1.身バレ!?
(うわぁ、豪華!)
校門の前で校舎に圧倒された私は思わず立ち止まった。
今日から通うことになる——ヴァイブラント学園。
国内でも屈指の名門校だけあって、白を基調とした校舎はお城を彷彿とさせ、ここに入ると思うだけで緊張感が煽られる。
「頑張れ、私。」
自分だけに聞こえる小さな声で気合いを入れて、一歩を踏み出した。
その瞬間——
「……ルーチェさん?」
背後から聞こえた言葉に私は反射的に振り返った。
「はーい! みんなの心を明るく灯す光のアイドル、ルーチェです!」
そしてほぼ無意識のうちに体に染み付いた挨拶をしてしまう。
(……しまった!)
数秒経って自分の過ちに気づいた時には時すでに遅し。
目の前で頬を染めるイケメンとバッチリ目が合ってしまったのだから……。
「い、いやっ、あの、違くてですね……」
慌てて弁解しようと口を開いたものの、上手い言い訳が見つからない。
『良い? マリアは今や有名人なんだから、その自覚を持つこと! 身バレなんてしたら、大変なことになるからね。』
今朝も兄から言われたばかりの言葉が蘇り、どうしようと冷や汗が溢れた。
そんな私を他所に、目の前の顔立ちの良い男の人はその瞳をキラキラと輝かせた。
「大ファンです! 路上時代から追ってて……ずっと応援してたんです。こんな所で会えるなんて光栄です!」
興奮を抑えきれない様子の男性を見て、冷静さを取り戻した私は首を傾げた。
(どうしてこの人は私がルーチェだってわかったの?)
ルーチェ——アイドルとして活動している時は必ずスキルを使っている。
『幻影』という人に幻を見せる力を。
それは今の私とは似ても似つかない美少女の姿で、一目で……ひいては後ろ姿だけで判断することなんて不可能なのだ。
「ねぇ、今誰かルーチェって言わなかった?」
「え? 本物のルーチェが来てるの!? どこどこ?」
重大な事実を思い出した私は、騒がしくなってきたこの場所から脱する為に男の人の手を引いた。
「着いて来てください!」
突然のことでわけもわからないはずなのに、たった一言で男の人は私に従ってくれる。
「この学園で人が来ない場所ってどこですか?」
急いで校内に入った私は足を止めずに男の人に質問をする。
私のリボンの色は赤色。一方で男の人のネクタイの色は青色——2年生だ。
それでこの学園に詳しいだろうと訊ねると、男の人は紺色の髪をサラサラと落として少し考えた後、真っ直ぐに指を刺した。
「え? あ、えっと、あそこ……第2校舎の3階です。」
「わかりました。そこまで行ったら、貴方にお話があります。」
何も伝えずに連れ出すのも失礼かと思い、最低限のことだけ話した私は歩くスピードを早めた。
「……本当に人が居ないんだ。」
彼に教えてもらった場所まで辿り着くと、人っ子1人見かけなくなる。
窓の外には新入生らしき人影が途切れることなく続いているので、この場所が極端に人の出入りが少ないというのは事実なのだろう。
(使われなくなった教室なのかな? それにしては綺麗に保たれているような……)
「ルーチェさん、私に話とは……?」
目的地に着いたことで喋っても大丈夫だと判断したのか、男の人が口を開いたことで、ハッと現実に呼び戻される。
(ダメダメ。この場所も気になるけど、今は目の前に集中しなくちゃ!)
余計な思考を振り解き、目の前の男の人へ視線を向けた。
「まず、貴方。どうして私がルーチェだと思ったんですか?」
動揺を悟られないように声に抑揚をなくして問いかけると、男の人はキョトンとして固まった。
「何故って見たままじゃ……あっ、変装しなくて大丈夫なんですか? ルーチェさんがこの学園にいるって知れたら、大混乱になりますよ。良ければ、誤認識メガネをお貸ししましょうか?」
サッと鞄からメガネを取り出した男の人に大丈夫だと首を振る。
すると、彼は行き場の無くしたメガネを持ったまま悲しそうに立ち尽くしてしまった。
役に立てると思ったのに拒否され、凹んでいるその姿が捨てられた子犬のようで、罪悪感が募る。
「き、気持ちは嬉しいんですけど、そもそも私には変装なんて必要なくてですね、」
そこまで言ってから違和感に気づく。
「あの、見たままって、ルーチェは髪は金色ですよね? 私のは見ての通り水色です。それに見た目も全然違うでしょう?」
髪を一束掬って見せても男の子は目を見開いたまま、動かない。
「あのー……?」
もう一度声をかけると、ピクリと肩を跳ねさせた。
「か、かわっ……いえ、もしかしてルーチェさんは普段、幻想形のスキルを使っていらっしゃるんですか?」
突然百点満点の回答を出され、「えっ?」と声が漏れた。
「どうしてわかったんですか!?」
身を乗り出すように一歩近づくと、男の人の顔が少し強張った。
(……ん? 待って、今のって肯定したことにならない?)
