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異世界に転生した木工屋は、世界の歪みを矯正する  作者: もしものべりすと


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14/22

第十四章 第三幕へ突入

直樹は地面に世界地図を広げ、自分の樹皮紙を全て並べた。三月分の記録。三百七十二枚。それは木材の生産日報と、何ひとつ変わらない形式をしていた。


 夜明け前、彼とセリディアは岩穴を出て、ふもとの村に降りた。村人たちはすでに避難していた。空の傾きを、肉眼でも認識できるようになっていた。地平線の左半分が、右半分より明らかに低かった。世界の崩壊までの残り時間を、直樹は計算し直した。あと六日と十二時間。


 彼は村の中央広場に立って、地図を広げた。世界地図だった。セリディアが王都から持ってきたもので、当代の最良の地図だった。


 地図の上に、直樹は三百七十二枚の樹皮紙を、順番に並べていった。日付ごとに、地域ごとに、数値ごとに。世界の全体を、彼の数字で覆った。


 セリディアが横で、計算用の小石を並べた。それは魔術師の伝統的な計算具で、石ひとつひとつに数値が割り当てられていた。


「カイレン」と彼女は言った。「あなたの数字と、私の魔術式の対応関係を、ようやく完全に把握したわ」


「完全に、ですか」


「ええ。あなたが応力と呼ぶものは、私たちが魔素流動と呼ぶもの。あなたが含水率と呼ぶものは、私たちが地脈水量と呼ぶもの。すべて、対応している」


 直樹はうなずいた。


「世界を、一枚の大きな板として捉え直します。木取りの理論を、世界規模で適用する。世界というオークの大板から、最も歪みの出ない部材の取り方を、計算する」


「七番目の応力集中点で、最後の楔を打つわけね」


「ええ」


 最後の応力集中点は世界の中心、人々が「世界樹」と呼ぶ巨大な大樹の根本にあった。世界樹は神話の存在ではなく、実在する樹だった。高さ千メートルを超え、根元の周囲が一里以上。世界の魔力流動の中心地だった。


 その世界樹の根本に、最後の楔を打つ。それが、直樹の答えだった。


 世界樹のことを、直樹は、最初に話を聞いた時、半分、神話だと、思っていた。だが、地図上の世界樹の位置を、彼の数字に重ねたとき、すべてが、ぴたりと、収まった。世界の応力分布の中心点が、世界樹の根本だった。世界の魔素流動の収束点が、世界樹の幹だった。世界樹は本当に、世界の中心にある実在の樹だった。


 その樹に、最後の楔を打つ。


 計算上それで、世界全体のあばれが、止まる。


 計算は、シンプルだった。だが、実行は、難しかった。世界樹は、教会にとって神聖な場所だった。そこに楔を打つことは、教会全体を敵に回すということだった。直樹一人では、無理だった。世界中の協力者を、集める必要があった。彼はそれを、計画していた。


 地図を見ながら、セリディアは深いため息をついた。


「世界樹に手を入れることは、教会が決して許さない」


「ええ。だから、教会と、最終的に対決することになります」


「キルヴァスがまた来るわね」


「そうでしょう」


「私たちだけでは、対抗できない」


「だから、人を集めます」


 直樹は地図の周囲に、各地の木工職人ギルドの拠点を書き入れた。彼が三月で訪れた村々。彼に救われた村々。彼の数字を信じた人々。


「彼ら全員を呼びます」と直樹は言った。「最後の作業は世界中の木工職人が、同時に、それぞれの地で楔を打つ」


「同時に」


「ええ。世界規模の木取り作業です。中心は世界樹ですが、世界中の七十カ所で同時に、補助的な楔を打ち込む。これで、応力が完全に分散します」


「七十カ所」


「俺の三月の記録から、補助楔を打つべき地点を計算しました。すべて、すでにあばれを止めた村の近くです。彼らなら、やってくれます」


 セリディアは地図を見つめて、ゆっくりと頷いた。


「あなたこれを、ずっと考えていたのね」


「いえ、昨夜、答えが出ました」


「昨夜だけで」


「いえ、十年と、それから昨夜の半日でした」


 直樹は微笑んだ。


 彼の十年は、無駄ではなかった。今、世界を救うための公式に、なっていた。


 セリディアもまた、微笑んだ。彼女の表情にはこれまでにない種類の輝きがあった。あばれが始まって以来、世界中の魔術師が答えを探していた問題に、答えが見えてきた、という喜び。それも、十五歳の他世界の少年から、もたらされた答えだった。


