第三十ニ話 紅眼とアルフェンの剣
辿り着いたのは、王宮だった。
裏口へと続く車輪の跡が、夜の地面にくっきりと残っている。
その先に、王妃の紋章を掲げた馬車が静かに停まっていた。
王妃――か。
エドガルドには伏せて動いているらしい。
なぜだろう、と考える。
だが、答えは出ない。
今の二人に、繋がりは見えない。
だが、厄介な事になった。
王妃が相手となれば、分が悪い。
逆らえば、ただでは済まない。
それでも、と思う。
彼女のためなら――
そこまで考えて、思考を止めた。
犠牲を払う事を彼女はきっと望まない。
奥歯を噛みしめる。
……あの時、声をかけていれば。
月明かりの下で見た光景が、脳裏に蘇る。
剣を振るう姿。
無駄のない足運び。
淀みのない刃筋。
見間違えるはずがない。
アルフェン剣術。
あの場で駆け寄ることもできた。
それでも、しなかった。
あの人が、何も言わなかったからだ。
ならば、待つべきだと思った。
自分から語ってくれる、その時まで。
木漏れ日で働く彼女は、あまりにも楽しそうだった。
十年前とは違う。
穏やかで、柔らかな笑顔。
――あんな顔を、する人だっただろうか。
壊したくなかった。
それだけで、十分だったはずなのに。
その時、扉が開く音がした。
裏口から静かに現れたのは、背の高い男だった。
ガイアス・ゼルヴァーン。
王妃の腹心。
紅眼のゼルヴァーン――その名の通り、闇の中でもはっきりと分かる紅い瞳が、こちらを射抜く。
息を潜めていたはずだった。
だが、その視線は迷いなく、リオを捉えていた。
(……見えているのか)
噂は、どうやら誇張ではないらしい。
視線が絡む。
逃がさない、とでも言うように。
「……アルフェンの剣、ヴァルノクスか」
低い声が、夜気に溶ける。
断定だった。
リオは答えない。
ただ、ゆっくりと腰の剣に手をかける。
空気が、張り詰める。
一歩でも動けば、崩れる。
紅眼のゼルヴァーン。
アルフェンの剣、ヴァルノクス。
夜は、まだ動かない。




