第ニ十話 閉店後のひととき
お昼のピークを過ぎた頃、顔を見せたのはエリアス・ヴァレンティスだった。
慣れた様子でカウンターに腰掛ける。
「いつものを頼む」
「いらっしゃいませ。ではサンドイッチとスープでよろしいですか?」
「ああ。一つは夕食用に包んでくれ」
「かしこまりました。持ち帰りの中身は別なものにしておきますね」
すると続いて、まるで示し合わせたかのようにやってきたのはアレンだった。
「こんにちは……って教授も居たんですか?」
「こんにちは、アレンさんの席は……教授の隣かしら?」
「あ、えーと」
どうやら待ち合わせではなかったらしい。
「座れ。奢ってやる」
「そうすか? じゃあ遠慮なく」
アレンは表情を明るくすると、隣へと腰を下ろした。
「それにしても、本当に偶然ってあるのね」
アウレリアは並んで座った二人の顔を交互に見る。
「まさかアレンさんが前に話してくれた大学の教授と知り合いになるなんて思わなかったわ」
ルクシオン王立学園の幻獣学教授。
彼は王都でも指折りの学者だった。
「アメリアちゃんと教授が顔見知りだなんて、俺も驚いたよ」
「たまたま……ね」
エリアスは例の騒動の後、どうやって突き止めたのか木漏れ日に足を運ぶようになった。
理由は、十中八九星護の森の出来事絡みだろう。
アウレリアは手早く用意した、野菜と鶏肉を挟んだサンドイッチとスープを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう……って肉だ! 教授、いつもこんな豪華なサンドイッチを食べてたんですか」
「教授のリクエストで特別メニューなのよ」
「卒業した後、私の助手になれば毎日食べさせてやるぞ」
「えーっと、その話は少し考えさせて下さい」
「あら、すごいじゃない。良い話じゃないの」
「君もそう思うだろう」
「だけどさ、考えてみたよアメリアちゃん。この教授の助手だよ? 絶対こき使われるじゃん」
「それはそうかもね……」
「なあ、そう思うだろう」
「……」
軽口を交わす二人を見ながら、アウレリアは小さく笑った。
やがてエリアスとアレンが帰ると、店内には静けさが戻る。
実はもう一人、彼の他に常連になった人物がいる。
店は昼間だけの営業だ。
六時には店を閉める。
片付けを終えた頃――
今日も、足音がした。
ドアの前で立ち止まる気配。
少し躊躇するように、一拍間を置いてベルが鳴る。
「……まだ、良いだろうか」
近頃、閉店後に訪れる彼は、毎回少し控えめな声色でそう問う。
「勿論です」
アウレリアは、アメリアの仮面を被ったまま笑顔を向けた。
その顔を見たリオは、わずかに戸惑うように目を伏せる。
しかし、何も言わない。
「今日は何にしますか?」
「ハーブティーを」
「かしこまりました」
お湯を沸かし、茶葉を用意する。
その間、いつも静寂が流れる。
他の誰かとなら気まずいかもしれない。
けれど、リオとは違う。
この静けさが、心地よかった。
リオの疲れが取れますように。
怪我をしませんように。
幸せに過ごせますように。
アウレリアは毎回、このお茶に願いを込める。
それは魔法とも呼べない、ただのおまじないのような気休めかもしれない。
それでも、願わずにはいられない。
「どうぞ」
「……これは、頼んでいないが」
テーブルの上に置かれたハーブティーとチョコレートケーキ。
アウレリアは微笑む。
「今度お店で出そうと思ってる試作品なんです。甘いものが嫌いじゃなければどうぞ。疲れが取れますよ」
それは嘘だった。
リオに食べてもらいたいと思い、用意していた。
すると彼もまた、優しく微笑んだ。
大人になっても、その笑顔は変わらない。
「……うまいな。このまま店に出してもいいと思う」
「本当ですか? それは良かったです。他にも色々試作中なんです。また、味見して下さいますか?」
「それは是非」
静かな時間が、ゆっくりと流れていた。




