【天素宣言】
魔力の渦が、ぶつかり合っている。
金髪の彼から、金の粒子があふれ出し、魔力が洪水のように湧き出し、それを精緻にぶつけてくる。
ちりちり、と焦げるような幻聴が聞こえ、互いに魔力を惜しげもなく吐き出していく。
思考が熱く、鋭く研ぎ澄まされる。
こいつの限界はどこだ。底がまだ見えない。僕はまだ全力を出していないが、相手も然り。相手の薄氷のような澄ました面に浮かんだ笑みが、いまだ消えていないのが証拠。
先に言葉を交えてから数秒。僕らは変わらず、不可視の鍔迫り合いから抜けられずにいた。
——いいね。
腸が燃え上がってくる。血潮が滾り、笑みが浮かび、吐出する魔力が洗練されていく。
魔力が押し、押され。読み合いを続けても尚、相手の練度に陰りが見えない。いや、視えてくれるな。
こんなもんじゃ、ないだろう。
「——おお。埒が明かないな」
彼が、声を上げた。
魔力を維持したまま、台の上に肘を置く。
「店主」
「珠が二つ欲しい。彼と勝負がしたい」
「い、いえいえ滅相もありません! 貴方ほどの御方を差し置いて——」
「くどいな」
少年は口角をあげたまま、視線を僕から離さずに店主へ呼びかける。
「同時で構わない。公を相手に一人の魔法師が猛っているのだ。青と銀蛇の家紋を継ぐ者として、それに応えるのは貴種の勤めじゃあないか。それに」
彼は心底面白いものを見るような目を維持したまま、上体を起こした。
「公もその方が楽しい。珠を、もらえるかな?」
「は、ははーっ」
店主が深々と頭を下げ、ふたつの珠を彼に手渡した。
「ありがとう」
僕から初めて視線を逸らし、店主に小さく頭を下げた。
金髪を揺らし、魔力を解いて僕の元へ歩み寄る。
僕も、放出していた魔力を散らす。一歩、二歩、三歩と歩き、着実に間合いを詰めてくる。
(……重心が全くぶれないな)
かなり、優れた体幹の持ち主だ。リリアほどではないが、並みの戦士でもあれほど鍛え上げている者は少数だと断言できる。
おじさんの慌てぶりからして、この街では相当に偉い人らしい。
しかし、あの偉ぶるだけでない振る舞い。ゆったりと、しかし急ぐことのない動き。よく手入れされた純白の貴族服だが、動きやすさを重視した格好。
少なくとも、身分や魔法だけにかまけているボンボンではなさそうだ。
「受け取るといい」
彼は、薄笑いを浮かべたまま珠を渡してきた。
「楽しい勝負にしよう。そう簡単に果ててくれるなよ」
「君もね」
互いに笑い合い、彼から珠を受け取る。
拳ほどの、透明な珠。中では原素に影響されていない、無色の魔力が揺れている。
おじさんはため息を吐き、僕に視線を向けた。
どうやら、少年の方はルールを知っているようだ。この説明は、僕だけに向けられたものだろう。
「ルールは珠の魔力だけで撃つこと。自分の魔力は使うな。使ったら失格だ。最上段、三つ落としたら一等だ。最上段の的を先に三つ落とした方が勝ち。いいな?」
「はい」
返事をした瞬間、少年が的に向き合った。
満面の笑みを浮かべ、僕も肩を並べる。
さあ。
「「勝負だ」」
※※※
仕組みを視る。
棚の的には、それぞれ属性が刻んである。
魔法弾が当たると、弾の属性に反応して光る。
最上段の五つの的は、他より重くて、頑丈。有利属性の弾を相当な威力で当てないと、びくともしないだろう。
魔力珠を視る。
この中に入っている魔力は多くはない。さっきの子供がぶっ放してた量からして、平均十発分しかない。
ただし、それも下段の玉を落とせる程度の出力で、だ。
最上段を倒せる威力で当てるなら、三発分はいるだろう。
しかも、的の属性は肉眼ではわからない。
普通の人ならば、まずは魔法弾を当てて光らせ、光る色の属性を確かめてから、本命の弾をこめる。
つまり、事実上一等は取れない。
普通のやり方なら、ね。
珠の魔力が、僕の掌に流れ込んでくる。
無色。属性を持たない、純粋な魔力。これを——。
指先に魔法陣を描く。
小さく。文字数は最低限。風を読み、威力を読む。込める魔力もまた、最小限。魔力が大気中に溶け切らないうちに、一気に術式を編み上げる。
さらに、大気中の魔力も混ぜ込み、風の加速を術式の端に編む。
掌に《統巡》で魔力が散逸しないように固定し、片眼を瞑る。《蒼眼》を両目も開くのは、的を当てるには情報が過大すぎる。
