邂逅②
ロイスの背中が森の奥へ消え、気づけば私と、赤茶色の外套をまとった二人だけが残されていた。
「さて、と! いきなりでびっくりしたッスよね! オレはライノで、この子はカノン! リベラブレイズのメンバーッスよ!」
「リベラブレイズ……?」
確か、さっき仮面の男たちも口にしていた。
どういう組織なのか見当もつかないが、少なくとも私を助けてくれた側——敵ではないと信じたい。
……とはいえ、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ここがどこで、何が起きているのか。
うまく言葉にできないまま、考えだけが空回りしていく。
さっきの氷柱。
人が魔法みたいに技を出して、それなのに誰もそれを不思議がっていない。
最初からそういうものとして扱われている。
私の知っている現実のどこにも、あんなものは存在しないはずなのに。
否定しようとしても、否定の根拠が見つからない。
見たものが、見たままの形で残ってしまっている。
——なら、これは。
現実のどこかではあるけれど、私の知っている現実ではない。
もしかして、私は——
「それで君は? あそこで何してたんッスか?」
思考を断ち切るように声をかけられ、心臓がびくっと跳ねた。
「あっ……アカネっていいます! 助けてくれてありがとうございます。その……私も本当に何がどうなってるのか全然わからなくて——!」
「アカネちゃん! かわいい名前ッスね~! てか、さっきのスキルやばくないッスか? あんなの見たことないッス!」
「ライノさん、とりあえず拘束をしましょう」
「あ、そうッスね」
カノンの一言で、ライノのテンションがぴたりと止まった。
カノンが一歩近づき、私の両手をそっと取る。
「アカネさん、いきなりで申し訳ありませんが、拘束させていただきます」
「えっ、こ、拘束……?」
「——『光縛鎖』」
目の前に魔法陣が浮かび上がり、淡い光が瞬いた。
空気がねじれるように手首へと何かがまとわりつき、妙な感覚が走る。
気づけば、半透明の細長い鎖がきつく巻き付いていた。
「えっ!? ……なにこれ! 重っ……!」
見た目の軽さとは裏腹に、鎖は信じられないほど重く、肩がぐっと引き下ろされる。
鎖の先はカノンの右手へと伸びているが、カノンは引っ張ることなく優しく口を開いた。
「危害は加えません。あくまで保護のためですので、ご安心ください」
「これは……魔法……ですか!? 保護って、私どうなるんですか?」
「そうですね、魔法……スペルですね。ひとまず仲間の元へ向かうので、付いてきてください」
「あの、もう一人女の子を見ませんでしたか!? ハルナっていう……!」
「いえ、見ていません。アカネさんだけです」
手がかりは、何ひとつ増えなかった。
ここがどこなのかもわからないまま、不安ばかりが募っていく。
でも、ここで考え込んでもどうにもならない。
結局、言われるままについていくしかない。
カノンとライノに挟まれながら、私は森の奥へ進む。
やがて、木々の切れ間から開けた場所に出た。
数頭の馬が繋がれており、横にはライノたちと同じ外套をまとった男が立っている。
ロイスと並んでも遜色のない、威圧感のある体格だ。
骨格のしっかりした強面の男。
顎にたくわえた濃い髭とぎらりと光る目からは、野性味があふれている。
その男がこちらに気付き、大げさに手を振った。
「よう、遅かったじゃねえか!」
「ラギさーん! お待たせッス! ちょっと色々あって!」
「どういうことだ? そいつは誰だ?」
森での交戦、私を保護した経緯、逃げたグラシエル兵をロイスが追ったこと——。
ライノに代わり、カノンが簡潔に事情を説明した。
「そういうことッス!」
何も説明していないライノが最後だけ得意げに締める。
「なるほどな! アカネか、大変だったな!」
ラギは話の六割くらいしか聞いていないような顔で頷き、事もなげに私に声をかけた。
私はというと、状況が整理されたところで理解できるはずもなかったが、ラギの快活さに気持ちが少しほぐれた。
そのとき、遠くで爆発音が轟いた。白い煙が木々の向こうに立ち上る。
「おっ、終わったか。相変わらず派手な爆発だなァ!」
三人は驚くわけでもなく、当然のように反応した。
「あの、今の爆発は……?」
「ロイスさんのスペルです。じきにここに来るでしょう」
スペル——。
敵の氷柱も、この手の鎖も、今の爆発も、その一言で全部説明がつく。
そう言われてしまうと、もう否定できなかった。
その現実を受け入れられず戸惑っている私の腕を、ラギが覗き込んだ。
「おいおいおい! アンタの腕、傷ンなってんじゃねえか!」
言われて右腕に目を落とすと、細い切り傷から血が滲んでいた。
敵から逃げている途中で、枝にでも引っかけただろうか。
アドレナリンが出ていて全然気が付かなかった。
「あっ……本当ですね。でも、これくらいなら大丈夫です。痛みもありませんし」
「いやいや、こういうのはよ、とっとと治しちまおうぜ! なあ、カノン!」
「そうですね。アカネさん、失礼します」
カノンが私の傷に手をかざすと、手を拘束したときのような魔法陣が浮かび上がった。
先ほどのこともあり、思わず身構える。
「『治癒霧』」
柔らかな光が広がり、温かい霧のようなものが肌を撫でる。
傷口がみるみる塞がっていく。
光が消えた頃には、傷は跡形もなく消えていた。
「えっ……ウソ……」
考えないようにしていたことが、輪郭を帯びていく。
傷が消えるなんて、ありえない。
なのに、私は今、それをこの目で見た。
もう否定できない。
今起きたことは紛れもない現実で、私の知っている世界とはまったく別の世界。
つまり、ここは——異世界。
私は天楽園に向かう途中で事故に遭い、この世界へ転移したのだ。




