方ですわよ。」

 

 私の姿を見ると、ヒソヒソと会話する声が聞こえてきた。

 人の意図を汲み取ることは苦手な自覚がある。

 例えば、今何を思って建前を言ったのかとか。

 心の底で考えていることとか。

 だけど、“向けられる視線”に対しては別だ。

 アイドルとして過ごす中で、私を見ている視線には常に意識を向けていた。

 

(うぅ、見られてる……)

 

 だから、嫌でも気づいてしまう。

 今日朝から向けられる“感情”に。

 好奇心、嫉妬、それから——

 

「あの噂、お聞きになりました? ほら、殿下と2人きりで食事なさったご令嬢がいるとか。」

 

 教室に入るなり、わざとらしく張り上げた声が耳に届いた。

 

「もちろん知ってますわ。今、その話題でもちきりですもの。……ですが、そのお相手が、ねぇ?」

 

 チラリと私の方を一瞥する。

 私が来たことをわかって、敢えて聞かせている。

 胸がずんっと重くなった。

 

(……どう、しよう。)

 

「伯爵令嬢なのでしょう? 明らかに釣り合いが取れてませんわ。」

「どうして殿下はお誘いになったのかしら。しかもわざわざあんな地味な子を。」

 

 冷たい視線が向けられて、バッグを持つ手に力が入る。

 どうしようもなく苦しくて、息が上手く吸えない。

 

(悪意には、慣れてるはずなのに……)

 

 俯いていることしかできなかった。

 反論はおろか彼女達に向き合うことすらできなくて。

 

(……悔しい)

 

 そんな感情が込み上げてきた、その時だった。

 

「あら? いつもより騒がしいですわね。」

「……!」

 

 驚いて声のする方へ振り返ると、ホワイト様が含みのある笑みを浮かべて立っていた。

 その姿に、教室の空気が変わった。

 

「ローザ様! おはようございます。」

 

 さっきまで私に向けていたものとは異なる視線。

 

「ええ、ごきげんよう。何やら興味深いお話をされていましたわね?」

 

 ホワイト様が興味を示したことによって、それは期待へと変わったらしかった。

 

「そうなんです! あのご令嬢が殿下と2人で食事をなさったんですよ。婚約者候補のローザ様を差し置いて!」

「……まあ、それは本当ですの?」

 

 ホワイト様は小さく目を見開いた。

 

「はい! きっとあのご令嬢が殿下に色目を使ったに決まってますわ。もしくは、何かを使って脅したのかもしれません。」

 

(そんなことしてない!)

 

 そう言いたいのに、喉の奥がつっかえて、言葉が出なかった。

 ホワイト様の扇子がバタンと閉じられ、目線がこちらに向けられる。

 

「……っ」

 

(どうしよう、怒られる。)

 

 ぎゅっと目を瞑った私に届いたのは罵声ではない意外な言葉だった。

 

「……それは確かなことなんですの?」

 

 静かに何処か圧を含んだ声。

 

「真意はわかりませんが、他に殿下が伯爵令嬢を誘う理由がありません!」

 

 その言葉を聞いたホワイト様の目の色が変わった。

 

「でしたら、これ以上口にしないことをおすすめいたしますわ。」

 

 口調は優しいのに怖ささえ感じられる笑顔だった。

 

「……っ、ローザ様はお許しになられるのですか?」

 

 納得できないのか、食い下がる令嬢にホワイト様はゆっくりと扇子を開いた。

 

「許す、という話ではありませんわ。不確実なことを憶測で語るのはお辞めなさい、と言っているのです。」

 

 ホワイト様の言葉に令嬢の1人が口を尖らせた。

 

「ですが、殿下と食事なさったんですよ!? そんなこと、普通ならありえません!」

「ええ、その通りですわ。」

 

 ホワイト様は先程までが嘘のようにあっさり頷いた。

 教室がざわめきを見せる。

 

「ですから私も気になっておりましたの。」

 

 サファイアの瞳が私に向けられる。

 

「マリア・フローレンス様。」

「は、はい!」

 

 緊張しながら返事をする私に、ホワイト様は近づく。

 

「……一体、殿下とはどんなお話をされていたのです?」

「えっと……」

「ほら、皆様も気になっているようですし、聞かせていただけますか?」

 

 ニコリと微笑んでいるのに、何故か断れる気がしない。

 むしろ、誤魔化したら余計に怒られてしまいそうだった。

 

「その、殿下とは光魔法について話させていただいて……」

 

 細められた瞳に見つめられながら、私は口を開いた。

 

「なるほど、光魔法の話を。」

 

 ホワイト様は考えるように目を伏せてから、顔を上げた。

 

「……確か昨日も練習なされていましたよね?」

「えっ」

 

 思わず声が漏れた。

 昨日の練習場。

 私が知る限りでは誰も居なかったはずだ。

 まさか——


(見られてたの!?)

 

 驚いている私をよそに、ホワイト様は小さく息をついて口を開いた。

 

「皆さん、お聞きになりまして? 殿下は貴重な光属性の保有者をお導きになる為に、気にかけていたそうですわ。」

 

 その言葉を皮切りに教室中が騒がしくなった。

 

「流石殿下ですわ。」

「光魔法の話をされたのですね。」

 

 その空気は柔らかく、さっきよりもずっと、息がしやすい。


(……私、誤解してた。)


 ローザ様は怖い人だと思っていた。

 最初は殿下のことで注意されて。

 次は光魔法の実力に呆れられて。

 正直、苦手だと思っていた。

 

 だけど——


 殿下との関係については正論だったし。

 光魔法のことも、考え直すきっかけになった。

 そして今回だって。

 根拠のない噂話を止めてくれた。


(厳しい人。)


 でも、それだけじゃない。

 私がホワイト様を知らなかっただけで、


(ちゃんと見てくれている人なんだ。)


 気づけば、ホワイト様を見る目は少しだけ変わっていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし続きが気になる!と思ってくださったらブックマークで教えてくれると励みになります。

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