狙いは、最上段の左端。火の刻印。有利な属性は、水。
——ぱん。
蒼い魔力が、水の性質を帯びて、風に押されて飛んだ。
的が、赤く光る。水に当てられ、大きく的の魔力が弾けて、傾き、
落ちた。
からん、と乾いた音と共に、磁器の的が転がった。
「……え」
おじさんが、口を開けた。
ごめんよ。ずるかもしれないが、持って生まれた体質だ。許してほしい。
珠の魔力を視る。
減ったのはほんの少し。1割にも満たない。あと10発は楽々撃てる量だ。
「……え? え、あんた、今、一発で的を……」
おじさんが落ちた的、手に握られた珠、そして僕の顔を順番に見た。顔色が、少し悪くなっている。
隣で、拍手の音が聞こえる。
少年が、心底楽しそうに手を叩き、しきりに頷いていた。
「おお、素晴らしい。まさか、こうもあっさりと実力を魅せてくれるとは」
彼は微笑みを隠さず、珠の魔力を吸い込む。
「なら公も、本気で相手させてもらおうじゃあないか」
瞳が鋭く、そして楽しそうに歪む。
彼は片手で金の髪を後ろに撫でつけ、もう片手で珠を持ち、人差し指を的に向ける。
その指先に、魔法陣が浮かんだ。
円。その中に、七芒星。
それだけだった。文字も、術式も、何もない。簡素極まる、何もないのと同じようなもの。せいぜい、周囲の原素の反応を少し強めるくらいの——
——違う。
七芒星の頂点に、周辺の大気から、原素が吸い寄せられている。
火、水、雷、土、木、光、闇。大気に溶けている七つの原素が、七つの頂点にひとつずつ集まって、星の中心に弾を象る。
「満ちろ。——【天素宣言】」
——ぱん。
黒色の魔力が、飛んだ。
最上段、右端。光の刻印の的に当たって、黒く光る。
同属性同士の反発、有利不利など知ったことではないとばかりの勢いで、弾が的を勢いよく貫き。
からん。と、地面に叩き落とした。
おじさんが、腕を組んで頷いていた。
「——はは」
なんだあれ。なんだあれっ。なんだあれっ!
あいつ、珠の魔力をほとんど使ってないぞ。珠の魔力は七芒星の魔法陣を描いた時だけ。あとは、周囲の大気の原素そのものを、魔法にしている。
つまり、なんだ。あれは、原素を直接操って、合成している。
魔法法則を、ほとんど介していない。自分の演算だけで、魔法現象を起こしている。あの魔法陣は、原素操作の触媒に過ぎない。
しかも、燃料は大気中の魔力。
「バカげてら」
口角が上がる。
こんなバカなことはさすがに思いつかなかった。これをやるには、途方もない原素への理解が必要だ。
原素同士がどう反応するか、どの原素とどの原素を混ぜればどうなるか。そういうことを、骨の髄を超えた先まで理解していないといけない。
今の僕には、理解しかできない。
できる気がしない。
何より、ルールとしては違反に近いんじゃないだろうか。自信満々に使ってるけど、あの感じだと自分がルール違反だということに気が付いていない口だ。
告発すれば勝てるだろう。言い訳にもできるだろう。
だけど——。
「面白い」
それを正面から受けて立つのが、勝負ってもんだろ。
貴族の彼が、次の的に指を向けた。
中央。水の刻印へ、次は火の魔弾を番え、発射した。
弾が、的をつらぬく——より、刹那だけ早く。
僕の弾が、的を叩き落とした。
魔法陣を描く時間を削れるだけ削った最速の弾を、超克する雷の属性と、風の加速でぶち抜いた。
左側の的が、遅れて地面へ落ちる。
「——はあ」
彼が、感嘆の声をもらす。
視線が、僕へ向く。
僕も、彼に目を向ける。
何も言わない。
ただ、笑っている。
彼の細く、端正な顔立ちに似合わない、ギラギラとした目を僕に向けている。
その瞳に映る僕は、普段の僕とはまるで違うくらい、強そうに見えた。
ニ対一。
残りは二つ。形勢は、いまだ僕に有利。
「——スロットルを上げる。振り落とされてくれるなよ?」
雷速の魔弾が、的を正面からぶち抜いた。
中央から左の的が、叩き落とされた。よく見れば、彼は珠の魔力を大きく解き放ち、その魔力を最高速で編んで、ぶちかましたんだ。
——残り、ひとつ。
真ん中の的だけ、鎮座していた。
「ふっ」
残心を解き、僕へ自信に満ちたドヤ顔を彼は向けてきた。
「はははっ!」
僕の喉から笑いが跳ねた。
おっかしな奴! あんだけぶっとんだ技やって、するのがドヤ顔だけ?
