異質①
——どれほど走っただろう。
道はしだいに整い、馬の揺れも緩やかになっていた。
荒れた山道の気配は薄れ、代わりに人の手が入った痕跡が増えていく。
砂利道には、轍が何本も刻まれているのが見える。
視界の先には、赤茶けた岩肌をむき出しにした山々が連なっていた。
あちこちから薄く煙が立ちのぼり、その連なりが巨大な火山帯であることを物語っている。
やがて、ふもとに広がる街並みが見え始めた。
建物が密集し、煙突からは白い煙がいくつも上がっている。
ひときわ高くそびえる山の中腹には、岩肌に溶け込むように築かれた巨大な建造物が見える。
それが城だと理解するのに、少し時間がかかった。
建物というより、山の一部を削り出して作ったような存在感だった。
そのさらに向こう。
火山のすぐ裏に、氷雪の世界が広がっている。
赤茶色の火山と、白色の氷山が隣り合っている。
常識ではあり得ない光景が、ここが異世界なのだと改めて突きつけてきた。
街に入ると道は石畳になり、人々の生活感のある空気が伝わってきた。
ロイスの先導で街の外れを進む。
城壁は近づくにつれ、その高さと厚みを増していく。
ひとけの少ない外周路を抜け、城門前で馬を止めた。
見上げた先には、圧倒されるほど巨大な城門がそびえていた。
高さ十メートルはありそうな重厚な門扉。
無数の鉄鋲が打ち込まれ、何者の侵入も許さないような威圧感を放っている。
衛兵は私たちを見ると、拳を握った右腕を胸元に掲げた。
それに応えるようにロイスが軽く手を挙げると、門扉が静かに開いた。
遠くからは活気のある声や武器を打ち合うような音が響いてくる。
姿は見えないが、ひとりひとりが真剣に、強くなるために鍛錬に励んでいる。
そんな気配がした。
厩舎まで進むと、毛並みの良い馬たちが並んでいるのが見えた。
先に下りたカノンの手を借りて、私も馬から下りる。
ロイスたちは馬と脱いだ外套を厩務兵に預けた。
外套を脱いだ四人は、鍛え上げられた体に革鎧をまとっていた。
ロイスの革鎧は無駄な装飾がなく、厚い胸板や逞しい腕を際立たせていた。
カノンは……薄々気付いていたけれど、やっぱりスタイルがいい。
紫と白を基調とした革鎧が、その均整の取れた体つきを一層引き立てていた。
カノンが女子プロレスラーだったら、間違いなくスター選手になるだろう。
ライノはイメージどおりの派手な装飾の革鎧、ラギは黒を基調とした重厚な革鎧をまとっていた。
対照的な装いなのに、不思議と統一感があった。
四人が並ぶ姿は、どこかプロレスのユニットを思わせた。
彼らは私を連れて、厩舎脇の小さな木造小屋へ向かった。
中には机と椅子があるだけで、飾り気は何もない。
小さな窓から差し込む光も弱く、室内は薄暗かった。
「アカネ、そこの椅子に座れ」
「はい」
ロイスの低い声に従い、椅子に腰を下ろす。
両腕はまだ拘束されたままだ。
正面にはロイス、左にカノン。
ライノとラギは後方、扉付近の壁に寄りかかり、私を見守るように立っている。
四人の視線が一斉に集まり、緊張で手に力が入る。
「拘束が解けなくて悪いな。早速だが、色々聞かせてもらいたい」
ロイスは一拍置いてから、静かに切り込んだ。
「お前は……どこの国のモンだ?」
いきなり核心を突かれ、思わず息をのむ。
「日本という国から来たんですけど……ご存知ありませんか?」
平静を装っているつもりでも、声がわずかに震えた。
「ニホン……? お前ら、聞いたことあるか?」
三人は無言で首を振った。
やっぱり、この世界には日本は存在しない。
もしかしたら——。
そんな淡い期待は一瞬で消え去った。
「それで、あそこで何をしていたんだ? 襲ってきた三人に心当たりは?」
何をしていたか。
そんなのこっちが聞きたいくらいだ。
「本当にわからないんです。目を開けたらあそこにいて……そしたら、仮面をつけた三人組に襲われて、それで必死に——」
「ああ。そこから先は見ていた。見事なスキルだったな」
スキル?
