未練②
西日を受けながら城内を進み、やがて大きな城門へとたどり着く。
門の脇で見張りをしていた衛兵がカノンに気づき、右腕を胸の前でまっすぐ立てた。
確か、最初に城門を通ったときも同じポーズをしていた。
この国の敬礼のようなものだろうか。
カノンが同じポーズで返すと、衛兵はすぐ横の壁に埋め込まれたプレートに手をかざした。
表面に刻まれた模様をなぞるように光が走り、重厚な門扉がひとりでに開いていく。
今のもスペルなのだろうか。
いったいどういう仕組みなのかと、プレートや門扉を交互に見ながら、カノンとともに城門をくぐる。
城外に立つ二人の衛兵も、カノンの姿を見るなり右腕を立てた。
カノンは足を止め、再び同じポーズを返す。
私も真似しようか迷っているうちに、カノンが歩き始めてしまった。
「カノンさん、今のポーズはなんですか?」
「フォティア式の敬礼です」
自分もやるべきなのかと尋ねると、カノンは小さく首を振った。
「いえ、アカネさんはまだどこにも所属していませんから、しなくても問題ありません。……まあ、ロイスさんは所属していてもしませんけどね」
「あはは……ロイスさんがどういう人なのか、少しわかってきました」
決まりや形式には、あまりこだわらない人なのだろう。
城門を離れ、街へとまっすぐ延びる道をカノンと並んで歩く。
十分ほど進むうちに、少しずつ景色が変わり始めた。
道沿いに店や露店が現れ、行き交う人の数も増えていく。
いつしか周囲は大勢の人で賑わい、その先には大きな噴水が見えた。
噴水を中心とした広場には、所狭しと露店が並んでいる。
店先には鮮やかな色の野菜や果物が積まれ、店主と客が和気あいあいとやり取りをしている。
串焼きの屋台では頭にハチマキを巻いた男性が、威勢のいい声で呼び込みをしていた。
屋根からは骨付き肉が吊るされている。
網の上では串に刺さった肉が焼かれ、香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐる。
ほかにも食器、本、アクセサリーや服まで、売られているものも実にさまざまだ。
「わあ! 人もお店もいっぱい! カノンさん、あの食べ物なんていうんですか? あっ、そっちのアクセサリーも気になります!」
「ここは街の中心地ですからね。お昼時はもっと賑わいますよ」
今でも十分賑わっているのに、もっと賑わうのか。
さすがは城下町というべきか。
いつかお昼時にも来てみたいものだ。
噴水の周りでは、お揃いの衣装に身を包んだ人たちが弦楽器や管楽器で楽しげな音色を奏で、道行く人の心を躍らせていく。
アニメでしか見たことのない光景がそのまま現れたようで、興奮しながら視線を巡らす。
噴水広場を歩いていると、あちこちからカノンに声がかかる。
「カノンちゃん、おかえり! 今日は良いお肉が入ってるよ!」
「今日もお疲れさま、また寄っていってね!」
声をかけられるたびに、カノンは笑顔で応じていく。
どうやら、この辺りではすっかり顔馴染みらしい。
カノンは慣れた足取りで広場を進み、立ち並ぶ露店の一軒の前で歩みを止めた。
何の店だろうとカノンの背中越しに覗き込むと、台の上には形も大きさもさまざまなパンが並んでいた。
「あら。カノンちゃん、いらっしゃい」
栗色の髪を三角巾でまとめた女性がこちらに気付いて、おっとりとした声で話しかけてきた。
「こんにちは、ノスティさん」
「いつものね。用意してあるわ」
女性が台の下から紙袋を取り出し、慣れた手つきでカノンへ差し出した。
紙袋からは細長いバゲットの先が数本見えている。
「あ、今日はもう一本お願いできますか?」
「あら」
女性は私に目を向け、少しだけ首を傾けた。
「そちらのお嬢さんの分かしら?」
「はい。しばらく、うちに滞在することになったので」
「初めまして、アカネといいます。よろしくお願いします」
「アカネちゃんね。ノスティよ。こちらこそよろしくね」
柔らかく微笑んだノスティは、紙袋にバケットをもう一本加えた。
「今度は朝の焼きたての時間にいらっしゃい。一番おいしいときに食べてもらいたいわ」
「わー! それはぜひ食べたいです!」
「ええ、また。いつでも待ってるわね」
私たちはパンの入った紙袋を持って、再び賑わう広場へと歩き出した。
噴水広場を抜けて細い道を通り、幾度か角を曲がる。
背中から届いていたざわめきが遠のき、やがて辺りは静かに立ち並ぶ住宅街へと変わっていった。
ある家の前まで来ると、カノンが立ち止まりこちらを向いた。
「アカネさん、ここが私の家です」
「わあ、立派……!」
クリーム色をした石造りの二階建ての家。
屋根には煙突があり、玄関の水色の扉がかわいらしい。
一階の大きな窓からは灯りが漏れている。
門扉を開けて、玄関まで向かう。
小さな庭には色とりどりの花が植えられている。
大きな木も一本生えていて、小さな実がなっているのが見える。
どれも綺麗に手入れされていて、大切に暮らしているのがわかった。
「アカネさんのことは、私から説明します。それと、幼い弟と妹もいるので、少し騒がしいと思います」
そう言いながら、カノンが玄関の扉を開ける。
その途端、家の奥から慌ただしい足音が近づいてきた。
バタバタバタ!
