高度に発展した科学は魔法と見分けがつかない
「——下層港、着岸! 降りる者は荷物を忘れるな! 一時間以内に船をでな!」
船員さんの声が、甲板に響く。
音が伝声管を伝って船内に木霊し、各部屋へ勇ましくも荒っぽい声が伝わっていく。
《蒼眼》で僕らの部屋を見れば、鼻提灯を膨らませて寝ていたアルターが跳び起きて、慌てて荷支度をしていた。
対するログマは分厚い魔法の教本を懐のカバンにしまい、うんと伸びをして外を見ている。
「こりゃあ、僕ら先降りててよさそうだな」
「そうなの? じゃあ、そうしましょうか」
頷いたリリアが後ろをついてくる。
僕は黒漆の箱を抱え直し、船橋の先を視る。
黒い、崖のような街だった。
あれは……玄武岩を建材にしているのか。黒い漆にアデスの華を配合してるんだな。はーん、だから日差しも平気、ってわけか。
視たこともない特殊な建材が惜しみなく使われた港町は、まるで断崖のように空へと積んでいっている。
海から天まで届いている尖塔には、何個か風車がついていた。
港はその壁の足元に、波紋のように広がっていた。
船着き場。倉庫。荷役場。木組みのクレーン。魚と潮と炭の匂い。全部、黒い石でできた街の、一番下に所狭しと並んでいる。
「初めて来たけど、噂よりずっとすごいわ」
リリアが目を輝かせていた。
すべてが黒い石造り。細長い尖塔が幾本も空に伸びてその間を鋭く尖った窓と、骨組みめいた石の梁が埋めていた。
何より目を引くのが、壁面に刻まれた無数の彫刻。
長衣とフードを被った慈母がどこにも刻まれている。慈母から後光が差して、上下左右に賢者、戦士が並んでいる。
オリーブと葡萄、イチジクやアルフマリーの葉が彼らを囲うように刻まれ、わずかに風化していた。
「これが、ゴシック建築か……」
「きれいだわ……」
《蒼眼》で視ている隣で、リリアが首を垂直にして彫刻を見上げていた。
柱のひとつひとつに彫刻が刻まれているのがすごい。柱だけじゃなく壁に、窓枠や、尖塔にも施されている。
何より、本当に黒い尖塔と橋が多い。特に橋。建物より橋のほうが多いくらいだ。
空中にいくつも橋があり、欄干から出たガーゴイルが水を吐き出している。
「ごめんなのですよ、遅れたのです!」
そうして僕らがアシュドットの街並みに見惚れていると、後ろから見知った声と足音が聞こえた。
アルターだ。いつもよりパンパンに膨らんだカバンと、寝ぐせがついたままの彼女。ログマは普通に歩いているが、彼女だけ大慌てでこちらに向かってきていた。
顔を真っ赤にして走ってきた途端、膝に手をついて肩で息をしている。いくらなんでも急ぎすぎでしょ。
まあ、それもアルターの性分か。時間と金の管理に気を使ってるから、自分にもそのルールを適用しているらしい。
「いいよ、全然。にしてもすごいね、これ」
「ぜえ……ぜぇ…………。……ああ、アシュドットの彫刻ですね。アルターもすごいと思うのですよ」
アルターは今貸した手拭いで汗を拭きながら、尖塔の町に目を向ける。
「アシュドット教区。ざっと1900年くらい前でしたか。当時、できたばかりの迷宮都市国家と聖教国をつなぐ中継地点として、リヴェータさんが建設した都市なのです。
なんでも、水を利用することに特化した都市をコンセプトに作ったらしいのです。アデネ海流の影響で、この辺りは嵐に見舞われることが多いですから」
「あ~~…………」
合点がいった。そもそもこの辺りは嵐が多いのか。昨日の揺れは特別なものじゃないのか……。一等やばい嵐であってほしかったんだけどな……。
桟橋の樽から腰を上げ、足を地面に下ろす。
地面が揺れていない。
当たり前のことなのに、それがめちゃくちゃうれしい。
船旅は、二度と経験したくなかった。
※※※
「昇降塔はあっちですか」
掲示板に張り出された地図を指さしながら、アルターが頷く。
地図の先へ視線をやる。
港の奥。黒い街の根元に、細長い塔が経っている。鐘楼だ。尖ったアーチの窓に、屋根上の鐘。壁面に据えられたガーゴイル。街の建物と同じ、黒いゴシック建築で、アルターが言わなければ尖塔の一種だと思っていただろう。
その足元に、鉄の大扉があった。
人が並んでいる。荷を肩にかつぐ商人。杖を突くおばあさん。川鎧の冒険者。ちょうど、その列の先で鉄の大扉がゆっくり開き始めていた。
「なに、あれ」
「昇降塔なのです。あの塔の中に大きな籠部屋が入っていて、入ると上の階層まで運んでくれるのです。四~二階層までが200テレス。最上階が300テレスなのです」
アルターが隣で教えてくれながら、昇降塔の隣にある売り場へ案内される。
そこに人はいない。代わりに、宗教画のような絵で階層を現していた。
へえ。翼生えた蛇が最上階、杖と本が二階層を現してるんだ。