 その日のうちに、伝令が走った。各地の村へ、各地の木工ギルドへ、各地の協力者へ。セリディアの貴族としての伝手と、辺境伯家の私財が、すべて投入された。


 伝令は、馬で、船で、徒歩で、世界中に散った。一通の手紙には、簡潔な言葉が書かれていた。


 あばれ読みのカイレンが、合図を出す。その日、それぞれの土地で、楔を打て。詳細は別便。


 手紙を受け取った各地の木工職人たちは、皆しばらく、その言葉を、読み返した。それから、頷いた。彼らは、すでに、直樹の数字を、知っていた。直樹が止めたあばれを、見てきた。彼の指示なら、信じて、動く。


 翌日、ジョルダン老が、村から駆けつけてきた。


 白髪の老人は、十五歳の体の直樹の前に立って、深く頭を下げた。


「俺の弟子の、最後の仕事だ。手伝わせろ」


「親方」


「お前が世界を保たせるなら、俺は世界の端から、それを支える」


 直樹は涙を堪えた。


 ジョルダン老の到着から、半日後、村の長老の使者が到着した。さらに半日後、隣村の漁師の代表が、続いて到着した。次の日には彼が三月前に応力を矯正した三つの村のすべての代表が、寺院に集まった。


 誰もが、口々に、自分の村でできることを、申し出た。


「うちの村には、樺の老木が、一本あります」と隣村の漁師は言った。「あれを切って、楔にしてもらえれば」


「うちの村は、人手を出します」と他の村の代表が言った。「二十人、若い男を、出せます」


「うちの村には、北の山の薬草を、扱う者が三人います」とまた別の代表が言った。「治療班として、配置してください」


 直樹は彼ら一人ひとりの顔を見た。


 三月前、彼は彼らに、誰一人として、知られていなかった。十五歳の少年として、村の隅で、木屑を集めていた、ただの見習いだった。今、その彼の指示を仰ぐために、世界中の代表が、寺院に、集まっていた。


 異世界に来たから、彼の十年が、価値を持ったのではない。


 異世界では彼の十年を、読む人が、いた。それだけのことだった。前世の世界では、それを読む人が、いなかった。世界に、彼の十年は、最初から、価値を持っていた。誰かが、それを読むか、読まないか、の違いだけだった。


 その認識は彼を深い静かな、場所に、連れていった。


 三日後、世界中から、木工職人たちが集まりはじめた。三月前、誰一人として直樹の名前を知らなかった人々。だが今、彼らは皆、「あばれ読み」の名前を知っていた。


 最終決戦の準備は、整いつつあった。


 直樹は世界樹の根本に向かう道で、足を止めた。


 空はまだ傾いていた。


 だが彼の手には、十年分の数字があった。


 ロウラの葉は、まだ温かかった。


 彼の十五歳の体はまだ少年だった。だが、その体の中の魂は、十年と三月分の重みを、抱えていた。その重みはもう苦しくなかった。むしろ、彼を、地面にしっかりと、立たせていた。


 彼は深く息を吸った。


 別世界の空気が、肺に入ってきた。森の匂いと、土の匂いと、雨上がりの匂い。すべてが彼の体に、染み込んできた。


 彼は目を、上げた。


 遠くに、世界樹の幹が、見えた。


 彼の最後の目的地が、そこにあった。


 彼の三月の旅は世界樹の根本で、終わる。それは彼が、最初に村の井戸の傍で見た、樺の若木の樹皮の崩れと、繋がっていた。最初の、小さなあばれが彼の旅を、ここまで連れてきた。連鎖は、最初から最後まで、一本の線で、繋がっていた。


 彼はその線の上を、歩いてきた。


 最後の数歩を、これから、踏み出す。


 彼の十五歳の体はまっすぐに立っていた。背筋が、伸びていた。前世の彼が、十年間、ほとんど見せたことのない、姿勢だった。誰にも、見られない場所でも、誰かに、読まれていると、知っている者の、姿勢だった。

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