飛び出してきたふたつの小さな影が、勢いよくカノンに抱きついた。
「ねえちゃん、おかえりー!」
「おそいおそーい!」
その勢いに思わずのけぞった。
……なるほど。騒がしいとは、こういうことか。
むしろ、賑やかという言葉が合う。
「エルダ、チーちゃん。ただいま」
カノンが二人の頭を撫でると、兄妹は嬉しそうに笑った。
そしてすぐに後ろにいる私に気付き、こちらを見上げてきた。
「ん? ねえちゃん、この人だれ?」
「……だれー?」
「えーっと……」
私はどう答えればいいかわからず固まってしまう。
子ども慣れしていないのでなおさらだ。
「この人はアカネさん。おねえちゃんの仲間だよ」
カノンが助け舟を出してくれた。
仲間。
まだ出会ったばかりだし、建前だろうけど、その言葉にくすぐったいような嬉しさを覚えた。
「アカネもねえちゃんみたいに強いのか?」
少年のいきなりの質問。
やはりこれくらいの年ごろの男の子は、強さは何よりの関心事なのだろう。
「え、えっとー……強い……のかなぁ?」
「強いよ。ロイスさんが認めるくらいだからね」
カノンの言葉に少年が目を丸くした。
「えー、ほんと!? ロイスが!? すっげー! アカネ、おれと手合わせしようぜ!」
「エルダ、まずは自己紹介でしょう」
「あ、そっか。おれはエルダ! 六歳!」
エルダは人懐っこい笑顔で、胸を張って言った。
「……チエリ」
一方のチエリは人見知りらしく、エルダの背中に隠れたまま小さな声で呟いた。
「エルダくんに、チエリちゃんだね。私はアカネ。よろしくね!」
「おー、アカネ! よろしくなー!」
「……ん」
「アカネさん、どうぞ上がってください」
カノンは靴を脱ぎ、玄関の端へきれいに揃えた。
私もそれに倣ってブーツを脱いだ。
そのとき、ふくよかな女性が奥から顔を覗かせた。
「おかえり、カノン! あら、その子は?」
「ママ、ただいま。こちらはアカネさん。実は今日の任務先で…………」
カノンが母親に事情を説明している。
「なるほどね。もちろんいいわよ! アカネちゃんね。私はクララ。この子たちの母親よ」
「アカネです。突然お邪魔してすみません」
「いいのよ。困っている人を放ってなんておけないもの」
「ありがとうございます……!」
私はクララに深々と頭を下げた。
「アカネ、うちで暮らすのか?」
「うん。少しの間だけ、いさせてもらうね」
「おー、よろしくなー!」
「なー!」
元気な声を重ね、エルダとチエリがその場で跳びはねる。
「アカネさん、そちらのソファへどうぞ」
「あ、はい」
カノンはパンの紙袋を持って、クララとともに台所へ入っていった。
言われるがままソファへ腰を下ろし、室内を見渡した。
外から見た印象と違い、中はずっと広い。
私の座っているソファの向かいにも、ローテーブルを挟むようにソファがもうひとつ。
左にはレンガで造られた大きな暖炉がある。
今は使われていないが、冬に活躍するのだろう。
左奥には二階へと続く階段が伸びている。
右手には大きな長テーブルがあり、家族で食事をする光景が自然と目に浮かんだ。
その奥には大きな台所があり、クララが紙袋から出したバゲットを切り分けている。
スパイスだろうか。粉末や実が入った色とりどりの瓶が棚を彩っている。
瓶詰めされたオイル漬けやピクルスらしきものも見えて、興味がそそられる。
きょろきょろと辺りを見渡している私の隣に、エルダがやってきた。
その隣にはチエリも座り、エルダの背中に身を寄せながら半分だけ顔を覗かせて私をじっと見ている。
「なーなー! アカネはどれくらいつよいんだ? ねーちゃんと同じくらい?」
「ま、まさかー! カノンさんには敵わないよ」
