13.魔法の可能性(ホワイト視点)
(こんなの、馬鹿げてますわ。)
目の前には数多の光の粒が浮遊している。
その光景が信じられず、呆然と見つめながら思考を巡らせた。
これだけの光を一瞬で出現させるのに、どれだけの魔力が必要か。
考えるだけでありえない数字が出てきて、固唾を飲んだ。
(王族レベルじゃない……!)
握っていた手に汗が滲む。
今まで低く評価していたことがわかったからだ。
目の前の発光体1つ1つが彼女の魔力によって創造されている。
私は今、その膨大な魔力を視覚的に見せられているのだ。
(魔力量はその練習量に比例する。ということは彼女は……)
どれだけの時間を魔法に費やしたのだろうか。
初めて会った時、扱える魔法は2つだと言っていた。
光属性のメイン魔法は3つ。
適正がある者は練習を積み重ねれば、身につけることができる。
彼女はそのラインにすら辿り着けていなかった。
さらに言えば、その効果も弱い。
だから私はすぐに結論づけた。
——努力を怠っている、と。
マリア・フローレンスは貴族として高みを目指すことを放棄している。
……そう、判断した。
(……でも、違うのね。)
彼女は“効果”への執着が薄いだけで、魔法そのものに対しては私よりもずっと……
『貴族として、そしてホワイト家の一員として、常に高みを目指せ。それを怠るという行為は我が家を冒涜するのと同義ぞ。』
「……っ」
不意に記憶が蘇る。
お父様の言葉。
それを言われたのは、私が初めて魔法を使った時だった。
* * *
「お父様。魔法の適正は火でしたわ! お父様と同じです!」
嬉々として報告する私にお父様は優しい瞳を向けた。
「それは将来が楽しみだな。特に火属性は攻撃に有利だ。」
立派なお父様の背を見て育った私は、同じ属性というだけで胸が高鳴った。
「はい! 私もお父様のお役に立てることが嬉しいです。」
我が家の領地は樹海と隣接している。
豊かな恵みを与えてくれる反面、魔物による被害も絶えない。
だから毎年、公爵家自ら討伐へ向かう。
命を懸けて領地を守る。
——だから、強い魔法が必要だった。
火属性は魔物退治に大いに役に立つ。
長期の遠征、攻撃共にバランスが良いからだ。
そして魔力の量は努力すれば手に入る。
そうなれば、目指す場所は決まっていた。
「お父様。私も早く魔法を使えるようになりたいですわ。」
「あぁ、すぐにでも教師を手配しよう。」
——魔法さえ扱えれば父の役に立てる。
そう思うだけで努力する理由になった。
……そう、私は安易な幻想を抱いていたのだ。
実際に魔物を目にするまでは……。
「うっ……なに、これ」
偶然、街に行った帰り道。
通りがけに見たものは、あまりにも残酷な状況だった。
作物が有象無象に飛び散り、その残骸の跡を辿った先には、“動物”と呼ぶにはあまりにも禍々しい生き物の姿。
身に纏う邪悪な気配から“それ”が魔物だと判断した私は、無意識のうちに叫んでいた。
「炎球!」
詠唱で現れた火球はゆらゆらと頼りなく魔物の方へ飛んでいき、そして逆鱗に触れた。
「ギャルァァァァ!」
「お嬢様! 離れてください!」
すぐに護衛騎士が前へ出て、切り掛かる。
魔物は悲鳴をあげて肉片と化した。
あっという間の討伐に死傷者共になし。
「お怪我はありませんか?」
「……えぇ、大丈夫よ。」
振り返った騎士に無傷を告げる。
魔物は無事に討伐された。
領民への被害はなく、公爵家の者が倒したとなれば功績としては申し分ない。
……結果だけを見れば。
「ローザ。怪我がなくてなによりだ。」
私の帰宅を聞いたお父様は1番に出迎えてくれる。
魔物と遭遇したのを聞いて、心配してくれたのだろう。
怖い目に遭ったばかりで、その胸に飛びつきたい気持ちはあった。
だけど——
「お父様。私何もできませんでしたわ……」
お父様の心配そうな顔に、私はドレスの裾を握りしめた。
「ローザ……」
