唯一のシンカン
——ぽちゃん。
雫が、水に落ちる音がした。
瞼の裏に、色が差す。
黒でも、白でもない。目を閉じたまま朝日を、あるいは黄昏を仰いだ時の、あの温い橙。それが視界いっぱいに沁みて、僕はゆっくりと目を開けた。
黄昏が、広がっていた。
空の裾は山吹色。天上から地平を照らす光が、快晴の空に薄く溶けている。山吹は上へ向かうほど淡くなっていき、金の滲んだ薄紅色に変わり、中天。真上だけが、透き通るような青だった。夏の透き通るような青とは、きっとこれを指すのだろう。
夕暮れなのか、夜明けなのか、わからない空。
馴染みのある秘境の足元へ視線を下ろす。
果てまでが、水だった。
波の一つもなく、風の一筋もない。鏡と呼ぶには澄みすぎていて、氷と呼ぶには温かすぎる。透明な水がどこまでも続き、その底には何もない。底こそがない。覗き込めば、水の下にもうひとつ、青い穴と黄昏が広がっていた。
一歩、踏み出す。
コツ、と音がした。
石畳を叩いたような、硬い音。沈むことのない、湖床。
靴底が水面をわずかに弛ませ、波紋となって広がる。
息を吸えば、桃の香り。
甘くない。売れた果実の、蜜のような甘さはない。もっと薄くて、冷たく、清らかな香り。洗った桃の皮のような、新鮮さと涼しい香りが鼻をよぎる。
湖の中央に、白いものが見えた。
アンティーク調の丸机と、椅子が二つ。
その傍らには、一振りの劍が突き立てられていた。蒼い剣身に黄金の柄と鍔。剣身が水面に突き刺さっているのに、そこには波紋のひとつもない。
僕はコツ、コツ、と足音を立てながら歩いて行った。
——椅子が、埋まった。
空に波紋が走る。
山吹色の点が丸く撓み、そこから白が滲みだして、絶世の少女を象った。
白い髪、白い肌。半透明の白い衣。そのすべての白の中で、唯一の異色。
黄昏の太陽より深く、純金よりも濃い、黄金の瞳。
「——やァ、エディン」
玉を転がすような声が、僕の耳に溶ける。
「こんばんはの時間かなァ?」
「こんばんは、アレア」
僕は、椅子に腰を下ろした。
彼女の名は、アレアライト。
夢の中でしか会えない神秘の主が、僕を止水へと招いたのだ。
※※※
「久しぶり、というほどでもないねェ」
アレアは頬杖を突き、黄金の瞳を細めた。
「【出雲】の一件以来だ。三週間くらいじゃないかい?」
「19日だよ。リステリアの頃は毎日会えたのに、少なくなったよね」
「あそこはボクと結びつきが特段強いからねェ。大陸の北部か、ボクを祀る神殿でもない限りは、そういかないさ。そんなにボクと会いたかったのかい?」
くすくすとアレアは笑う。半透明の衣が揺れ、白い肩から水滴が滑り落ちて、水面に弾けた。
「元気そうで何よりさ。連れ出してくれた彼との、お別れは済んだのかな?」
「……うん」
胸元に手を当てる。
夢の中なのに、そこにはちゃんと重さがあった。母様がくれた青いカーネーションも、イルクのペンダントもある。
青い宝石に銀の蛇。アイネイアス家の家紋。イルクが託してくれた重さが、首と胸にかかっていた。
アレアのいうお別れは、きっと物理的な意味だけではないのだと思う。
気持ちの踏ん切りはついたのか。きっと、そういう意味なのだろう。
「指切り、したよ。僕から、イルクに会いに行くって」
「ふゥん」
アレアは頬杖をついたまま返事をした。
興味があるのかないのかわからない返事だった。
「じゃあ、本題に入ろうか。今日の正体は、雑談半分、神託半分さ」
「雑談半分なんだ」
「ボクだって、エディンと話したいときくらいはあるんだよォ」
アレアは椅子の背に身体を預け、突き立てられた蒼い剣を横目で見た。
「——【天璽聖劍】の解放率は0%に戻った。気にしているのかい?」
「……うん」
ちらり、と剣を見る。
