第三十話 交錯
夜は、まだ明けていなかった。
リオは再び店の外へ出る。
冷えた空気の中、残された痕跡を見下ろした。
足跡。
無駄がない。乱れもない。
洗練されてた動きだ。
ただの兵ではない。
統率も取れている。
そして、その中に一つ。
わずかに異なる足取り。
(……一人、いるな)
踏み込みの深さ。間合い。
“手練れ”だ。
暴漢や盗賊の類ではない。
視線を巡らせる。
ふと、地面に落ちた小さな金属が目に入った。
拾い上げる。
――階級章。
ルクシオンの兵のものだ。
(……わざとか)
指先でそれを転がす。
ならば、去ったのは自分の意思ではないはずだ。
車輪の跡は、まだ新しい。
辿れない距離ではない。
方向は――王宮。
エドガルド・ルクシオン・レイヴァルトの顔が、脳裏をよぎる。
冷たい微笑。
だが。
(……違うな)
あの男なら、こんな痕跡は残さない。
もっと巧妙に、何もかも消す。
ならば――
誰だ。
思考を断ち切る。
考えるより、先に動く。
リオは地を蹴った。
月明かりの下、一直線に駆け出す。
命の心配はしていない。
あの人は、簡単に倒れるような人ではない。
だが――
また、いなくなるかもしれない。
それだけは。
それだけは、許せなかった。
「……先生」
低く零れる。
風に溶ける声。
今度こそ、
見失うわけにはいかなかった。
馬車が、静かに止まった。
「着いたぞ。降りろ」
ガイアスの声。
先に降りた彼が、扉を開ける。
アウレリアは一つ息を吐き、地に足をつけた。
視線を上げる。
――違う。
外観は変わらない。
だが。
空気が、重い。
魔力が、淀んでいる。
ここに来るまでに感じていた歪みが、はっきりと輪郭を持ち始めていた。
(……ここが)
核だ。
王宮で、何かが起きている。
「お前にも見えるのか?」
ガイアスの声。
紅い瞳が、わずかにこちらを捉える。
試すような視線。
「何のことか分かりかねます」
静かに返す。
ガイアスは一瞬だけ目を細め――
やがて、小さく笑った。
「そうか」
それ以上は追及しない。
「着いてこい」
裏口から王宮へ入る。
使用人の出入り口。
だが――
人の気配が、ない。
不自然なほどに。
足音だけが、廊下に響く。
整いすぎた静寂。
まるで、“何かを隠している”ようだった。
やがて。
「ここだ」
ガイアスが足を止める。
一室の扉。
簡素な造りのはずなのに、妙な圧がある。
「ガイアスです。連れて参りました」
短く告げる。
――わずかな間。
「入りなさい」
静かな女の声。
柔らかく、それでいて逃げ場のない響き。
アウレリアは、ゆっくりと目を伏せた。
その正体は、もう分かっている。