「へえ。でもまずは、冒険者ギルドで入国審査をしなきゃ。冒険者ギルドはどこ?」
「回答。最上階です」
「了解。なら、1200テレスだね」
翼の生えた蛇の絵札に触れ、1000テレス紙幣と2枚の100テレス硬貨を入れる。
絵札が青い魔力光を放ち、紙の切符が4枚出てきた。
全員に切符を配り、列に並ぶ。
10分も待てば、僕らの番が来た。
鉄扉の内側は、石造りの小部屋だった。結構広い。ちょっとした家位の大きさだ。階段があって、何人か上に登って行っている。
布張りの長椅子が置かれていて、そこにまばらな人が座っている。《蒼眼》で視ても、2階と1階の内装は変わらない。
「せっかく空いてるし、座っちゃうか」
「そうね」
「賛成なのですよ~」
「了承。承知しました」
4人で座れる長椅子の上に座る。思いのほか、ふかふかだ。布の下は木製だったから、そこまで期待していなかったけど、悪くない。
「ご乗塔ありがとうございます。この塔は、二階層直通、快速。途中の五階層、四階層、三階層は停留しませんので、ご注意ください。
ドアが閉まります。階段が収納します、ご注意ください」
おじさんの声が、伝声管を通じて塔全体に響く。
リン、リン。鈴が大きく二度鳴ると、扉がゆっくりと音を立ててしまる。同時に、階段が収納されていき、一階と二階が寸断される。
係員のおじさんが、扉の脇の壁に手をついた。
壁に、円盤がふたつ。円盤の中には針があり、目盛りが刻まれている。片方の針はゼロを示し、もう一つの針は揺れていた。
「重さ、よし」
おじさんが壁の取っ手をぐ、と引いた。
——ゴォォォ……。
背後から、水音がした。
石の壁の向こうで、大量の水が流れている音がする。滝の音を壁一枚隔てているような、低くて重い音。
《蒼眼》を、少し広げる。
塔の外側。僕らの乗った籠の隣にもうひとつ、一回り大きい巨大な箱があった。そこに、海水が上から注ぎ込まれている。
塔の上の方にある貯水槽から、太い管を通って、すごい勢いで注ぎ込まれていく。だんだんと、箱の重さが増えていく。
ゼロを示していた目盛り盤が、最低値から離れていく。
針がゆっくりと動いていき、もう一つの目盛りを追い越した瞬間。
床が、震えた。
ふわり、と。
僕らの小部屋が、昇り始めた。
ゆっくりと。船のような揺れはない。まっすぐ、一定の速さで、僕らは玄武岩の縦坑を昇っていく。壁の窓を、光が上から下へ流れていく。
窓の外に、小さくなった港が映る。船が、おもちゃのように小さくなっていく。
「……はぁあ! すごい! 海水の重さで、部屋を吊り上げてるのね!」
「正解。リリア、よくわかったね」
「窓を見てればわかるわ。いやあ、本当にすごい」
リリアが嬉しそうに鼻を鳴らし、腕を組む。
水の音が、ずっと続いている。
視たところ、海流と風車の力で海水を汲んでいるのか。海水は魔法を吸収するから、これを使って貯水槽に水を溜めて、重さを使って持ち上げている。
すげえ……。魔法抜きでこんなことできるのか。
——リン、リン。
上昇が止まった。
階段が展開され、一階と二階が再びつながる。
二階の人たちが、黙々と降りる準備をしていた。
「ご乗塔くださり、ありがとうございました。終点、二階層です。どうか、お忘れもののないようお願いします」
※※※
第二階層。
海抜60メテルの街。そこは、最上層の橋の下に作られた庶民の街だった。石の回廊の側面、そのいたる所に排水路が設けられていて、まだすこし湿っていた。
周囲の人の服は、底の厚い靴が多かった。水を通さない靴の人が多い。
魚屋。乾物屋。安い宿。酒の看板。石畳の道を、荷車と人が行き交い、頭上には屋根付きの石橋が何層にも交叉している。
僕らはそれらを軽く一瞥し、近くにある最上階行の塔へ乗り換えた。
二階層とは変わらない。しかし、二階層から最上階行の部屋の壁には、いくつかの彫刻が施されていた。
そして、水が注ぎこまれる。鉄扉がしまり、浮遊感が身体を包む。
——リン、リン。
鉄扉が開いた瞬間、風が変わった。
燦燦と照らす太陽。
さっきより遠い潮の香りが、鼻腔をくすぐる。
どこからか聞こえる、賛美歌のメロディー。
最上層。海抜100メテル。
そこは、白が混ざっていた。
第二階層までは、黒い玄武岩の街だったのが、ここでは白い石と黒が幾何学的に並んだ街並みが広がっていた。
白と黒の回廊。尖ったアーチが、幾層にも重なっている。その隙間から、海が見える。僕らが乗ってきた双胴船が、豆粒に見える。
「でっか……」
黒い双塔が、大きなアーチ橋の向こうに佇んでいた。
巨大な二本の尖塔の下には、三廊式の巨大な聖堂。円状の精巧な細工が施された窓——薔薇窓には、ステンドグラスが惜しみなく使われている。
