第ニ十五話 星のハーブティー
早朝。
店の空気を入れ替えるため、アウレリアは窓を開けた。
ひやりとした外気が、静かに流れ込んでくる。
――けれど。
どこか、重い。
わずかに淀んだ空気が、肌にまとわりつくように残っていた。
魔力の流れが、ほんの少しだけ歪んでいる。
目を凝らさなければ気づかないほどの違和感。
だが、それは確かにそこにあった。
胸の奥が、静かにざわめく。
気のせい――で済ませてはいけない。
その違和感は、すぐに形を持った。
「お姉ちゃん……なんか、だるいの」
お気に入りの焼き菓子を買いに来たミロが、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫?熱は……ないわね」
額に手を当てる。
熱はない。だが、どこか様子が違う。
ふと見渡せば、他の客たちも同じように顔色が優れない。
――やはり。
アウレリアはわずかに眉を寄せた。
今朝感じた違和感が、人に影響を及ぼしている。
自分には問題はない。
だが――子供や年寄りは、そうはいかない。
水瓶から汲んだ水を口に含む。
……やはり、違う。
舌に残る、ほんの僅かな異物感。
やかんを火にかけ、湯を沸かす。
子供でも飲めるように茶葉を選び、ポットへと落とした。
ふと、自分の手のひらへと視線を落とす。
――あの夜以来。
少しずつだが、力は戻ってきている。
この程度なら、問題はない。
「……清めよ」
小さく紡いだ言葉に応じるように、淡い光がポットへと溶けていく。
緑色だった茶は、ゆっくりと色を変え、やがて琥珀へと落ち着いた。
揺らめく液面が、かすかに光を帯びる。
アウレリアはそれを、客たちへと配った。
「どうぞ。体の調子が、少し楽になりますよ」
柔らかく微笑む。
恐る恐る口をつけた客たちの表情が、次第に緩んでいく。
「……本当だ。頭が軽い」
「さっきまでの重さが、嘘みたいだ」
安堵の声が、店内に広がっていく。
その空気に、ようやく息をついた。
「よろしければ、この茶葉をお持ちください。調子の悪い方にも飲ませてあげてくださいね。苦手な方には、蜂蜜を入れると飲みやすくなります」
あらかじめ、茶葉にも軽く手を加えてある。
これで、しばらくは持つだろう。
「ミロも飲んでみて。蜂蜜を入れてあげるわ」
「うん……ありがとう」
カップを両手で包み、ミロが一口飲む。
その顔が、ぱっと明るくなった。
「おいしい……。お星さまのハーブティーみたい」
「お星さま?」
「だって、キラキラしてる」
そう言われて、アウレリアはカップを覗き込む。
揺れる液面に、かすかな光が宿っていた。
「星のハーブティー、か……」
誰かが楽しげに笑う。
少しずつ、いつもの空気が戻ってくる。
――よかった。
そう思う。
けれど。
これで終わるはずがない。
アウレリアは、窓の外へと視線を向けた。
空はどこか重く、風はほとんど動いていない。
静かすぎる。
まるで――嵐の前のように。
胸の奥のざわめきは、まだ消えない。
何かが、確かに動き始めている。




