3.馬車に揺られて
「あの、殿下。」
馬車に揺られながら、目の前に座る顔立ちの良い青年を慎重に目に映す。
「はい、何でしょうか?」
私に話しかけられたことに嬉しそうに返事をする殿下。
正直、まだ夢の中だと錯覚されられそうなほど現実味がない状況に、制服のスカートを握りしめた。
「私の正体がバレないように協力してくださるとのことですが……」
昨日の出来事を整理するように尋ねると、殿下は首を縦に振った。
「はい。ルーチェさんの正体が露見してしまうと、せっかくの学園生活が困難になってしまうでしょう。そうなれば、勉学……さらにはアイドルの活動にも支障が出てしまう可能性があります。」
(うっ……)
耳を塞ぎたくなるような未来を告げられ、眉間に皺がよる。
「私としても、ルーチェさんには学生として当たり前の生活というのを失ってほしくありません。」
声色を優しくした殿下の言葉に、この人は純粋に私を気遣ってくれているんだということが伝わってくる。
「それで今日お迎えに来てくださった、と?」
「はい!」
元気よく返事を返されて、ますます罪悪感が刺激される。
(目立つからやめてください、なんて言いにくい……。だけど、これは私の今後に関わることだから……!)
「殿下は私が普通の学園生活を送れるように手助けしてくださるんですよね?」
「勿論です。」
迷いのない言葉に私も負けじと笑顔を作った。
「それはすごく有難いです。」
認めてもらえたと思ったのか、殿下の顔が明るくなる。
「ですが、殿下はとても目立ちます。」
上げて落とす、とはこのことだろう。
自覚はあるが、ここでちゃんと伝えておかないと、流されてしまう気がした。
「殿下。貴方は女子生徒の憧れの的なんです!」
私の言葉に少し考える素振りを見せた彼は軽く頷いた。
「確かに、王子である私に興味を持つ方はいますが……」
(えっ、王子様だから女子生徒に人気があると思ってるの……?)
「それもあるかもしれませんが、それだけじゃありません! 成績優秀で魔法の腕もトップクラス。なのに誰にでも優しくて、威圧感がない。どこをどう取っても、憧れる要素しかないんです!」
「……ありがとうございます。」
殿下の反応は少し寂しい感じがした。
「もしかして、信じてませんか? 殿下は王子様だから人気なんじゃなくて、ちゃんと中身を見て皆んな貴方のことを尊敬しているんですよ。他にも——」
「ふ、フローレンス嬢。」
つい熱弁してしまうのを、殿下に静止される。
(私、言い過ぎた? ……って、あれ)
殿下の頬がほんのり赤く染まっていた。
「すみません、言葉を遮ってしまって。ですが、貴女に褒められるのは、心臓に悪くて……」
「い、いえっ、私こそ熱が入ってしまいました。」
なんだか恥ずかしくなった私はごほんと咳払いをした。
「ともかく、私は学園では一介の生徒です。だから、殿下と表立って一緒にいると、変に注目を集めてしまうんです。」
そこまで言うと、殿下は初めてその顔に影を落とした。
「……そうですね。それでは元も子もありません。」
「あ、えっと殿下と登校するのが嫌と言っているわけではなくてですね! それに、殿下には婚約者候補の方もいらっしゃるので、その方達も良い思いはしないんじゃないかなぁ……と。」
私が考えていたリスクをちゃんと伝えると、殿下は悲しそうに眉を下げた。
「……申し訳ありません。そこまで考えが至りませんでした。」
「いえそんな! 善意でやってくれているのはわかりますし。」
素直に謝罪され、心が痛む。
「貴女に護衛することを許可いただいて、朝一緒に登校できることを思ったら舞い上がってしまって……つい、我を忘れてしまいました。」
(めっちゃファンじゃん……っ!!)
「そうだったんですね。私も今日は殿下と登校できて楽しかったです。」
ファンとして一緒にいたいと言われてしまうと、弱い。
私はアイドルとして答えてしまうから。
「ですが、噂になるのは困るので……あっ! 私が怪我をしたのを殿下が放って置けなくて、助けたことにしましょう!」
「……」
「これなら、殿下の評判も落ちませんし! ……どう、ですか?」
少し考えるように視線を落とした殿下に尋ねると、笑顔を返される。
「貴女がそれを望むなら。」
「……っ」
そのセリフになんだか悪いことをしているような気持ちにさせられる。
だって、私は私の都合で彼に嘘をつかせる。
それを私が望んだから、彼は合わせてくれるんだ。
(……って、弱気になっちゃダメ! これから私はもっと嘘を重ねることになるんだから、心を強く持たなくちゃ。)
「それから、お兄様に今日のことを聞かれたら、私の足を気遣って迎えに来てくれたと答えて下さい。」
「……それは構いませんが、フローレンス伯爵子息にまで嘘をつく理由を尋ねても?」
(まあ、身内まで騙す理由は気になるよね。)
「……お兄様は、過保護なんです。」
えへへと照れ笑いを作ると、殿下は納得したようで、それ以上は追求しないでくれた。
「どうやら着いたようですね。」
ゆっくりと馬車のスピードが落ち、殿下に言われて窓の外を見ると学園の入り口が見えた。
「送ってくださって、ありがとうございます。」
お礼を告げると、殿下は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「いえ、私こそ夢のような時間を過ごさせていただき、ありがとうございます。」
殿下のエスコートで馬車から降りた途端、周囲の視線が一気に私へと向けられた。
(やっぱり、こうなるよね。)
「あの方、どなたですの?」
「殿下と一緒にいらっしゃったわよ。」
ヒソヒソと色々な憶測が飛び交い、私はごくんと唾を飲んだ。
そんな私の前へ、1人のご令嬢が歩み寄る。
金髪の綺麗にカールした髪を揺らしながら、彼女は優雅に微笑んだ。
「——貴女、少しよろしいかしら?」
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