第ニ十三話 灯りの先に
木漏れ日は、今日も賑わっていた。
昼の営業を終え、アウレリアは食器を洗っていた。
店はすっかり軌道に乗り、今では常連客の顔も増えている。
穏やかな日々だ。
――あの頃の方が、夢だったかのように思えるほどに。
「ねえ、アメリアちゃん」
ふと、セリーナが口を開いた。
「最近、ヴァルノクス隊長が通ってるって本当?」
思いがけない話題に、手がわずかに止まる。
セリーナは今日も行商の途中に立ち寄り、品物を卸した後、そのままお茶を飲んでいた。
商人は情報通だと聞くが、ここまでとは思わなかった。
「え?……ええ、まあ。最近、お茶を飲みに来てくれるわ」
「本当かい?そりゃあ、詳しく聞きたいね」
焼き菓子を摘まんでいたエレナまで、身を乗り出す。
「もう、エレナおばあちゃんまで。そんなに好きなの?」
くすくすと笑うと、エレナは真剣な顔で言った。
「若かった頃なら、何としてでもお近づきになってたね。これでも昔は評判の美人だったんだよ」
「まあ、私もお近づきにはなりたいね。気に入ってもらえたら太い客になってくれそうだし。でも私じゃ役不足か」
セリーナは舌を出して笑う。
元弟子の人気が高いのは、悪い気はしない。
「何と言っても鉄壁のリオ・ヴァルノクスだからね。容姿も実力も地位も申し分ないのに、縁談は全部断る。浮いた噂も一つもない」
「ええ、だから?」
今度はエレナが口を挟む。
「鈍いねぇ、アメリアちゃんは。そんなお方が、街外れの店に通い出したら――何かあると思うだろう?」
――そういうことか。
思わず苦笑する。
こういう話は、いくつになっても好きなのだろう。
だが、アウレリアは昔からその手の話に疎かった。
着飾って、淑やかに笑う――
そういう女性が好まれるのだろう。
けれど。
そういう生き方は無縁だった。
「別に、二人と同じよ。この店を気に入ってくれて、来てくれているだけ」
「本当?何か隠してない?」
セリーナが疑うように目を細める。
「だって、そんな大層な方が、私みたいな街娘を気にかけるわけないでしょう?」
そう言って笑うと、二人は顔を見合わせた。
「そうかなあ。アメリアちゃん、魅力的だと思うけどね」
「ええ?お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないんだけどね」
セリーナは苦笑した。
――そう言われても、実感はない。
だが。
二人にはああ言ったものの。
リオは、近頃あまり間を置かずに木漏れ日を訪れている。
まるで、少しの時間も惜しむかのように。
カップを拭く手が、ほんの一瞬だけ止まる。
――そろそろ、来る頃だ。
日が暮れると、ついドアへと視線が向く。
店を閉めても、灯りを消さずにいることが増えた。
あの扉が開けば、胸の奥が落ち着かなくなる。
それでも。
また「先生」と呼んでほしいと、思ってしまう自分がいる。
もう、師でも弟子でもないのに。
あの日のような危険は、そう多くはないはずだ。
それでも、怪我をしていないかと気にかかる。
――矛盾している。
アウレリアは、そっと窓の外へ視線を向けた。
空は重く、今にも雨が降り出しそうだった。
ここ最近、晴れ間を見ていない気がする。
ほんの些細な違和感。
それだけのはずなのに――
胸の奥が、ざわついた。




