せんとうしゃりょう
申し訳ありません。1話、飛ばしておりました。
「——さて。今日の勉強会は、このくらいにしておくのです」
五時間ほど経った頃、アルターが立ち上がった。
窓の外が、橙色に染まり始めている。ステンドグラスから差し込む光が、色とりどりの影を落としていた。
「あら。まだやれるわよ」
「そうもいかないのですよ、リリア。砂漠鉄道のチケットを取りにいかないと」
ああ、と全員が頷いて腰を上げる。
机の上に積んであった屋台メシは綺麗に片づけられている。カスや油染みなどない。机の上に洗浄魔法をこまめにかけていたから、当然と言えば当然だ。
ここにいる面々は食べ方がきれいだし、あまり汚すこともなかったけどね。
「アシュドットのご飯はかなりおいしかったね。【伯方】のうまさとはまた違う感じだった気がするよ」
冒険者ギルドを後にしながら、僕はリリアたちに笑いかける。
「八割くらいエディンが食べていたけどね」
リリアがうん、と伸びをしながら隣を歩く。
「さすがは油と香辛料の国の料理なのですよ。少しの量で満足感が桁違いなのです」
「美味しかったけど、迷宮都市国家の料理で育った僕には重たかった……!」
「同感。お腹がぱつぱつです」
モーリス君とログマがすこし息苦しそうに歩いている。
迷宮都市国家の食文化は引き算だ。素材の味と見切り、職人の繊細な五感で勝負する。対して、聖教国の食文化は足し算。僕はどちらもべらぼうにおいしいと感じたけど、やっぱり人の好き嫌いはあるよね。
西日を背に浴び、僕らは大聖堂へと足を踏み出した。
「そういえば、アルター。宿とかどうしようか」
歩みを止め、アルターに振り返る。
「問題ないのです。少し割高ですが、ギルドが経営する宿を取ってあるのです」
「僕もリーリエ師匠から推薦状もらって、同じところ泊ってるよ~。大聖堂の近くにあるんだ」
「へー。ギルドってそんな事業もやってるんだ。でも、割高なんだね。冒険者とか泊めるなら、格安の宿とかにするのかと思ってたよ」
「ふっふっふ。エディンはいいところに目をつけたのです」
アルターが楽しそうに笑い、宿屋街を指さす。
「もちろん、ギルドの利益を考えるなら格安で提供するのが一番なのです。
ですが、それでは地元の安宿を潰してしまう。冒険者ギルドを各地が受け入れる理由はたくさんありますが、多くの地方が期待しているのが『地方創生』」
「地方創生」
「そう。地方を元気づけることなのです」
アルターが指を振り、機嫌よく答える。
「地方の産業でもある宿を追い詰めるような真似をしたら、地方の経済を潰しかねないのです。
ギルドそのものは助成金やら税金の免除、さらには商業・運送ギルドと提携することで儲けているので、金の卵をゆで卵に変えることになりかねないのですよ」
「はえー、そうなんだ。よく考えられてるなあ」
「それ考えたの、リーリエ師匠ね」
モーリス君が突っ込みを入れてきた。
マジか……。あの人、思ってたよりいろいろ考えて動いてんだな……。
大聖堂に近づいていく。
黒い二本の尖塔はあまりにも高い。見上げれば、まず巨大な正面扉。
その上に幾本もの尖塔によるアーチが重なっていて、その上へ、上へと装飾が続いている。
双塔と黒い岩の大聖堂、くらいに思っていたけど、実際にはまるで違う。
すべての壁面に、何らかの彫刻が施されている。
「すごい彫刻ね……」
リリアがため息を漏らし、アシュドット大聖堂を見上げている。
大体の彫刻に、三角の後光を持つ女神のような存在が刻まれている。
尖塔のアーチを幾層にも縁取っている柱。いや、違う。柱だと思ったあれは、人の彫像だ。
