2.殿下襲来
(どうしようどうしよう、どうしよう!?)
家に帰った私は足早に自室へと戻り、部屋のドアをバタンと閉めた。
途中でお兄様に会った気もしたが、何て答えたかは覚えていない。
それ程までに切迫詰まっていたからだ。
ドアが閉まるや否や焦りが押し寄せて、バクバクと心臓の音がうるさくなる。
(正体、バレちゃった……!)
うぅと頭を抱え込んでみたものの、状況が好転するはずもなく。
私は一生懸命頭を働かせた。
(お兄様に打ち明けた方が良い? 「スキルを見通しする人がいて、その人にアイドルのルーチェだってバレました」って、ここは正直に……)
内緒にしてくれると言ってくれたとはいえ、何かあった時の為に対策は立てておくべきだ。
そして、協力してくれる人数は多い程良い。
ここでお兄様を頼るのはきっと正しい選択なのだろう。
(でも、話したら活動休止を持ち出されちゃうかもしれないし……)
それでもすぐに結論を出せないのは、きっとアイドルとして過ごしたいというこの気持ちのせいだ。
私の正体がバレたことを伝えれば、お兄様は絶対にストップをかけるだろう。
活動を休むという道を選ぶことは私の体裁を守ることに繋がる。それが最善だと、私の為に説得してくれる未来が安易に想像できてしまい、項垂れた。
自分でもそうした方が良いことも、このままだと危険なこともわかっていた。
(だけど……)
ふと目に映ったベッドに思いっきりダイブする。
(そんなことになったら、彼が自分のせいだって思う可能性だってあるし……)
私がこのタイミングで活動を休むことになれば、リアムさん……殿下が休止に関係していることを嫌でも察してしまうだろう。
殿下をリアムさんだと認識した上で考えると、優しい彼のことだから自分を追い詰めてしまうかもしれない。
原因が自分にある活動休止なんて、誰だって辛いに決まっている。
私の都合なのに、彼が責任を感じてしまうのは避けたい。
(それに……)
殿下の悲しそうな顔が思い浮かんで、チクリと胸が痛んだ。
(ファンを悲しませるなんて、アイドル失格、だよね。)
私のことを目をキラキラとさせながら見ていた殿下。
その顔が悲しみに歪む姿は見たくない。
むくっと起き上がった私の気持ちは決まっていた。
(絶対に隠し通してみせる!)
お兄様からも、ファンからも!
グッと拳を握りしめて、高く突き上げた。
窓から差し込んだ光がまるで私を後押しするように照らしていた。
* * *
「マリア!」
いつも冷静なお兄様が珍しく慌てた様子で私の部屋に駆け込んできたのは翌朝のこと。
「どうかしたの?」
ちょうど朝食を済ませたばかりだった私はその唯ならぬ様子に不安になりながら首を傾げた。
「殿下がお見えだ。」
「……へ?」
お兄様の突然の言葉にすぐさま聞き間違えを疑った。
「あの、お兄様。その“デンカ”とは私が知っている“殿下”で合ってる、よね?」
「あぁ、マリア。君が言っているのが王族に対する敬称を示す“殿下”なら、その答えはYESだ。」
お兄様がこの手の冗談を吐くはずがないと知っていても、聞き返さずにはいられなかった。
「殿下が、来てる……?」
一体どういうことだろうとお兄様の言葉を繰り返すと、しっかりと腕を掴まれた。
「そう、マリアと一緒に登校することを所望された。その為に迎えにきたのだと。」
「……?」
ますます訳がわからなくなって、更に首を傾ける私をお兄様は探るように見た後、口を開く。
「学園に行く準備は出来ているね?」
「え? うん、一応。」
「聞きたいことは山ほどあるけど、あまり待たせるわけにもいかないし、行こうか。」
「お、お兄様!?」
手を引かれて無理矢理エスコートをされる。
そして連れて行かれたのは我が家の玄関先だった。
(えぇっ、あの馬車って……!)
そこには見慣れない煌びやかな馬車が止まっていて、あろうことか王家の紋様が刻まれていた。
馬車の前に立つ紺色の髪の青年に見覚えがあった私は現実逃避を捨てて、慌てて彼の元へ向かう。
ひときわ目立つその人は私を見た瞬間に破顔した。
「フローレンス嬢!」
笑顔で手を振る殿下に近づいた私は、「おはようございます」と取り敢えず挨拶をしたものの、状況が飲み込めずに立ち止まる。
「どうしてこちらに……?」
戸惑いながらもここにいる理由を尋ねると、彼は照れくさそうに頬を染めた。
「貴女を守ると約束しましたから。」
殿下の意味深な発言にお兄様が眉をピクリと動かしたのが目に入り、もはや刑事に睨まれた犯罪者の気分で私は視線を彷徨わせる。
「フローレンス伯爵子息、この度は突然の訪問で申し訳ない。何せ急なことで、先触れが間に合わなかったようだ。」
殿下は一歩前に出て、今度は私の横にいるお兄様へと体を向けた。
その表情は私へ贈られるものより随分と固い。
「いえいえ、殿下は我が妹をお望みとのこと。兄として光栄に思うことこそすれぞ、異を唱えることなどございましょうか。」
「そう言って貰えると有り難い。」
含みのある笑みを浮かべていたお兄様に対して、急に訪れたことへの形式的な謝罪を終えると、殿下はまたもやその瞳に私を映す。そして、ふっと優しく目を細めた。
「フローレンス嬢、貴女をエスコートさせて頂けますか?」
「はい、よろしくお願いします!」
手を差し出された私は、急いでその申し出を承諾し押し込むように殿下を馬車の中へ誘導する。
(まずいまずいまずい! これ以上殿下に余計なことを言われる前に、口裏を合わせないと!)
多少強引な行動になってしまったが、私が快諾してくれたことに嬉しそうに頬を緩めた殿下は簡単に動かすことができた。
この状況が更にお兄様の不信感を強めたことなど、焦りでどうにかなりそうな私が気づくはずもなく。
呆気なく馬車へ避難を終えた私はほっと息をついた。
(なんとか乗り越えた……)
深く息を吐き、頭に酸素を行き渡らせた後、殿下へと視線を移す。
本音を言えば、こんな目立つ提案は断りたい。
私がこうやって着いてきたのは、あの場でのお兄様の追求を避けるためだ。
(……下準備もなしにお兄様を誤魔化せるはずないもの。)
きっとすぐにボロが出てしまうことだろう。
そして、正体がバレたこととそれを隠していたことをダブルで怒られてしまうんだ。
私にとってはお兄様のあの鬼の説教に比べたら、変に注目を集めるとわかっていても殿下と登校する方何倍もマシなのだ。
(だって、お兄様に知られたら……)
黒ーい笑みを貼り付けながら、理論責めされるつい先日もあった地獄の時間を思い出し、ブルッと身震いしてしまう。
(絶対に、絶対に隠し通すんだから!)
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