目立つ飛び梁の基壇には、大きなアーチが並んでいる。
「あれが、アシュドット大聖堂……」
讃美歌は、ここから聞こえていた。
「あれと比べたら、さすがに形無しね」
リリアが苦笑しながら指をさす。
その方向には、教会のような建物。よく視てみれば、そこには交差する杖とツルハシ。
冒険者ギルドの紋章があった。
※※※
冒険者ギルドは、昇降塔の近くにあった。
内装は白い石造りの三階建て。入口に、杖とツルハシを交叉させた紋章。中は【伯方】のギルドより静かで、天井が高い。
しかも、採光にはステンドグラスを取り入れている。
なんとも冒険者らしからぬ上品さだ。
「実力は【伯方】と比べると一段落ちるわね」
リリアがつまらなさそうに鼻を鳴らす。
確かに、リリアの言う通りかも。全体的に、荒事に慣れている人の雰囲気という感じがしない。確かに実力はあるんだろうけど、野性味に欠けるのはある。
「仕方ないのですよ。この辺りは迷宮が少ないから、護衛依頼が多いのです。聖教の影響力の強い大都市ではこんなもんですよ」
「やーね、息苦しいったらありゃしないわ」
ぶつくさと文句を言うリリアを「まあまあ」となだめながら、列に並び、しばらく待つ。
「入国申請ね。冒険者証を」
受付のお姉さんの前にツルハシを置く。
……何度やってもアホみたいな光景だ。普通ツルハシなんか置かないだろ。どういうことなんだ本当に……。
しかし、お姉さんは至極真面目な様子でツルハシの切っ先に鉱石を当て、情報を読み取っている。
小さくため息をつきながら待っていると、アルターが脇からちょいちょい、と僕の腰をつっついた。
「どったの」
「金猿の割符出さないのです?」
「出した方がいいの?」
「出さないとバカみたいに待たされるのです」
アルターに頷きを返す。懐から割符を取り出し、カウンターの上に置く。
受付のお姉さんが、僕の差し出した金の猿が刻まれた割符を見て、目を丸くした。
「……少々お待ちください。恐れ入りますが、こちらの割符はお預かりさせていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「ありがとうございます。確認が取れましたらこちらの札でお呼びいたしますので、少々お待ちください」
お姉さんが、割符と共に奥へ消えた。
渡されたのは、何も書かれてない札だった。
「……なんも書かれてないんだけど」
中には魔導回路が視えるけど……わからん。ワタシ カイロ ヨメナイネ……。
じ、っと回路を視る。ほむ。よくわからないな。こういうのは錬金術の範疇だっけ。
……錬金術、か。
「考察。おそらく、呼び出しの時にわかるのではないでしょうか」
「お、ログマ天才。そうかも」
指を鳴らし、奥でどでかい台帳をめくるお姉さんと一瞬目があった。
冒険者ギルドは、各国と伝手がある。だから、冒険者に限るけど、入国や出国の手続きをギルドが代行してくれる。
「呼び出されるまでの間、お茶でもして待ってるのです?」
「賛成。わたしお腹減っちゃって。エディンは?」
「…………ふふ」
「聞くまでもなかったわね」
ぞろぞろと全員でカフェテリアへ移動する。
ギルドにはカフェテリアが併設されていた。ギルドの受付の左側に、受付室よりも大きなカフェテリアがあった。
白い石の柱の間に、木の机といすが並んでいる。
「じゃ、アルターが紅茶とライトミールでも注文してくるのです」
「僕が行くよ」
「エディンに頼ませたら会計がとんでもないことになるのです。ついてきたらメ、なのです」
「ならわたしが行こうかしら。ログマ、手伝ってくれる?」
「肯定。もちろんです」
ぞろぞろと三人で注文をしに行った。ちぇ、なんでい。僕だけ留守番かい。あー、つまんないの。
大きくため息をつき、頬杖をついて隣の冒険者の会話に耳を傾ける。
「うい゜~。こりゃあ、いいラム酒だ」
「オメェ飲みすぎだろ。このあとの依頼どうすんだよ」
「受けらんねえよぃ。どーせ、二日はかかるんだ。聖教国は冒険者の入国がキビシイからよォ~」
「だからってお天道様も明るいうちに飲んでたら知らねえぜ? 宿に帰れなくなって野宿しても、俺は他人のふりするからな」
ガヤガヤと冒険者たちが酒盛りに興じている。
どうやら、お酒が出るタイプのカフェらしい。
「——あれ?」
聞き覚えのある声がした。
机の向こう。カフェテリアの奥の席から少年がひとり、立ち上がっていた。
茶髪。少し癖のある髪。丸い目に、モノクル。冒険者の革鎧を着こなし、着流しと一緒に着た少年。片足が、義手でできている、彼の名は。
「モーリス君!?」
「やっぱり、エディン君だ!」
彼——石上モーリスは、嬉しそうに笑って、僕に向かって手を振っていた。