十字の槍と弓、聖劍を持った、不死鳥の鎧を纏う青年。その隣にはヴェールに身を包んだ、蛇を従えた少女。茨の冠をかぶった、髭を大きく蓄えた神官……。九人以上の数の人間や獣人が、彫られている。
「九偉人ですねー。聖教世界における最高の傑物のことなのです」
アルターがのんびりとした様子で語りながら、聖堂へと近づいていく。
「あ、じゃあ僕はそろそろ宿に戻るよ」
モーリス君が片手をあげ、脇道へと足を踏み出した。
「僕はもう列車の席を予約しているから」
「あ、そうなんだ。何時の席に予約しているの?」
教本をカバンにしまいながら言った。
「明日の10時の列車。第10号車の2階席だよ。今日は満足したから、宿に帰るね。西ヘブロン通りの、ホテル・アドベンチアの203に泊まるんだ」
「お、奇遇なのです。アルターたちも西ヘブロン通りのアドベンチアに泊まるのです。夕飯もよかったら一緒に取るのです?」
「いいね。アドベンチアにはジ・パン料理もあるらしいから。楽しみだよ。じゃあ、また後で」
「ええ。ありがとう。いろいろ教えてくれて助かったわ。すごくわかりやすかった」
リリアがひらひらと手を振った。
モーリス君がへにゃり、と笑い、後頭部を掻く。
「いやあ。僕も教えてるうちに勉強になったよ。またあとで」
モーリス君は手を振って、西通りの向こうへ消えていった。
※※※
アシュドット中央駅は、大聖堂の真下にあった。
最上層から、聖堂の基壇へ降りていく石段。その先に、巨大な尖塔アーチが口を開けている。
中に入ると、天上が遠かった。かまぼこみたいな形の石型のアーチが、肋骨のように幾重にも重なっていて、薄暗い空間を覆っている。
その下に、何本もの線路が並んで、奥の闇へ伸びていた。
遠くで、列車の汽笛が鳴る。石の天井に反響して、低く、長く、響いていく。
「……ここの真上で、礼拝しているんだよね。聖堂入口では汽笛の音とか聞こえなかったけど」
「そうなのですよ。穴ぼこの石を間に挟んで、さらに音響変換式魔力炉で魔力を生成しているのです」
「へえ。下層に交通、上層で信仰ってわけね。この街らしいわ」
切符売り場は、ホームの手前にあった。
木の窓口がいくつも並んでいて、その上に光の文字が浮いている。行先と、出発時刻、そして空席の数。
アルターが指を向ければ、指先に光が集まってくる。
目と鼻の先に漂う光が文字になった。目の前に小さな掲示板が浮かんだ状態になり、文字をアルターが指でなぞっていく。
まーじでどういう技術してんのかさっぱりわからん。《蒼眼》で調べてみたら、全部魔導具じゃんね。
魔法での理屈ならわかるんだけど、魔導具の回路は専門外。まーったくわからん。
「明日の、【聖都】方面……10時の特急……」
アルターの指が、止まった。
「……満席」
「え」
「12時の便も、満席。14時も——」
アルターが、窓口の係員に食いついた。
「明日の【聖都】行き、一席も空いていないのですか!?」
「申し訳ございません。明日の便は、すべて埋まっておりまして」
「明後日は!?」
「明後日も、午前の便はすべて。次にお取りできるのは……3日後の、夕方の便になります」
アルターが、その場に崩れ落ちた。
「……3日」
床に膝をついて、虚空を見つめている。
「3日分の、宿代……。エディンの、食費……」
「なんで僕を見るのさ」
「下手すれば宿代よりエディンの食費の方が高いのですよ……。大変なのです……ただでさえ、アシュドットの宿は、【伯方】より3割は高いのです……。しかも、エディンの食費……」
指が、また数字を数えている。数えるたびに、顔色が悪くなる。
深刻そうな顔で僕の食費について嘆いている。まったくもって心外極まりない。
「——お困りのようですわね」
声がした。
振り返る。