またもや失敗してしまったことを悟った私の顔から血の気が引いていく。
「あ、ええっと、今のは何と言いますか……」
「大丈夫です。ルーチェさんのスキルのことは誰にも言いませんから。」
私の不安を察した男の子は優しい笑顔を浮かべて、秘密にすると約束してくれる。
その気持ちは嬉しかった。
だけど、すぐに信用して良いのかわからず、戸惑っていると、男の人はふっと真剣な瞳へ表情を変える。
「……一方的に知られるのは、不安ですよね?」
まるで心を見透かしたような言葉に、息を呑む。
「どうしてスキルを見破ったのか不思議そうだったので、正直にお話します。……実は、私のスキルは『真実の瞳』というもので、真実を見ることができます。基本的にオートなので、それでスキルが効かなかったんでしょうね。」
つまり、私の幻はこの人には通用しないと、そう言うことなのだろう。
「……貴方が私の正体を言い当てた理由はわかりました。でも、良かったんですか? スキルは秘匿する人が多いのに、私に教えてしまっても。」
いくら私を安心させる為とはいえ、安易に話して良かったのかと気になったことを聞くと、男の人はその顔に笑顔を宿した。
「はい! ルーチェさんを不安にさせる方が嫌ですから。」
迷いのないその返事になんだか疑った私が馬鹿らしくさえ思えてくる。
「ふふ、ありがとうございます。」
「笑っ……!」
完全に落ち着きを取り戻した私はじっと男の人を観察する。
路上でライブをしている時から追いかけてくれてると言っていた。
それなら私も彼のことを知っているだろうと、頭のてっぺんからつま先まで見てみる。
紺色の艶やかな髪にルビーのような赤い瞳。
鼻筋は通っていて、まつ毛は驚くほど長い。
等身は高くて、細身な体からスラッと足が伸びている。
褒めるところしかないようなルックスだ。
(こんな綺麗な人、一度見たら忘れないはずなんだけどな……)
最後に手に持っていたメガネに目を止めて、私は記憶を辿ってみる。
(紺色、同い年くらいの子、それから誤認識メガネ……あっ!)
「もしかして、リアムさん……?」
当たっているか不安になりながら聞くと、男の人の目が驚くほど丸くなった。
「どっ、どうして……!?」
「そりゃあ応援してくれてる人は覚えてますよ。」
予想以上の反応に笑顔で答えると、リアムさんは膝をついて顔を手で覆い隠す。
「に、認知……!」
どうやら喜びを噛み締めているようだった。
「当たり前じゃないですか。握手会にも参加してくれてましたよね。その時もまた来てくれたんですか? って聞いたんですけど、覚えてませんか?」
「もちろん覚えてます! ですが、メガネをしていないのに気づいてもらえると思わなくて! このメガネは見た目を誤認識させるものですから。」
殆ど勘とアイドルとしてのプライドで思い出したようなものだが、ここまで喜んでもらえるとこちらとしても嬉しい限りだ。
「リアムさん、良ければ本名を教えていただけませんか?」
さっきまで見上げていたのに今は私の顔よりも低くなったリアムさんに視線を合わせると、彼の顔がブワッと赤く染まった。
リアムはこの国で1番メジャーな名前だ。
日本で言うところのペンネームに太郎と付けているようなもの。
十中八九偽名だと推測できる。
もう正体もバレてしまっているし、こうなったらお友達になろうと決めた私はリアムさんに名前を尋ねることにした、というわけだ。
(これも何かの縁だよね。)
ニコリと笑顔を作ると、リアムさんは立ち上がって礼を取る。
「改めまして、リアムール王国が第一王子、レオナルド・ディ・リアムールです。」
「………………へ?」
私の聞き間違えかと思い、「第一王子?」と繰り返すと、ゆっくりと頷かれてしまった。
「はい、一応この国の王太子をやらせて貰ってます。」
肯定の言葉に私の頭はショートする。
第一王子といえば、眉目秀麗で才色兼備な完璧王子と名高いこの国最高の権力者。
思えば、他者のスキルまで貫通すると言うことは、スキルレベルは紛うことなき5に達しているのだろう。
レベル5は国内でも片手で数えられる人数しか存在しない。
しかもこの国の次期トップ。
(私、凄い人に推されてない……?)
これが事実なのか、夢だと言われてしまったら一瞬で信じてしまうような出来事に眩暈がしてくる。
「ルーチェさん」
「はい!」
突然呼ばれた名前に姿勢を正す。
王子だとわかった今、友達になるなんて烏滸がましい夢はとうに薙ぎ払った。
「もしかしたら、これから学園生活を送る上で貴女の正体に気づく人が出てくるかもしれません。」
「そ、そうかもしれないですね……?」
何を言われるのか予想できない。
だけど、兄の忠告が現実になった以上、彼の言葉に肯定することしかできなかった。
「話してみてわかりました。貴女は想像以上に危なっかしい。」
「え、えっと……?」
意図がわからず不安になっていると、綺麗な笑みを向けられた。
「なので、貴女のことがバレないよう、私が全力で護衛いたします! よろしいですか?」
「は、はい。………………はい?」
王子の言葉を簡単に否定なんてできない。
それで反射で返事をしてしまった私はその意味を理解した瞬間、すっとんきょうな声を上げた。
「良かった。これからよろしくお願いしますね。」
かくして私の学園生活は最強の護衛と共に幕を開けたのだった。
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