第ニ十四話 揺らぎ
ルクシオン王都の夜は、今日も賑わっていた。
通りには灯りが並び、人々の笑い声と酒の匂いが混ざり合っている。
「酒を飲むだけなら、僕の研究室でもよくない?」
「そんなこと言って、最後に外出したのいつだよ」
日が落ちてから珍しく外に出ていたルーカスに、フィリオは呆れたように言う。
「それにさ、こういう店じゃなくても、もっと静かな店あるし」
「お前の言う“静かな店”ってのは、値段が一桁違うところだろ。俺の給料いくらだと思ってる」
フィリオはエールを一気に煽ると、串に刺さった肉を差し出した。
「ほら、食ってみろよ」
ルーカスは一瞬ためらったが、意を決してかぶりつく。
そして、目を見開いた。
「……美味しい」
「だろ?」
フィリオは得意げに笑う。
「ただの串焼きに見えるのに……どうしてこんなに美味しいんだろう」
「素材がいいんだよ。余計なことしてないだけだ」
「なるほど……」
感心したように頷きながら、ルーカスは他の料理にも手を伸ばした。
「でも、リオも来られれば良かったのにね」
ふと、ルーカスが言う。
幼馴染の三人が揃うことは、もうほとんどない。
「あいつは仕事の虫だからな。ちゃんと休んでるのかも怪しい」
「まとまった休みは、この前が最後じゃないかな」
あの夜。
研究室で酒を飲んだ、久しぶりの時間。
「でもリオ……最近、あの店に通ってるらしいぞ」
フィリオが何気なく言う。
「……あの店って、木漏れ日?」
「ああ。行商のセリーナが言ってた。あの人、やたら詳しいからな」
「初耳だ」とルーカスは目を丸くした。
「フィリオは相変わらず耳が早いね」
「どう思う?」
焼き魚の身をほぐしながら、フィリオが視線を向ける。
「どう思うって……リオだからね。特別な理由がなければ考えにくいよね。任務……はなさそうだし」
少し考え込む。
「となると、あの店の何かを気に入ったか……」
一瞬、言葉が止まる。
「……アメリア・ルシア?」
フィリオが頷いた。
「俺は、あの店主目当てだと思う」
「待ってよ。フィリオ、酔ってる?」
「酔ってはいるが、頭は回ってる」
フィリオは空になったジョッキを掲げ、追加を頼む。
ルーカスは、ふとあの店主の姿を思い浮かべた。
アメリア・ルシア。
派手ではない。
だが、気づけば目で追ってしまうような、不思議な存在。
ここ数ヶ月で、アルフェン家に深く関わるようになった人物でもある。
甥のカイルの病を治し、
アウレリアの髪留めを修復し、
義姉セレナの信頼も得ている。
そして今――
リオまでもが、その店に通っている。
「……でも、それなら良い傾向かもしれないね」
ルーカスは静かに言った。
「リオにとって、あの人は特別だったから」
アウレリア・アルフェン。
師であり――それ以上の存在。
彼女は気づいていなかったかもしれない。
だが、二人はずっと近くで見てきた。
「……報われない片想い、なんだよな。あいつ」
フィリオがぽつりと呟く。
「……多分、一生」
その言葉は、酒場の喧騒の中に溶けていった。
「でも、変わってきてるんだろ?」
フィリオが続ける。
「なら、悪くない」
ルーカスは小さく頷いた。
「そうだね。姉上も……きっとそう思ってるよ」
夜は更けていく。
笑い声と、酒と、わずかな静寂の中で。
次の日。
ルーカスは、またしてもその名を耳にすることになる。
アメリア・ルシア――と。