そして何より。
「なに? もう勝った気?」
珠から魔力を引き出し、指先へ圧縮する。
「勝負はここからだろ」
自分の魔力を迸らせ、複数かつ極小の魔法陣を複数展開する。
彼の笑みが、さらに深まる。
七芒星が回る。彼の腕を覆うように三門の幾何学の星座が浮かび、魔弾を打ち放つ。
さっきよりさらに迅い青。詠唱も、魔力の装填時間もない。ただ、加速と威力に重きを置いた魔弾が、的を即座に——。
——ぱん。
青の弾が、弾けた。
彼の弾が、僕の雷の魔法弾によって、超克されたのだ。
彼が水の魔弾を展開した瞬間、僕は超克する雷の魔弾を、彼の弾の軌道上に置いた。
結果、彼の弾は、見事に消し飛んだ。ただ、それだけのこと。
僕の魔弾で、彼の魔弾を撃ち落としただけだ。
屋台街が静まり返っている。
いつの間にか、周囲に人垣ができている。僕ら二人を、じっと見つめている。何かしゃべっているようだけど、うまく聞き取れない。聞き取る余裕がない。
今、僕の目には彼しか映っていないのだから。
彼は、ゆっくりと、僕を見た。
「——視えているな?」
僕は、笑みを深めただけだった。
※※※
そこからは、的のことなんかどうでもよくなった。
彼が火の弾を撃つ。
「はっ」
術式を描き、水の弾で打ち消す。
矢継ぎ早に彼が放った雷の弾が飛来し、的を狙う——ように見せかけて、的のすれすれをかすめて、消えていく。
「無駄玉では釣れないか」
彼は声を弾ませ、十発の魔弾を解放した。
轟く轟音。空気がうなり、別の角度から極彩の魔弾が的へ向けて殺到する。
二本指を揃えて顔の前に持ってきて、魔法の軌道を読む。
——上の二発、中央の四発は囮。本命は下の四発。
変化、変速、変形。限界まで引き延ばされた思考の時間で、その行動のすべてを観測し。
一射。
水の魔力の弾を放ち、下の四発のうち、中央に陣取っていた水の魔弾を打ち抜く。
同属性同士が反発し合い、動きが千々に乱れ、狙った弾丸のすべてが四散した。
そこからは、もう数えていない。
撃った。撃って、撃ち返されて、撃った。
彼の弾は大気の原素そのもの。ならば、彼が展開した瞬間に、後だしで術式を編み上げて、軌道を読んで阻害するだけ。
火を撃ったのならば、僕が水で消す。水を撃てば、雷で裂く。雷を撃てば、土で散らす。七つの属性が、空中で次々にぶつかりあっては、火花と蒸気、光をまき散らした。
人垣から、悲鳴と歓声が上がる。屋台の天幕が、風で煽られてぱたぱた鳴った。
彼の魔法陣は変わらない。
七芒星のままだ。文字数は変わらないし、属性の起こりも通常の魔法より早いが、その分タメがあるから読みやすい。
だけど、その威力は全く変わらない。
僕の魔法陣は、撃つたびに、小さくなっていった。
削って、削って、削って。魔力を一滴も無駄にしないために、最小限の魔力で描き続けて。それでも——珠の魔力は減っていく。
僕は魔法を使うのに珠の魔力を使っているが、彼は起動分の魔力で事足りる。
「まったく、理不尽なやつだよ」
珠を握りしめ、僕は彼に笑いかける。
「言わせてもらうが——」
彼も、同じように笑って僕に並んだ。
「ここまで対抗しているお前も、相当に頭のねじが外れているぞ」
彼は、僕の珠を見て、それから僕の顔を見て、少しだけ目を細めた。
……まずいな。珠の残存魔力を読まれたか。
せいぜい撃てて、あと一発。たいして向こうの珠の魔力量は、半分も使っていない。
「だが、ここまでだ」
七芒星が、浮かぶ。
今までで一番大きなやつだ。七つの頂点に、周囲の原素が渦を巻いて集まっていく。屋台街の大気が一瞬、薄くなる。
狙いは、最上段の真ん中。
火の刻印が刻まれた、最後の的。
渾身の一射が、放たれた。
雷のほうき星が、刻印へ向かって落ちていく。
僕は、珠を天に掲げた。
最後の魔力を腕へ通し、最後にもうひと細工をかけて、魔弾を撃った。
的ではない。
彼の弾の真横に。
「——」
彼は眼を細めた。
僕の弾は、雷の有利属性である土ではない。
金色の雷鳴を纏う、雷。代わりに、術式に残った魔力全部を、回転の調整に使った。風の加速を、まっすぐ前ではなく、黄金長方形の軌道を描いて。
僕の弾が、彼の弾の縁をかすった。
——ぱあんっ!
彼の弾が軌道を変える。大きく空に逸れて、天幕を貫いて空へ消える。
僕の弾は、まっすぐに火の的へと向かい。
加速する。
「!」
彼の目が、大きく見開かれた。
だが、もう止まらない。構えた魔法も、もう間に合わない。
「そうさ」
僕はニッ、と笑って、彼を見つめた。
「同属性同士の反発。それによる、回転エネルギー。足りない威力はね」
大きく、僕の弾は弧を描いて。
「君から、もらった。あの瞬間を、確実に勝とうとする君の気品を」
「——利用させてもらった」
的を正面からぶち抜き。
からん。と。
最後に残った的を、僕の弾が地面に叩き落としてみせた。




