15.スタートライン
「マリア・フローレンスです。失礼してもよろしいでしょうか?」
扉を軽く叩いて尋ねると、すぐにドアが開く。
「フローレンス嬢! お待ちしていました!」
ぱっと花が咲くような笑顔で迎えられ、思わずたじろいでしまった。
(破壊力が……!)
「いえ。お時間を作ってくださり、ありがとうございます。」
「フローレンス嬢の為ならいくらでもスケジュールを空けますよ。あぁ、立ち話もなんですから、どうぞ入ってください。」
部屋へ入るよう促され、ぺこりと頭を下げると視界の端にテーブルの上のお菓子が映った。
(何あれ、美味しそう!)
じっと目線が止まると、殿下はそれに気づいたようで、綺麗な顔に笑みを浮かべた。
「フローレンス嬢が好きそうな茶菓子を用意しました。今日は長くなりそうなので。」
魔法について聞きたいことがある、とは伝えていた。
……が、まさかここまで気を遣ってもらえるとは思っておらず、殿下を見た。
期待するような瞳で私を見つめている。
「……お気遣いありがとうございます。えっと、有り難くいただきますね。」
屈託のないその顔に私は受け取ってしまう。
「フローレンス嬢、お手を。」
「はい……」
流れるようなエスコートで席についた私は、向かいに腰掛けた殿下に流石だなと感心した。
(王族なだけあって、扱いに慣れていらっしゃる!)
「それで、フローレンス嬢。今日は魔法について質問があるという話でしたよね?」
「あっ、はい! 光魔法について聞きたくて。」
殿下は長い足を組んでから、私が困らないように話を振ってくれる。
「そうですね。本来なら秘匿事項ですが、フローレンス嬢は光属性の保有者ですから、知る権利があります。」
——秘匿事項。
その言葉の重みにごくんと喉が鳴った。
「何が知りたいのですか?」
殿下の顔がスッと引き締まったのを見て、手に汗が滲む。
「……その、ホワイト様に光魔法は殿下が詳しいと聞いたので。……私、もっと強い魔法が使えるようになりたいんです。」
緊張しながら言葉を紡ぐと、殿下は意外そうに目を開いた。
「ホワイト嬢と一緒にいるところを見かけていましたが、まさか魔法の練習をしていたとは。」
独り言のように呟くと、ハッと私を見た。
「……仲が良いんですか?」
「はい! 私はそう思ってます。ホワイト様、とっても優しくて! 魔法について丁寧に教えてくれるんですよ!」
「……そう、ですか。」
元気よく答えると、気のない返事が返ってきた。
(どうしたんだろう?)
「殿下? どうかしましたか?」
不思議に思って尋ねると、軽く首を振られる。
「……いえ、少し考え事をしていただけです。」
濁した答えが返ってきたことで、私はそれ以上踏み込むことをやめた。
「そうなんですね。なら、安心しました!」
触れて欲しくない部分だと判断したからだ。
「……失礼しました。」
小さく息を吐いた殿下は、いつもの穏やかな表情に戻る。
「強い魔法を使いたい、とのことでしたよね?」
何事もなかったかのような顔に、私は大きく頷いた。
「はい。できれば超回復について教えて欲しいです。」
超回復は回復よりも更に“効果”の高い魔法。
回復と範囲回復が使えれば演出に困ることもなかったので、今まで手を出してこなかった領域だ。
「超回復は光属性の保有者なら習得しておきたい三代魔法の1つですね。どうしてまた?」
殿下の疑問は最もだ。
超回復は光属性者は最低限使えるとされる魔法。
今更聞くことなどないと思われたのだろう。
「はい。私は今まで魔法をライブの為に使ってました。それで、超回復を身につけてなかったんです。」
整理する意味も込めて、しっかりと言葉にする。
「ただ、ホワイト様に魔法のことを指摘されて、光魔法に改めて向き合いました。そこで、気づいたんです。」
静かに私の話を聞いてくれる殿下。
彼に思いっきり笑顔を向けた。
「回復の光があそこまで強くなるなら、その上の超回復はもっと綺麗なんだろうなって!」
「……くっ」
私の発言に、殿下は吹き出すのを抑えるように顔を覆う。
「で、殿下!?」
慌てた私は、ある所で目を止める。
隠しているつもりなのかもしれないが、肩が震えているので笑っていることは丸わかりだ。
そのことに気づいて、むぅと口を結ぶ。
(なにも笑うことないじゃん。)
「す、すみませ……いえ、フローレンス嬢らしいな、と思いまして。」
笑い終わったらしい殿下が、姿勢を正した。
「超回復は、練習を重ねれば扱えるようになると思います。もしコツが聞きたいのでしたら、人を紹介しますよ。」
——練習を重ねれば。
私も時間さえかければ、なんとかなると思っていた。
「……恥ずかしながら、何度挑戦しても形になりませんでした。」
正直に現状を伝えると、殿下は考え込むように視線を落とす。
「魔力量は足りていると思うので、イメージが固まっていないか、もしくは……」
そこでハッとして顔を上げた。
「フローレンス嬢。可能性は低いと思いますが、試して欲しいことがあります。」
妙に真剣な顔つきに、こくりと頷く。
「今使おうとしている魔力の半分で、超回復を発動して下さい。」
「えっ……、半分ですか?」
そんなに少なくても良いのかと瞬きを繰り返す。
「はい。試してみてください。」
半信半疑だったが、私は呪文を唱えた。
「……超回復」
言葉を発した途端、七色の光がぶわっと部屋を灯す。
「えぇっ! できた!?」
びっくりして声を上げると、殿下の「やはり」という声が降ってきた。
どうやら予想していたことのようだった。
「ど、どうしてですか!?」
理由がわからず、前のめりになって聞くとニッコリと笑顔を向けられる。
「魔力を込めすぎてたんですよ。」
「込めすぎ?」
悪いこととは思えず、首を傾げると殿下はふっと優しく微笑んだ。
「超回復は普通、初歩の段階で習得する人が多いです。だから、魔力はそこまで必要としない。多分フローレンス嬢は超回復を過大評価し過ぎてたんですよ。」
「……あっ」
確かに、回復の上位にあたる魔法だと知って、無意識のうちに沢山魔力を注いでいた気がする。
ホワイト様との練習で、込め過ぎても上手くいかないと学んだはずなのに。
肩を落とすと、殿下の優しい声が耳に響いた。
「フローレンス嬢はとても努力家なんですね。」
その言葉に顔を上げる。
「この方法で上手くいったということは、魔力量がとても多いということなんですよ。稀に居るんですよ。魔力と魔法が釣り合わずに発動できない方。」
私以外にも居る、それが意外だった。
「ライブで拝見しましたが、フローレンス嬢の範囲回復は凄まじいものでした。少なくとも、あれだけの魔力を持った上で、超回復に必要以上のイメージを持っていたら、魔法を上手く発動できないんじゃないかと思うくらいには。」
(……そっか。今までの私の努力は無駄じゃなかったんだ。)
ちゃんと繋がって、そのおかげで三大魔法を身につけることができたんだ。
これで私は、光魔法のスタートラインに立てた。
そう思うと、自分を少しだけ誇れた気がした。
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