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十年の眠りの間に、私の弟子は最強になっていた  作者: あさび
第一章

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第ニ十六話 来訪

木漏れ日の前に、上品な馬車が静かに停まった。


車体には、アルフェン公爵家の紋章。


昨日の騒ぎは、表向きには落ち着いたことになっている。


けれど――


店の中には、まだわずかにあの時の気配が残っていた。


完全には晴れきらない、空気の重さ。


気づく者はほとんどいないだろう。


それでも、確かにそこにある。


アウレリアは一瞬だけ視線を落とし、何事もなかったかのように顔を上げた。


「ようこそいらっしゃいました。セレナ様、カイル様」


公爵夫人セレナ・アルフェン。


そして、その息子カイル・アルフェン。


元気に馬車から降りる姿に、自然と目を細める。


御者として来ていたフェリオは、アウレリアと目が合うと、公爵家の使用人らしい隙のない礼をした。


軽く笑みを向ける。


その瞬間――ほんのわずかに、フェリオの視線が止まった。


何かを測るような、わずかな間。


だがすぐに、何事もなかったかのように視線を外す。


「ごめんなさいね。私が来たいって言ってしまって」


セレナが、少し申し訳なさそうに言う。


「忙しくさせてしまったんじゃない?」


「お気になさらずに」


そう言って、アウレリアはドアに掛けてある『本日貸切』の札を示した。


「狭いところですが、どうぞ中へ」


店内へ案内すると、カイルがぱっと顔を輝かせた。


「わあ……なんだか魔法のお店みたいだね!」


「可愛らしいお店ね。良い香りがするわ。木の香りと……ハーブかしら」


セレナもゆっくりと店内を見渡す。


「ありがとうございます。どうぞお掛けください。すぐにお茶をお出ししますね」


準備をしながら、ふとセレナの様子に目を向ける。


(……少し、顔色が)


気のせいかもしれない。


けれど、どこか引っかかる。


「お待たせいたしました」


カップを差し出すと、セレナは一度それを見つめてから口をつけた。


「あら、これは……」


「お母様、美味しいね」


「ええ……本当に」


少し驚いたように、セレナが顔を上げる。


「少しお疲れのように見えましたので、飲みやすいようにレモンを入れてみました」


テーブルにはグレープフルーツのゼリーも並べてある。


「さっぱりしたものの方がよろしいかと思いまして」


カイルのカップには蜂蜜を入れてある。


チョコレートケーキはリオのお墨付きだ。


カイルは嬉しそうにそれを頬張っている。


セレナは一瞬目を丸くしたが、やがて柔らかく微笑んだ。


「……気遣いが細やかなのね。アメリアさん」


そして、少し身を寄せて小さく囁く。


「実はね……私、二人目ができたの」


やはり、と思う。


けれどそれを表には出さず、アウレリアは静かに頭を下げた。


「それは、おめでとうございます」


「ありがとう」


セレナはどこかほっとしたように息をついた。


「カイルの後、なかなか授からなかったのだけど……」


一度、言葉を切る。


「うちの者が、ここでお茶を買ってきてくれてね」


穏やかな声音で続けた。


「飲んでみたら、少しずつ体調が良くなっていったの」


カップを見つめながら、そっと微笑む。


「だから……一度、きちんとお礼が言いたくて」


「そうだったのですね」


「ええ。本当に助かっているの」


穏やかな声だった。


「ただ……まだ公にはしていないの」


「承知いたしました。口外はいたしません」


「ありがとう。カイルにも、もう少ししたら伝えるつもりなのよ」


店内を見て回っているカイルへと視線を向ける。


その表情は優しく、けれどどこか不安も滲んでいた。


「嬉しいのだけど……少し心配で」


セレナはそっとお腹に手を当てる。


「この子も、カイルも……公爵家の重責を背負うことになるでしょう?」


小さく息をついた。


「普通の子として生まれてきた方が、幸せなのかもしれないって……考えてしまうの」


一瞬の沈黙。


「……英雄なんて、ならなくていいわ」


ぽつりと落ちた言葉。


そして――


「アウレリアみたいに、ならなくていいのよ」


やわらかな声音だった。


責める響きはない。


ただ、母としての願い。


言ってから、はっとしたように目を瞬かせる。


「……ごめんなさい。今のは――」


少しだけ言葉を探すように間が空く。


けれど結局、言い換えはしなかった。


「母親の、わがままね」


「いいえ」


アウレリアはすぐに微笑んだ。


「お気になさらずに」


声音も、表情も、乱れはない。


「大切なお子様を想うお気持ち、当然のことだと思います」


丁寧で、穏やかな返答。


それ以上でも、それ以下でもない。


「ねえお母様!」


その時、カイルがぱっと顔を上げた。


「このケーキすごく美味しい!また来てもいい?」


無邪気な声に、空気が少しだけ和らぐ。


セレナは目を細めて微笑んだ。


「ええ、もちろんよ」


そのやり取りを見ながら、アウレリアは静かにカップを手に取る。


(……それでいい)


そう思う。


そう思うのに。


胸の奥に残る、言葉にならない感覚。


ゆっくりと視線を落とす。


――その答えを、まだ持っていない。

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