第ニ話 その距離の名前
「え?お兄様が?」
テーブルを拭いていた手を止めて、アウレリアは思わず聞き返した。
リオが頷く。
「はい、レオニス様にお願いしてエドガルド国王に謁見してもらいました」
だからリオは、あんなふうに確信を持って「大丈夫」と言っていたのか。
あの後、程なくしてあっさりと解放されたので、不思議に思っていたのだ。
まさかアルフェンの特権を使うとは。
アウレリアは1週間ぶりに店に戻ってきていた。
待ってくれている常連客のことを考えて、早く店を再開したいと、すぐに掃除を始めた。
そこにリオが様子を見にやってきたのだ。
「どうしよう。お兄様にお礼を言いに行かなくちゃ」
慌ててエプロンを外してばたばたと着替える準備をし始めると、リオが呆れたように言った。
「先生、落ち着いて下さい。レオニス様は多忙ですから、急に行っても会えませんよ」
ぴたり、とアウレリアの動きが止まる。
「そうよね。はじめにアルフェン家に面会の申し出をしなくちゃ」
「先生がそんなに慌てるの初めて見ました」
くすくす、とリオが笑う。
「もう、笑わないでよ。自分でもわかってるの。恩を返してくれただけだって。でも、お兄様が助けてくれたってだけで、すごく嬉しいの」
心が温かくなる。
両親が亡くなって、若くしてアルフェン家を背負ってきたレオニスは、アウレリアの誇りだ。
あの若さで王家や他の貴族たちと渡り合うのには、相当苦労をした事だろう。
ただの兄妹として過ごした記憶はあまりない。
しかし厳格だが高潔で、本当は優しい人間だという事をアウレリアは知っている。
「うらやましいですね…。家族は」
「何言ってるの。リオも家族だわ」
リオが顔を上げてアウレリアを見る。
「当たり前じゃない。私にはみんなと同じようにリオが大切だわ。弟みたいなものだもの」
「…そうですね。弟ですよね。」
「え?」
「いいんですよ。まだーー弟でも」
リオが少し含みのある言い方をしたのでアウレリアは首を傾げたが、箒を持って扉へ向かう。
「外を掃除してくるわ」
掃き掃除をしながら、ふと先ほどの言葉が気になる。
リオは弟なのかしら?
今や彼の方が年上だ。
兄、とも違う。
10年前なら間違いなく弟子だと答えていただろう。
だが、それも10年前に破門した。
ならば、今の関係は?
リオは家族同然だと思っていたけれど、レオニスともルーカスとも違う。
大切だという事には違いがない。
けれど。
答えはまだ見えない。
ふと視線を感じて顔を上げる。
少し遠くの方に馬車が停まっていた。
あれはアルフェン家の紋章だ。
窓に人影が見える。
「お兄様…」
気のせいか、その眼差しが昔向けられていたものと同じようにも感じる。
すまない、と口が動いた気がしてアウレリアは首を横に振った。
レオニスには感謝してもしきれない。
今までも、きっとこれからも。
ありがとう、と。
アウレリアは静かに笑みを浮かべた。