「そりゃそうだよなー。ねーちゃんはつよい! ユニッターだからな!」
「ユニッター?」
「うん! おれもいつかなるんだ!」
「そっか! 私も、もっと強くならなきゃいけないんだ。一緒にがんばろうね!」
「おー! どっちがつよくなるか、しょーぶだ!」
「しょーぶ!」
それまで黙っていたチエリが、エルダの隣で小さな拳をあげる。
「三人とも、もう仲良くなったのね」
「おー! 一緒につよくなるんだ!」
「ふふふ、そうなのね。それじゃあ、アカネさん。部屋へ案内しますね」
「あっ、はい!」
まだ喋りたそうなエルダたちを残し、カノンと二人で広間脇の階段を上がる。
二階の廊下にはいくつか扉が並んでいる。
奥まで進み、右手奥の扉の前で止まった。
「ここが私の部屋です。二人で使うには、少し狭いと思いますが……」
「そんな! 泊まらせてもらえるだけで十分ありがたいです!」
「本当は個室を用意できればよかったのですが——」
そこで一瞬、言葉に詰まる。
「監視も兼ねているので……申し訳ありません」
そうだ。
リトルファイヤー候補生という立場にはなったが、身元不明であることには変わりない。
「気にしないでください! 私がカノンさんの立場でも同じだろうし!」
「ありがとうございます」
カノンは申し訳なさそうに笑うと扉を開けた。
六畳ほどの部屋には、左に木製のベッドとクローゼット、右には本棚があり、たくさんの分厚い本が整然と並んでいる。
本棚のそばにある窓は半分開けられ、夕陽を反射した白いカーテンが穏やかな風を受けてオレンジ色に揺れている。
かわいらしいというより、綺麗な部屋という印象だ。
カノンが正面の窓辺にある、机の上に置かれた丸いガラス球へ手をかざす。
すると、その内側に淡い光が灯り、部屋を柔らかく照らした。
「今のもスペルですか?」
「いえ、これはマナストーンで動いています」
「マナストーン……?」
「マナを扱えない人でも使えるものです。消耗品なので定期的に交換が必要ですけどね」
つまり、電池みたいなものか。
それに、マナを扱えない人でも使えるということは、私みたいな人がほかにもいるのか。
少なくとも、マナを扱えないだけで異常扱いされるわけではない。
そう思うと少しだけほっとした。
「ひとまず、ベッドに座ってください」
言われるままベッドに腰を下ろすと、ふうっと息が漏れた。
このまま後ろに倒れ込めば、一瞬で眠れそうだ。
でも、お腹も空いているし、できれば風呂も入りたい。
頭を空っぽにして湯船に浸かれたら、どんなに気持ちいいだろう。
「アカネさん、よければこれに着替えてください。私が以前使っていたものですが」
差し出されたのは、黒いミドル丈のチュニックだった。
腰には赤いベルトが通されている。
「わ! かわいい! いいんですか?」
「もう私にはサイズが合わないので、使ってもらえたら嬉しいです」
「ありがとうございます! じゃあ、さっそく着替えちゃいますね」
パーカーとティーシャツを脱ぎ、チュニックに袖を通す。
ベルトをきゅっと締めると、ショートパンツが見えるか見えないかの絶妙な位置に収まった。
「着替えました! どうですか?」
「とても似合っています」
いつの間にかカノンも革鎧を脱いで普段着に着替えていた。
ベージュのロングスカートに、胸元を紐で編み上げた白いカットソー。
鎧姿とは印象が変わり、すらりとした体によく似合っている。
「では、夕食がそろそろできるころなので、下へ行きましょうか」
「はい! もうお腹ペコペコです」
お腹を押さえる私を見て、カノンは顔をほころばせた。
この世界に来て、初めてのちゃんとした食事か。
どんな料理が出てくるのだろう。
……ぐぅー。
そんなことを考えたら、また腹の虫が鳴いた。