少女が二人、立っていた。
一人は、豊かな金髪を背中に流した少女。マリンブルーの瞳。仕立ての良い旅装に、旅行鞄をひとつ下げている。
背筋がまっすぐで、気品がある。立っているだけで、この薄暗い駅の中で妙に目立った。
もう一人は、小さい。
黒髪に、赤い瞳。僕より頭一つ以上低い。下手すればアルターより低いんじゃないだろうか。黒ずくめの装束で、顔と手首だけが白い。
能面のような表情だ。感情が、まるで顔に出ていない。
——強いな。
《蒼眼》を少しだけ開く。
金髪の方の足運び。重心の置き方。メーテールさんほどではないけど、明らかに戦うことを知っている立ち方。
おそらく、僕より強い。魔力の流れも清流のごとしで、淀みがない。
黒髪の方は——。
とにかく、不気味。金髪の女性より、こっちの少女のほうがやばい。
でも、魔力の量が少なすぎる。僕の100分の1、いや1000分の1もない。なのに、鳥肌が止まらない。
僕は、目を戻した。
「……あなた方は?」
リリアが腕をさすりながら、二人に問いかけている。
隠している肌には、とんでもない量の鳥肌が立っていた。口には不敵な笑みが浮かび、ログマとアルターを庇うように立つ。
「申し遅れましたわ。わたくし、ローレッタと申します。こちらは、ヴィータ」
「ゔぃーた」
やたら下っ足らずな声で、自分の名前を繰り返した。
「エディンです。こっちが、リリア、アルター、ログマ」
「ええ、ええ。皆様、存じておりますわ」
ローレッタさんは、にこやかに頷いた。
……へえ。存じている、ね。
僕とリリアの左手が、同時に鞘へと伸びた。
鯉口を切り、親指で『亡星』の鍔を持ち上げた。
しかし、ローレッタさんは調子を乱さずに語る。
「明日の【聖都】行きの列車、お困りなのでしょう?」
「ええ、まあ……全部、満席で」
「でしたら」
彼女は、旅行鞄の口を開け、中から4枚の切符を取り出した。
「先頭車両に、4席開いておりますの。よろしければ、どうぞ」
「……え」
アルターが、床から跳ね起きた。
4枚の切符を、穴が開くほど見つめている。僕も《蒼眼》で覗き込む。明日、10時の特急。先頭車両。座席の欄に、金色の版が押してある。
「いいんですか? ここって、なんていうか……VIP扱いの席なんじゃ」
「構いませんの」
ローレッタさんは、微笑んだ。
「困っている方を助けるのは、貴種の務めですもの。それに、偶然の出会いは往々にして運命である、と言いますでしょう?」
そういって、彼女は片眼を瞑った。
ウィンクだ。僕がやるより、ずっとうまい。
その拍子に、金の髪が揺れて、耳元が覗いた。
イヤリングが、揺れていた。
青い石に、銀の蛇。
——昼間、クロの外套の胸にあったのと、同じ紋。
僕の胸元で、イルクのペンダントがひんやりと胸に触れた。
「……なるほど」
僕は、言った。
「アイネイアス家に連なる、というよりは。リヴェータ【枢機卿】に縁のある方でしたか」
ローレッタさんの目が丸くなった。
ほんの一瞬。それから、彼女はすぐに表情を戻して、小さくうなずいた。
「いかにも。詳しい名乗りをあげるわけには参りませんが、確かにリヴェータ様の命を受けて、御一行の護衛を任されたものですの。それに……」
ローレッタさんはくすり、と笑って懐から1枚のカードを取り出した。
「<叡智の学堂>に籍を置く学生、でもありますわ」
そこには、ローレッタさんのフルネームと、顔写真が乗っていた。
学堂の学生。
アイネイアス家の紋をつけた、学堂の学生。それも、かなり強い人をわざわざ護衛として出向かせた。
しかも、一番いい車両の切符を4枚持っていて、困っている僕らの前に、ちょうどいいときに現れた。
……少し、出来すぎじゃないか?