私が使った技のことだろうか。
「アカネちゃん、よくそんな状況で戦えたッスよね! 普通は腰抜かしちゃうッスよ!」
ライノが笑いながら口を挟む。
「そ、そんな……。余裕なかったっていうか、咄嗟に体が動いちゃっただけで……」
「咄嗟に動けちゃうのがすごいッス! あれは普段から鍛えてる動きッスよ!」
ロイスは何かを確認するように私をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「アカネ。お前……マナ無いよな?」
「マナ……?」
「ああ。マナ無しであのスキルの威力は信じられなくてな。雑魚兵とはいえ、それなりに鍛えられたやつらだ。それを一撃で吹き飛ばした」
その鋭い眼差しが私の顔を真っ直ぐ見据える。
「お前は何者だ」
ロイスの声が一段低くなり、場の空気が張り詰めた。
それは私を責めるものではなく、真実を明らかにする強い意志の表れだった。
異世界から転移してきました——なんて言っても信じてもらえるだろうか。
いや、それはまだ言うべきではないだろう。
言える範囲で、事実だけを話していく。
「さっき言った日本という国で、プロレスラーをしていました。リングで戦うことが、私の仕事です」
「プロレスラー……?」
ロイスは腕を組んだまま目を閉じた。
数秒の沈黙が流れる。
「最後に聞く。アカネ、お前はこれからどうしたい?」
ゆっくりと目を開いたロイスは静かに問いかけた。
これからどうするか——。
かの有名なプロレスラーの言葉が、不意に頭をよぎる。
『この道を行けばどうなるものか。
危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。
踏み出せばその一足がみちとなり、その一足が道となる。
迷わず行けよ、行けばわかるさ』
——そうだ。
考えて止まるくらいなら、もう一歩踏み出すしかない。
この世界で生きていくしかないのなら。
初対面の私を信じようとしてくれているこの人たちと一緒がいい。
「私は——今なんでここにいるのかわからないし、これからどうしたいかなんてもっとわからない。けど、そんな私を信じようとしてくれている皆さんを、私も信じたい。だから……もしできるなら! 私は、この世界でプロレスがしたいです!」
素直な気持ちだった。
この世界にプロレスがあるかどうかはわからない。
けど、ないなら作る!
私はプロレスバカだから!
「がっはっは! そうこなくっちゃな。いいハート持ってんじゃねえか、アカネ! 俺はお前を信じるぜ!」
ラギが豪快な笑い声をあげた。
「オレもなんかグッときたッス! プロレス? はわかんないッスけど、オレたちがアカネちゃんの力になるッスよ! ねえ、ロイスさん!」
「勝手に話を進めるな。カノンはどう思う?」
ロイスは呆れた調子でラギとライノを軽くあしらい、カノンを見た。
カノンは一拍置き、慎重に言葉を選んだ。
「……不審な点が多いのは事実です。ただ、少なくとも敵意は感じません。現状ではグラシエル兵の可能性は低いでしょう」
カノンは淡々と続ける。
「まずは加護の確認が妥当かと思います」
「そうだな。アカネ、加護を見せてもらうが問題ないな?」
『加護』。
『マナ』に引き続き出てきた、また別の聞き慣れない言葉。
「あ、あのー……加護って、えっと……なんですか?」
「……加護もわからないのか」
ロイスはそれ以上言及せず、眉根を寄せただけだった。
「加護は、出生地や育った土地によって授かるものです」
カノンが表情を変えずに補足した。
「オレはシエラ生まれなんスけど、小っちゃいころにフォティアに移り住んできたんスよ! なんで、シエラ様の加護が三割、フォティア様の加護が七割、って感じッスかね!」
ライノが相変わらず軽い口調で補足する。
つまり国籍みたいなものだろうか。
そう考えた途端、心中穏やかでなくなる。
当然、私はこの世界で生まれたわけでも、過ごしたわけでもない。
日本の加護なんてものが、果たして存在するのだろうか。
「ラギ、『加護の鏡』を頼む。ターナーさんも呼んでくれ」
「おう、任せとけ!」
ラギが大股で扉へ向かいながら、私を横目で見てにやりと笑った。
「アカネ! なんか隠してるなら今のうちだぞ!」
「べ、別に何もないです!」
「なら安心だな、がっはっは!」
この世界の外から来た私。
加護の鏡には一体何が映るのだろう。
不安が静かに膨らんでいく。
そんな私とは対照的に、ラギは豪快に扉を開け放ち、そのまま外へ出て行った。




