異質②
『加護』——。
異世界転生ものの王道なら、私は特別な加護を授かっていて——。
「こ、これは伝承に記されし英雄の加護……! そうとも知らず失礼を……!」
なんて展開になって、王様に「よく来た勇者よ!」なんて迎えられて——。
捕虜から一転VIP待遇、王宮暮らし……なんてことになるはずだ。
現実はそう甘くないだろうけど、つい期待してしまう自分がいる。
誰も口を開くことなく、時間だけが過ぎていった。
ほどなくして扉が勢いよく開かれ、静まり返っていた空気が一瞬で吹き飛んだ。
「おう! 戻ったぞー!」
豪快な声とともに戻ってきたのはラギ。
その背後には、二人の男が並んでいた。
一人は四十代半ばほど。
柔らかく揺れる金色の髪は、まるでライオンのたてがみを思わせる。
体格はさほど大きくないが、その眼光だけで場を支配した。
それでいて不思議な温かさがある。
この人を支えたい、隣で戦いたい——そう思わせる力があった。
もう一人は対照的だった。
身長二メートル近くありそうな男。
短く切り揃えられたグレーの髪に、ピンと伸びた背筋。
表情にはほとんど揺らぎがなく、常に状況を見極めているような冷静さがあった。
その男は、手に何やら抱えている。
あれが加護の鏡だろうか。
正八角形の鉄製の枠は冷たく重そうで、中央にある乳白色の玉は鈍く光っている。
八つの角にはそれぞれ赤、青、緑など色とりどりの玉が嵌まっており、どこか神秘的な輝きを宿していた。
「エレンも一緒か」
ロイスの声にわずかな棘が混じる。
「一緒だと何か問題でも?」
エレンと呼ばれた男が加護の鏡を机の上に置く。
「……チッ」
「ふん……」
エレンはそれ以上何も言わず、扉横の壁際へと下がっていった。
「ターナーさん、来てもらってすみませんね」
「構わないよ。ラギッドから大まかな話は聞いている」
「なら話は早いですね。こいつがそうなんですが……」
「ふむ。まずは状況を整理しようか」
ロイスが事の成り行きを説明する。
ひととおり聞き終えると、ターナーは短く息を吐いた。
「つまり、身元不明の少女が、マナを使わずにグラシエル兵を制圧した、と」
数秒の間、ターナーの指先が軽く机を叩く。
「ロイス、お前はこの娘を戦力にしたいと考えているんだな?」
ロイスは迷いなく頷く。
「さすがターナーさん。お見通しだ。あれは才能というより——」
一度言葉を切る。
「——戦闘の構造そのものが違う」
「なるほどな……」
ターナーは顎に手を当てたまま動かなかった。
沈黙と一緒に、場の空気が重くなる。
「——常識外だな」
エレンが低く呟いた。
振り向くとエレンの射るような視線がぶつかり、反射的に身構える。
机上に置かれた加護の鏡。
ターナーはそれを前に静かに口を開いた。
「アカネ、といったね。フォティア王国騎士団長のターナーだ。まずは突然の拘束と尋問、すまなかった。我が国は隣国グラシエルと十年近く交戦状態にある。軍として、身元不明の者を放っておくわけにはいかなくてな。加護の確認に協力してほしい」
やはりただ者じゃない。雰囲気や言葉の端々から、その権威が伝わってくる。
「はい、もちろんです! それで何かわかるのであれば……」
「ありがとう。これは『加護の鏡』。対象に宿る加護を可視化する道具だ」
転生者の特権——特別な加護が本当にあるのかも、という期待が膨らむ。
だが一方で、敵国であるグラシエルの加護が顕現してしまったら……。
大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。
張り詰めた空気を破るように、ラギが手を叩いた。
「よし! まず俺がやってやるよ! なぁに、怖いもんじゃねえって証明してやる!」
「ちょっとラギさん! オレもやりたいッス! 実はこれやったことないんスよー」
ライノがラギの返事を聞くより先に、加護の鏡の前に進み出た。
「これ、どうやって使うんスか?」
「中央の玉に手を置けばよい」
ターナーがやれやれといった様子で答えた。
「了解ッス!」
言われたとおりライノが加護の鏡の中央に手を置くと、中央の乳白色の玉が淡く光り始めた。
そして、八つの角のうちの二つ、赤と緑の玉が同時に輝き出した。
特に赤い光は強烈で、燃え立つ炎のように壁や天井を赤く染め上げた。
緑色の光はその周りを静かに揺らめき、二つの輝きは幻想的な紋様を描きながら消えていった。
その美しさに、私は思わず息を呑んだ。
すごい……!
こんなファンタジーな光景、プロレスの入場演出でも見たことない!
「おぉー、すっげー! めっちゃキレイッスね! 今のがオレの加護かぁ……!」
「おいおいライノ、やるじゃねえか! やっぱ赤はいいよなぁ、赤は! 燃えてくるぜ!」
ライノは目を輝かせ、ラギは豪快に声を上げている。
一方でロイスは眉をひそめた。
「ったく、いちいち騒ぐな」
「だってあんなド派手に光るなんて思ってなかったッスよ! オレってやっぱり情熱の男ッスね!」
「情熱で脳みそまで燃えてんだろ」
「ちょっ、ロイスさん、ひどいッスー!」
ロイスの軽口に、ライノがおおげさに反応した。
とりあえず、やり方はわかった。
マナ無しで敵を倒した私。
だから私にもきっとあるはず。
何か特別な加護が……!
隠された力、英雄の加護、そういうチートが……!
「ではアカネ。手をここに」
いよいよ自分の番だ。
鼓動が高鳴る。
いつの間にか不安より、高揚感が勝っていた。
「は、はい!」
拘束されたままの両手を加護の鏡の中央に置いた。
先ほどライノがやってみせたのと同じように、中央の玉が淡く光り始める。
来る……!
きっと、凄いのが……!
全部の玉が一斉に輝くとか、鏡が割れるとか……そういう展開……!
——しかし。
玉はひとつも光らなかった。
部屋が静まり返る。
「あ、あれ……おかしいな? も、もう一回!」
首をひねり、慌ててもう一度、鏡に手を置く。
だがやはり、何も反応がない。
「もしかして電池切れちゃったとか? すみません、ちょっと見てもらえますか!」
口にした直後、自分でも何を言っているんだろうと思った。
恐る恐る周りを見る。
みな一様に、目を丸くしてこちらを見ていた。
「加護が……無い……」
しばしの沈黙の後、ターナーが信じられないといった様子で口を開いた。
「え……? それって、つまり……?」
その問いに誰も答えることはなかった。
誰も笑っていない。
誰も冗談として流してくれない。
その様子を見て、嫌な予感が頭をよぎる。
私には特別な加護どころか、何も無い……ってこと?
いやいや、そんなわけない。
だって私は、マナ無しで敵を倒した。
何かあるはずだ。
何か、普通じゃない力が——。
……でも、この反応は違う。
この世界では、加護が無いということ自体が、ありえないことなのだ。
リングに上がることすら許されない——。
そんな宣告を受けたようだった。