僕は、少しだけ目を細めた。
「けいかい、しなくていい」
小さいほう——ヴィータさんが、言った。
赤い瞳が、まっすぐに僕を見上げていた。
「まったく、気にしてない、とはいわない」
抑揚のない、舌ったらずな声だった。
「でも、未来のこうはいに。一肌、ぬいだだけ。砂漠鉄道のきっぷは、とてもにんきだから。とれなかったら、かわいそうだと思って。当機が、ろーれったに言って、予備をとっておいてもらった」
「……後輩」
「みんな、学堂、うけるんでしょ?」
アルターが、僕の袖を引っ張った。
振り向くと、彼女は切符と僕の顔を交互に見て、目で訴えていた。『3泊分の宿代。4人分。受け取るのです。受け取らない理由が、どこにあるのです』
続いて、僕の掌に文字を書いてきた。
『大丈夫なのですよ。二人とも、めちゃくちゃ有名なリヴェータさんの私兵なのです。身元はしっかりしているのですよ。警戒しなくていいのです』
……うん。まあ、そうだよな。
ただ、なんかな……。めちゃくちゃ怖いんだよな。あちこちに情報の網を張ってるのは、クロとのやり取りでわかってたけどさ。でも、こんな急に人を派遣してくることある?
まあ、考えても仕方ないか。変なことしたら、列車からアルターたち抱えて逃げりゃいいだけだし。
「ありがとうございます。助かります」
僕は、頭を下げて、切符を受け取った。
「いいえ、どういたしまして」
ローレッタさんは、旅行鞄を持ち直した。ヴィータさんが、とてとてと歩いてその隣に並ぶ。
「では、皆さま」
彼女は、もう一度微笑んだ。
「<叡智の学堂>にて、また会いましょう?」
二人は、ホームの暗がりへと歩いて行った。
ヴォールト……かまぼこ型の石のアーチの下を、金色の髪と、黒い小さな背中が遠ざかっていく。汽笛が、またひとつ鳴った。
その音が消えたころには、ふたりの姿も見えなくなっていた。
「……先頭車両」
アルターが、切符を胸に抱いて、うっとりとつぶやいた。
「タダなのです。先頭車両が、タダなのです」
「アルター、顔。だらしないことになってるよ」
「仕方ないのですよ! 先頭車両なのですよ!?」
「座れればどこも同じだよ」
「バッカ、エディン。ここを見るのです。先頭車両の特典!」
「んん……?」
アルターが寄せた光の掲示板をよく見る。
——個室寝台。ふかふかソファあり。食事、食べ放題のバイキング式……!?
「オイオイオイオイオイ」
「おわかりになったのです?」
アルターが自慢気に鼻を鳴らす。
「エディンの、モンスター級の食費が、タダ! 経費が、かからないのですよ!」
「うん、こりゃあすげえや。なんだか楽しみになってきたぞ」
ワキワキと指を動かし、変な笑いが口から漏れる。
「質問。そこは1席あたり、いくらなんでしょう」
「1席、200万テレスはするのですよ」
「高っっっっか!!!!」
そりゃあアルターもそんな反応するわ!
