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邂逅③

 体が重い。


 じわじわと力が抜けていくような、奇妙な倦怠感が全身にまとわりついていた。

 毎日ハードなトレーニングを積んできた私でも、ここまで疲労を覚えることは滅多にない。

 だけど、それ以上に重かったのは心だ。


 馬の傍らでは、ライノとラギが言葉を交わしていた。

 だが私の耳には、会話の断片がぼんやりと届くだけ。

 まるで水の底に沈んだみたいに、声の輪郭がぼやけていた。


 やがて、森の奥から足音が近づいてきた。枝葉をかき分け、ロイスが姿を現した。


「待たせたな」


 片手を上げるロイス。

 それにラギが真っ先に反応した。


「おう、ロイス! やつらはどうだった?!」

「一掃してきた。問題ねえ。そっちは?」


 一瞬だけロイスと視線がぶつかる。

 それだけで、射抜かれるような圧を感じた。


「おう、異常なしだ! カノンから色々聞いたぞ!」

「そうか。——さて」


 ロイスは軽く息を吐くと、今度はしっかりと私に向き直った。


「拘束して悪かったな。っておい、ずいぶんと顔色が悪いな。大丈夫か?」

「すみません……ちょっと混乱しちゃって……」


 自分でも驚くくらい、声に力が入らなかった。

 その事実が、余計に不安を増幅させた。


「別に取って食うつもりはねえよ。まあ、ちょっとな。俺はロイスだ。お前は?」

「……アカネといいます」

「アカネ、か。色々聞きたいことはあるが……ひとまずここを離れたい。悪いが一緒に来てくれるか」


 断る理由はなかった。

 仮面の男たちから助けてくれたり、傷を治してくれたり——。


 この人たちは、短い時間の中でも信じてもいいと思えた。

 それに今の私には、頼れる相手が他にいない。


「わかりました。よろしくお願いします」


 私は自然と返事をした。


「よし。じゃあ行くか。カノン、アカネをそっちの馬に乗せてやってくれ」

「わかりました」


 拘束されたまま、カノンに支えられるようにして馬へと跨る。

 鞍は思った以上に安定していて、揺れへの不安はほとんどなかった。

 そっと馬に触れるとほんのり温かさが伝わり、少し気持ちがほぐれた。


 先頭のロイスが振り返り、全員が馬に乗ったのを確認する。


「アカネ、具合が悪くなったらすぐ言えよ。慣れてないと酔うしな」

「はい」

「ロイスさん、なんだかやけに優しいッスねー。あーやしー」

「なーに言ってんだ、ライノ! ロイスが女に興味ねえの知ってるだろ、がっはっは!」

「そりゃそッスね!」

「ライノ、お前こそいつ彼女できんだよ!」

「オレはこう見えて一途なんスよ! 誰でもいいわけじゃないッスから!」


 ライノとラギの軽口を聞いて、つい笑みがこぼれた。

 それに気付いたのか、背後のカノンもふっと息を漏らすように笑った気配がした。


「うるせえ。行くぞ!」


 ロイスの合図で馬が一斉に動き出した。

 最初はゆっくりと、それから徐々に速度を上げていく。

 風が頬を撫で、景色が流れ始めた。


 空を仰ぐ。

 さっきまで、私はリングに立つはずだった。


 メイクをし、テーピングを巻き、コスチュームをまとい。

 大歓声の中、入場曲とともに天楽園の花道を歩き。

 夢にまで見たタイトルマッチへ挑むはずだった。


 だが、今は異世界にいる。

 ゴングも実況もなく、聞こえるのは風と蹄の音だけ。

 タイトルマッチへの思い入れが強かった分、喪失感も大きい。


 今日は、私にとって最高の一日になる。

 ……はずだった。


 気を抜けば涙がこぼれそうになるが、ぎりぎりのところでまぶたの奥に熱を閉じ込めた。


 けれど、希望がないわけではない。


 私には鍛えてきたこの身体と強いハートがある。

 この世界でも、できることはきっといっぱいあるはずだ。


 そう考えると気持ちが前を向き始めた。

 そして、そこでひとつの疑問が浮かんだ。


「この世界にプロレスあるかな……」


 空を見上げながらそう呟いてから、自分でも笑ってしまった。


 ——どこまで行っても私はプロレスバカだった。


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