ここでは《蒼眼》が機能しない。だから、肉眼でしか見ることができない。だけど、あの後に【天璽聖劍】を呼び出すことがあって、そこで確かめた。
剣身の内側で、何重にも重なった拘束が、きちんと閉じていた。
「イルゲルム戦で、少しは開くと思っていたんだけど……」
「開かないよォ。あれは開いたんじゃなくて、こじ開けたのさ。キミが魔力を全部突っ込んで、鍵穴を無理やり開けたようなもの。【魔神】クンからの魔力供給があって、ギリギリ成立していたようなものさ。
現にキミ、あの後三日は寝込んでいただろう?」
「……そうだね」
何がおかしいのか、アレアがまた笑う。
「いいかい、エディン。【天璽聖劍】は、<神話継承>抜きでは振るえない。初代クンも、三代目ちゃんもそうだったんだ。消費する魔力が多すぎる。今のキミの全魔力と、あの劍を一振りするのに要る魔力が、どっこいどっこい」
「そうだね、わかってるよ」
「ホントかなァ? わかったうえで、振りそうだから言ってるんだけどねェ。キミは他人の危機を見るや否や、飛んで火にいるからね。夏の虫と同じさ」
……返す言葉がない。
「だから、結局のところ。【勇者】の<神話継承>に本格的に憑かないことには、キミはあの剣を振るえない。振るえたとしても、また反動で寝込むだけさ。
以前も言ったろう? <神話継承>は人間の性能を底上げしてくれる代物だ。【勇者】のそれともなれば、強化の桁が違う」
「その、【勇者】に憑くには」
「【枢機卿】か、【司教】。聖教国の、それも上のニンゲンに導いてもらうしかないのさ」
アレアは人差し指を一本、立てた。
「さて。ここからが、神託の時間だ」
声の色が変わった。
軽やかな玉の音が、ほんの少し沈んだ。頬杖が解かれ、白い両手を天に掲げた。
黄金の瞳が、まっすぐに僕を射抜く。
十年の歳月を過ごした影響か。僕の背筋に、うすら寒い針金が通った。
「——【聖都】へ行くといい」
黄昏の湖に、その声が渡った。
「キミたちが予定している通りさ。砂漠を超え、【聖都】へ行き。その先へ導かれるといい。そこでボクの唯一の神官が、キミを待っているだろう」
「……神官?」
思わず首を傾げる。
前にも、聞いたことがある。大陸北方と、唯一の神官以外は、ボクと繋がりがない。アレアは前に、そう言っていた。誰なのか、教えてはくれなかった。
「アレアの神官って、どんな人?」
「さァ?」
「さァ、って」
「会えばわかるさ。わからなければ、それはまだ会うときじゃないということ。導きってのは、そういうものだからねェ」
意地の悪い笑みが、白い顔に浮かぶ。
「ボクはね、エディン。人が努力するところを——苦難や試練を乗り越えるところを眺めるのが好きなのさ。だから、キミに答えを教えてあげるつもりはないんだよォ。あげるのは、導きだけ。歩くのはキミなのさ」
「……大変だ」
「そうとも。大変なのが、生きるってことなのさ」
アレアは、ふ、と息を吐いた。
それが合図だったように、僕の視界が揺らぎ始めた。世界がぶれる中、アレアの顔だけが輪郭を保ったまま、歪み始めていく。
「おっと。そろそろ目覚めの時間だ」
パチン、と指が鳴る。
僕の意識が、空に溶けていく。絶世の領域が離れ、だんだんと思考がまとまらなくなっていく。
「いってらっしゃい。エディン」
甘くない桃の香りが、鼻をくすぐった。
「——ボクの神官に、よろしく」
※※※
目が覚めた。
《蒼眼》が勝手に働いて、部屋の隅々にあるすべての情報が脳に叩きこまれる。
畳の目。障子の桟の木目。天井板に走った細かい割れ。彼の向こうの廊下を歩く中井さんの足音と、足の骨の動き。その日の体調から、身体の働きまで。
毎朝、この瞬間だけはげんなりする。東塔にいたころは、情報が殺風景だったから、猶更だった。
深呼吸をひとつ。
視界を、普通の人間の広さに絞る。
立派な宿だ。