「騎士の皆さんが居てくれなければ、今頃どうなっていたかわかりません。……私、民を守るどころか自分の身すら守れませんでしたの。」
顔を上げると、お父様のサファイアの瞳が煌めいて見えた。
私と同じ色。
それなのに、毅然としていて芯がある。
お父様は沢山の人を救えて。沢山の人に信頼されて。沢山の人を指導する。
(私は、足りていない。)
「……私も、お父様みたいになりたいですわ。」
お父様は私の決意をじっと見つめた。
「ローザ。何故我が一族が魔物討伐をしているかわかるか?」
「この地を治めるものとして、民を守るのは当然の義務だからですわ。」
私の答えに小さな頷きが返ってきた。
「そうだ。我々には領主として領民を守り、領地を発展させる義務がある。それが威厳にも繋がる。」
お父様の言葉に胸をぴんと張った。
「……ではなぜ、自ら守ると思う? 公爵の地位を示したいなら、討伐団を編成し、公爵の名で動かすだけでも、十分に効果があるだろう。」
「……それは、平民に魔法を使える者が少ないからですわ。」
魔法は学ばなければ扱うことができない。
そして学びには時間を用する。
……毎日の暮らしで精一杯の彼等に、そんな時間を取ることは難しいのだ。
「その通りだ。我々が民から貰っているのは税金だけではない。お金には変えられない、大切な時間を貰っているのだ。」
お父様の言葉が胸に響く。
「ローザ。お前は恵まれている。だが、それに甘えるな。貴族として、そしてホワイト家の一員として、常に高みを目指せ。……それを怠るという行為は我が家を冒涜するのと同義ぞ。」
「はい、お父様。」
——私には時間がある。
領民から得た沢山の時間が。
だから、上に立つ者として常に学ばなければならない。
守る為に。そして、正しくある為に。
* * *
私は今まで魔法は攻撃の手段として見ていた。
力のない私が身を守るにはそれが最善だったから。
(……でも)
目の前で不思議そうにしている彼女に目を向ける。
守る為じゃなく、誰かの笑顔の為に魔法を極める彼女を。
今まで楽しませる為にどれだけ努力してきたのだろうか。
(私は、1度もそんなことを考えなかったわ。)
魔法を覚えて。それを強化して。
最大まで高めたら、次の魔法を覚えて。
それの繰り返し。
(……あぁ、そうだったのね。)
そこでようやく、魔法を何処か道具として見ていたのかもしれない可能性に気がついた。
純粋に魔法を楽しむことをしなかった。
だから、彼女が眩しく見えたのだろう。
羨ましい、と思うほどに。
そんな思考を振り払うように首を振った。
(……いいえ、私はこれで良い。)
それが、ホワイト家の長女として生きることだから。
私は高位の貴族として、そのままであり続ける必要がある。
自然と掌に力が入った。
「この魔法を扱えるようになるには、相当時間がかかったでしょう。その点は評価しますわ。」
「本当ですか!?」
私の言葉に笑顔になる彼女に、頷いて見せた。
「えぇ。……それから。」
嬉しそうにはしゃぐ彼女をしっかりと目に映す。
「貴女のその誰かの為に、という考えは素晴らしいと思いますわ。」
「……えっ!? あ、ありがとうございます!」
素直にお礼を言ってのける彼女に、照れ臭くなって顔を背けた。
「もし更に高みを目指すなら、殿下にお聞きになることをお勧めいたします。」
「で、ででで殿下にっ!?」
驚いている彼女に「当たり前でしょう」と告げる。
「……光魔法は特別なのですから。私では知り得ないこともあります。」
彼女には才能も継続力もある。
しかも、光魔法は無限の可能性を秘めている。
民を癒す、そんな奇跡のような種を。
それなら、一貴族としてそれを逃すわけにはいかない。
「ですがその前に、私と猛特訓ですわよ?」
「えっ……あ、はい!」
——その日初めて。
私は魔法にもう一つの可能性を見た。
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