16.憧れたのは
「以前より気になっていたのですが……」
一つ悩みが減り、安心してお菓子を頬張っていると、かけられた声に首を傾げた。
「はい、なんでしょうか?」
キョトンと問いかけると、一瞬の間の後で口が開かれた。
「フローレンス嬢はどうしてアイドルになろうと思ったんですか?」
——アイドルになった理由。
突然聞かれた言葉に、ますます首の角度が斜めになった。
どうして今、その話を?
それがわからず、戸惑いが胸に広がっていく。
私の様子を察した殿下は、「言葉足らずでしたね。」と苦笑いを浮かべる。
「フローレンス嬢は努力する才能があります。光魔法のように、職に困らない力も持っています。ダンスも歌もプロとして申し分ない実力もあります。1つの道を極めることも可能だったはずです。……その中でなぜ、“アイドル”を選んだんですか?」
(……あぁ、なるほど。)
殿下の聞きたいことを理解した私は、手に持っていたお菓子を置いた。
「1番かっこいいと思ったからです!」
自信満々に答えると、殿下が固まった。
「かっこいい、ですか?」
私の言葉の真意を理解しようと、頭を働かせてるようだった。
その姿に笑が漏れる。
(そうだよね。私は“かわいい”系アイドルだもんね。)
うんうんと頷いた後で、紅茶を一口口に運ぶ。
「殿下の仰った通り、私には他にも選択肢がありました。」
指を3本立てて見せる。
「まず、光魔法を極めること。これが1番確実で、将来性がありますね。」
……光魔法は珍しい。その上、誰もが欲しがる“治癒”の魔法。引く手は数多だ。
「次に、歌手になる。これは、未知の職業ではないので、“アイドル”を1から広めるよりはずっと楽になれるでしょう。」
……あくまで今の実力が十分だと仮定した場合だが。
「そして最後。ダンスを極めて、舞踏会で婚約者を得る。これが1番現実的な道ですね。」
婚約者は成人後、社交界デビューしてから決められることが多い。
家柄、容姿、実績……もしそれに自信がないなら、社交界で何かをアピールしないといけない。
……そこで使えるのがダンス。
ダンスの腕が良いと話しかけられる可能性もグッと上がるのだ。
「どれも今の道よりは安全で確実。だから、“アイドル”は自ら茨の道を進むようなものだとお考えなのですよね?」
確かめるように聞くと、慎重に首を縦に振られた。
「……でも。」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……それでも、憧れてしまったんです。」
目を閉じると、今でも鮮明に思い出せる。
ペンライトがまるで夜空の星のように会場中を灯し。
アイドルがステージで笑う度に、笑顔が伝染していく……そんなテレビで見た光景を。
「“アイドル”はステージの上では歌もダンスも見た目もパフォーマンスにおいて全てが完璧を求められます。」
ダンスが上手いだけでも歌が綺麗なだけでもダメ。
全部ひっくるめて見られる。
「ファンの前ではそれが当たり前って顔して、何も辛いことや苦しいことを悟らせずに、人に笑顔を届ける職業なんですよ。」
暗い感情を表に出さずに、全力で人を楽しませる仕事。
「最っ高にかっこいいじゃないですか。」
——私が憧れたのは、“アイドル”のそんな姿だ。
「……!」
殿下の息が一瞬、止まったのがわかった。
ほんのりと頬が色づいた……ようにも見える。
「あ、えっと、つまり私は全部目指しちゃおうとしてるんです!」
急いで付け足すと、殿下がクスリと笑った。
「良いですね。それがフローレンス嬢の目指す道だと知って、納得しました。だから、どんなに苦難があっても、やり遂げてしまうのですね。」
立ち上がった殿下は優雅に膝を折って、まるでプロポーズの時のように跪いた。
「貴女が望む道を私も応援いたします。」
その真剣な瞳に思わず引き寄せられる。
(わ、綺麗。)
殿下の瞳は近くで見ると、より一層赤く輝いて見えた。
「ふふ、ありがとうございます。殿下にここまで応援してもらえるなんて、とても光栄です。」
第一王子で王太子。
そんなすごい人が私を推してくれているなんて。
今でも夢のようだった。
「……貴女が、そうさせてるんですよ?」
殿下のしっかり耳に残る低音が響く。
「私がここまで応援したいと思うのも、貴女の笑顔に、そして考え方にまで魅了されたから。だから、貴女自身が応援したいと思わせてるんですよ。他人事みたいに言わないでください。」
(殿下はそこまで……)
確かに今の言い方は、少し“殿下”という言葉に重きを置いていたかもしれない。
“殿下”に応援して貰えてるから“嬉しい”んじゃない。
“ファン”に応援して貰えるから、私は応えるんだ。
「はい。ありがとうございます! 殿下の期待に添えるように、もっと頑張ります!」
「はい。私はずっと応援していますから。」
殿下の顔のキラキラが増した気がした。
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