「なるほどね。ゆっくり休めそうなのはいいことだわ。なら、さっさと宿に戻りましょ?」
リリアが息を吐き出し、石段へ向かって歩き始めた。
「あっ、リリアが先に行ってどうするのですか! アルターの名前で予約しているのでうから、待ってほしいのですよ~!」
リリアをアルターが追い、僕らは後ろからふたりについていった。
僕は、手の中の切符を見る。
——皆様、存じておりますわ。
ローレッタさんの声が、妙に耳の奥に残っていた。
※※※
アシュドット最上層。
港を見下ろす、硝子張りのカフェテリア。夜の帳が降りた海の上に、港の灯りが点々と滲んでいる。
その窓際の席に、優雅に座る少年がひとり。
エレクロス・ドゥ・アイネイアスは、昼間に受け取った闇瑪瑙を手の中で弄んでいた。
卓の上には、紅茶が一杯と、真っ赤な皿が1枚。
真っ赤な香辛料、キゲラの実を刻んで油で炒め、それをさらにカルサで煮詰めた、この店で一番辛い料理だった。
給仕が「本当によろしいのですか」と三度確かめてから運んできたものを、彼は顔を真っ赤にしながら、なんとか半分まで平らげた。
今は、現実逃避という名の食休みの最中。
闇瑪瑙を、灯りにかざす。
黒い石の奥で、光が鈍く沈んだ。上物だ。相当な深度から採れた逸品だろう。
「エレインも喜ぶだろうな」
エレクロスはひとりごちり、正午の頃に思いを馳せていた。
——エディン・イラ・リステリア。
数日前、リヴェータ大婆様から受け取った報せの中に、その名はあった。
鎮西大将軍、鴉門凛々絵より感状を授与。二千年前の魔族大将軍、イルゲルムを討伐。四代目【勇者】候補。
握手をした瞬間に呼吸が止まったのは、その名前のせいだ。
——いや。
それだけではない、と彼は思った。
珠の魔力だけという縛りの中とは言え、あの少年は、公と同じ条件で撃ちあった。公の撃つものを、最初から視えていたように対策していた。
そして最後には、公の懇親を読んで、利用して、的を射落としてみせた。
「おお。まこと、あっぱれなことじゃあない……げぇっふぉん!」
エレクロスは機嫌よさそうに鼻歌を奏で、鼻から入った激辛の香りに大きくむせた。
ああいう人間に、彼は初めて会った。
石を、握りこんだ。
「——エレクロス様」
声がした。
顔を上げると、硝子の扉を開けて、二人が入ってきた。金髪の少女と、黒髪の小さな少女。
「おお。遅かったじゃあないか」
「少々、寄り道をしておりましたの」
ローレッタは優雅に一礼して、向かいの席に腰を下ろした。
ヴィータは当然のように、彼女の膝の上に収まる。ローレッタが、ヴィータの黒髪を撫で始めた。ヴィータは目を細め、機嫌よさそうにローレッタに身を預けている。
いつもの光景だった。
「明日の便は、随分と混雑しているそうじゃあないか」
エレクロスは、紅茶を一口含んで言った。
「駅の者が言っていたよ。【聖都】行きは、明日から3日先まで、すべて満席だと。おお、商売繁盛だ。そんなこと、滅多にないのだがね」
「エレクロス様がお乗りになるからでしょう」
ローレッタが、にっこりと笑った。
「アイネイアス家の次期当主が、砂漠鉄道で【聖都】へ向かわれる。その護衛として、わたくしたちは呼ばれたのですから」
「それだけじゃあ、あるまい」
エレクロスはカップを置いた。
深い金色の瞳が、ローレッタを見た。
それから、膝の上のヴィータを見た。
「妙な話じゃあないか。いかに公がアイネイアスの次期当主とはいえ、だ。執行機関が二人も護衛につくのは、さすがに過剰だろう」
ローレッタの手が、ヴィータの髪を撫でたまま止まらない。
「考えてみれば妙な話だった。ロー・ヤヘルで執務を取っていたら、いきなりリヴェータ大婆様から学堂を受験しろと言ってきた。
しかも、ロー・ヤヘルの衛星受験施設の受験期間が終わってから、だ。
おかげで、アシュドットまで受験資格試験を受けに来る羽目になった」
エレクロスがじっとローレッタを見る。
「執行機関であるお前たち二人がいれば、小国家の連合や魔王軍二個師団くらいなら蹴散らせる。それほどの、戦力を公一人の移動のために動かす理由がない。
大婆様が、そんな無駄をするものか」
窓の外で、港の灯りが揺れた。
エレクロスは、手の中の闇瑪瑙を、卓の上に置いた。
「——大婆様は、何を企んでいる?」
ローレッタは答えなかった。
ただ、静かにほほ笑んだまま、ヴィータの髪を撫で続けている。
「きにしなくていい」
答えたのは、膝の上の小さな方だった。
赤い瞳が、エレクロスを見上げた。
「当機と、ローレッタ。あと、第二位もきてる。えれくろすは、なにもきにせず」
抑揚のない声が、淡々と続けた。
「せんとうしゃりょうで、のんびりしているといい」




