第三十九話 ほどけない距離
朝陽を受けていた淡い金髪が、ゆっくりと茶色へと変わっていく。
蒼い瞳の奥にあった星のような輝きも、静かに薄れていった。
「先生……髪が……」
「自分で魔法を掛け直したわ。一旦城に戻らなくちゃ。アメリアの姿じゃなきゃおかしいでしょ?」
ガイアスと別れた二人は、森の中を城へと向かって歩いていた。
以前は森で修行することも多かったので、こうして並んで歩くことも、珍しくなかった。
「いつから、気づいていたの? 私だって」
ふと疑問を口にすると、リオは少し考えるようにしてから答えた。
「……星祭りの時に、目が合った時から気にはなっていました」
「それって最初からじゃない」
「先生のこと、わからない訳ありませんよ。でも……違っていたら立ち直れないので、ありえないと言い聞かせていましたけど。実際、ありえないでしょう?」
彼は苦笑を浮かべた。
確かに、死んだはずの人間が生きているなど、普通は考えない。
「確信を持ったのは、先生が夜に剣を振っていたのを見た時です。あれを見てしまえば、疑う余地はありません。あと、先生、手にタコがあるでしょう? ただの街娘が、そんな風になるまで剣を振りますか?」
アウレリアは自分の手のひらを見つめた。
白い肌。だが、確かに可憐とは言い難い。
「娘らしくなくて悪かったわね」
「別に悪いなんて言ってないじゃないですか。俺は好きですよ。先生の手は、今まで守ってきた者の証みたいなものだ」
真っ直ぐな言葉に、少しだけ照れる。
昔のリオなら、こんなことは言わなかった。
それだけの時間が、確かに流れている。
「そういう私も、すぐリオだってわかったわよ。こんなに背が伸びて、大人になっていたけどね。そうよね…わからない訳ないわよね」
離れていても、姿が変わっても。
切っても切れないものが、あるのかもしれない。
「でも、それなら早く言ってほしかったわ」
「途中から、楽しくなっていたのかもしれませんね。先生を励ましたりした事、なかったですし」
「もう、意地が悪いわね」
思い返せば、正体がばれていないと思っていた頃のやり取りが、やけに気恥ずかしい。
リオは、どんな時もアメリアに対して紳士だった。
「リオも大人になったっていうことね。かっこ良くなったし、そのうちどこかのご令嬢と結婚して、家庭を持ったりするのよね。きっと……」
「それは、ありません」
思いのほか強い口調の声に、アウレリアは思わず足を止めた。
「……ああ、すみません。大声を出して」
「それはいいけど……ごめんね。もう師匠じゃないと言ったのは私なのに、なんというか、親気質が抜けていないみたいだわ。もう関係ないのにね」
昔とは違う。
もう子どもではない。
恋も、結婚も、リオの自由だ。
そう思うのに。
胸の奥が、わずかに痛んだ。
「関係ありますよ……」
リオが、アウレリアの手を掴む。
「え?」
「関係ないなんて、言わないでください」
振り返ると、銀灰色の瞳がわずかに揺れていた。
胸が痛い。
今度は、はっきりとそう思った。
自分も、同じことを言われたら、きっと傷つく。
守るつもりで、遠ざけていたのに。
「リオ、ごめんなさいね」
アウレリアは、両手でその手を包み込む。
「今度こそ全部話すわ。でもその前に、この状況をどうにかしないとね。まさか兵士を薙ぎ倒して逃げるわけにもいかないし。このままだと、いつ城を出られるか……」
「それなら、なんとかなりそうです」
「……本当に?」
「ええ。助言してきた者が、少し気に食わないですが……きっとうまくいきますよ」
リオが手を握り返す。
感情をあまり出さない彼の表情が、わずかに歪んだ気がした。
それが一瞬、苦虫を噛み潰したようにも見えた。




