未練④
「ごちそうさまでした!」
たくさん食べて、たくさん話して、お腹だけでなく心も満たされた。
今日初めて顔を合わせたばかりなのに、どこか懐かしく感じる食卓だった。
「それじゃあエルダ、チエリ。食器を片付けてお風呂へ行こうか」
「「はーい!」」
みんなでテーブルを片付け、ブルーノはエルダとチエリを連れて二階へ上がっていった。
——お風呂。
この世界にもちゃんとあるんだ。
湯船に浸かれるのか、それともシャワーだけなのか。
どんなお風呂なのだろうと考えていると、カノンに声をかけられた。
「アカネさん、明日からの流れを確認しましょう」
「あ、はいっ!」
再び食卓に戻り、カノンの向かいに腰を下ろす。
さっきまでのカノンの柔らかな表情が、わずかに引き締まった。
それを見て、私も自然と背筋を伸ばす。
「まず、朝と夜はこの家で過ごしていただきます。朝食を済ませたら城内へ移動し、訓練室でマナを扱うための訓練を行います。明日は、エレンさんが所属する『ジ・オーダー』のユニットベースへ行きましょう。訓練室の管理も担っているので、そこで使用許可を申請します」
カノンが淡々と説明した。
「わかりました! 訓練室って、今日使ったようなリングのある部屋ですか?」
「すべての訓練室にリングがあるわけではありませんが……リングのある部屋がいいでしょうか?」
プロレスラーとして、リングがあると気持ちが高まる。
それに、普段のトレーニングに近い環境であれば、より集中もできるだろう。
あるかないかで言えば、あった方が嬉しい。
「はい、できたらお願いします」
「では、そのように申請します。アカネさんの指導は私が担当します。まずは、マナの発動を目指しましょう」
マナの発動——。
一体どんなトレーニングになるのだろうか。
本当にマナを扱えるのか、不安もある。
けど、もしロイスのように手から火を出せたら。
マギレンジャーのように風の刃を飛ばしたり、空を飛んだりできたら。
そんなことが、自分にもできるのなら……!
想像するだけでワクワクする。
「アカネさんは普段から訓練をしていると言っていましたね。どのような訓練をしているのですか?」
「そうですね……ランニングから始めて、ストレッチ、筋トレ、受け身や技の練習。それから実戦形式の練習もよくやっていました」
「なるほど。でしたら、その訓練も取り入れながら進めていきましょう」
「はい、頑張ります。カノンさん、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。他に何か、気になることはありますか?」
気になること……。
お腹はいっぱいになったばかりだけど、真っ先に浮かんだのは——
「あの、昼食は……?」
「ふふっ、昼食はこちらで用意するので大丈夫ですよ、アカネさん」
カノンがそう答えたところへ、お茶を載せたトレーを手にクララがやってきた。
「ちょっとカノン! 『アカネちゃん』でいいじゃない! さっきから聞いてたけど、さん付けで呼んでるの、カノンだけよ」
クララは私たちの前にマグカップを置きながら、やれやれと眉を下げる。
「えっ、でも……」
「先輩のあなたがそんなに堅苦しいと、アカネちゃんも肩の力が抜けないじゃない」
カノンは言葉に詰まり、目の前に置かれたマグカップを手に取り、指先で縁をなぞった。
助けてもらった私が言うのも変だけど、確かにもっと気楽に接してくれていいのに。
「カノンさん、気楽に呼んでください! 私のほうが年下だろうし……」
「アカネちゃん若いわよねえ。いくつなの?」
「先月、二十二歳になったところです!」
「「……えっ!?」」
クララとカノンがそろって目を見開いた。
「あらやだ、アカネちゃん! カノンはね、二十一よ!」
「え! カノンさん、しっかりしてるし大人っぽいので、私、てっきり年上だと……」
「ごめんなさい! 私もアカネさんのこと年下だとばかり……」
カノンは申し訳なさそうにこちらの様子をうかがっている。
年下に見られるのはいつものことだし、むしろ慣れっこだ。
私は慌てて両手を振り、笑ってみせる。
「そんな、気にしないでください。童顔なのでよくあることです! 呼びやすいように呼んでください!」
「そしたらお互いに呼び捨て、敬語もなしでいいんじゃない? せっかく同じ家にいるんだもの!」
クララが楽しそうに両手を胸の前で合わせた。
「う……でも……」
「ほら、カノン。試しに呼んでみなさいよ」
「ア、ア……アカ……」
カノンがロボットみたいになってしまった。
唇が何度か動くけれど、名前までは出てこない。
なんてかわいい人なんだろう。
「あっはっは! ごめんねえアカネちゃん。この子、こういうのに慣れてないから。よかったらアカネちゃんから呼んであげてよ」
「あ、はい! えっと……カノン?」
「あ、うん……アカネ……」
マグカップに視線を落としたまま、私の名前を呟いたカノンの耳は赤くなっていた。
「……カノン。明日からもよろしく、ね」
もう一度名前を呼ぶと、カノンはゆっくりと顔を上げた。
ようやく、まっすぐ目が合う。
「こちらこそ……。よろしく、ね。アカネ」
カノンは恥ずかしそうに視線を外した。
けれど、きゅっと結んだ唇の端が、ほんの少しだけ持ち上がっている。
「お風呂あいたぞー!」
そのとき、エルダが階段を下りてきた。
少し遅れて、眠そうなチエリと手をつないだブルーノも姿を見せる。
「先に入ったよ。二人も入ってしまいなさい」
「うん、わかった。ありがとう、パパ」
カノンはまだ赤みの残る顔を伏せて答えた。
「……ねえちゃん、なんか顔赤くない?」
エルダが不思議そうに顔を覗き込む。
「ほらほら! エルダとチエリはもう寝なさい」
笑いをこらえるクララに背中を押され、エルダは渋々と階段へ向かう。
「はーい。ねえちゃん、おやすみー! アカネもまた明日な!」
「ふあーぁ……おやすみなさーぃ……」
「カノンとアカネもまた明日。おやすみ」
私たちはブルーノにおやすみの挨拶を返し、大きなあくびをするチエリとまだ眠気のなさそうなエルダに手を振って見送った。
「じゃあ……私たちも行こうか」
「うん……!」
若干の照れくささを残したまま、私とカノンは肩を並べて風呂へ向かった。