畳の匂いと、麻の湿った空気。一歩を踏み出すたび、わずかに軋む畳と木の音。
床の間には掛け軸と、その下に、一枚の紙とひとつの箱が並んで飾られていた。
感状。
金糸で縁取られた厚い紙に、墨で書かれた文字。「鎮西大将軍 鴉門凛々絵」の署名と、朱印。その隣の桐箱には、賞金の目録。
中身はもう冒険者銀行に預けているから、中身はからなのだけど。
リーリエさんが記念に取っとけ、と言っていたので、そうしている。
「んー……」
<瞬間装着>の魔法で寝間着からお外行きの格好に着替え、寝ぐせを軽く流して眉毛を整えながら顔を洗う。
まだ、実感がわかない。
僕の感覚だとこの間まで東塔で魔物を食っていただけ。なのに、世界でも有数の国家の大将軍から感状をもらっている。
二年前の僕に言ったら鼻で笑うか、可哀そうなものを見るような目で見るか、腹減らしたまま気絶するかのどれかだ。
ここは、【伯方】。
迷宮都市国家が誇る五大都市のひとつ。《ギルド本部都市》。イルクに連れられて初めて降り立った、あの港町。
【出雲】での騒動が片付いて、僕らはまたここへ戻て来ていた。
——ボォォォ……。
港に、船が入ってきている。《蒼眼》を少しだけ広げれば、港の入り口を滑ってくる帆船の影が視えた。白い帆に描かれた、正三角の紋。アルメ=ガファ聖教を表すもの。
聖教行きの船だ。
胸元に手を当てる。
服の下で、ペンダントの蒼い石が、ひんやりと素肌に触れていた。
「……いってきます、イルク」
誰に言うでもなく、僕は窓に背を向けた。
※※※
「エディン! 朝ごはんなのですよ!」
一階へ降り、襖を開けると同時に、アルターの声が飛んでくる。
そこは、広間だった。
低い長机の上に、四人分の膳がずらりと並んでいる。焼き魚に白米、みそ汁、青菜のおひたしに、小鉢が三つ。
近くに置かれた御櫃から、わずかに湯気が漏れていて、香ばしくも甘い香りが鼻先を撫でた。
「おはよう、アルター」
「おはよう、なのです! もう、寝坊なのですよ、エディン。あと少しで叩き起こしにいくところだったのです」
白髪の少女がべし、べしと座布団を叩いている。
絹色の髪に、金のメッシュ。金の瞳をぱちぱちさせながら、僕に着座を促してくる。
「行儀が悪いわよ、アルター」
隣で正座をしていたリリアがアルターを睨んでいた。
「もー、いいじゃないのですか。どうせリーリエさんの貸し切りなのですよ?」
「それもそうだけど……」
リリアは額に手をあて、小さく首を横に振り、僕を見た。
「おはよう、エディン」
「おはよう、リリア」
赤髪の彼女はみそ汁の椀を片手に、しゃなりと首を傾げた。赤い髪が光を透かして、燃えるように揺れる。
「よく眠れたかしら」
「うん。夢を見たよ」
「あら。どんな?」
「桃の匂いのする夢」
リリアの隣に腰かけ、正座して笑いかける。
「……何よそれ」
リリアが眉を寄せる。
うーん、どう説明したものか。説明してもうまく伝わらないし、伝える必要もない気がする。僕の直感だけど、アレアのことはあんまり離さない方がいい気がするからね。
箸をとる。
向かいには、もう一人。
マグロの魚体に、人の手足。青黒く光る鱗に、ぎょろりとした大きな目。首元には、水陰村のひとたちが繕ってくれた、赤いマント。
ログマ。
彼は膳を前にしたまま、分厚い本を開いていた。
「おはよう、ログマ」
「——肯定。おはようございます、エディン」
ログマの目が、僕を見て、すぐに本へ戻った。
……いや、戻りかけて、盗み見るように僕を見て、目が合ったとたんに本へ戻した。
まだ、気恥ずかしいらしい。
白州での沙汰から、一週間。あの日、リーリエさんに頭を下げて、少年に抱き着かれて泣いていた彼は、あれからずっとこんな感じだ。
僕らと目が合うと、視線が泳ぐ。あいさつは返してくれるけど、どうにも覇気がない。
僕はそれが、すこしだけ嬉しい。
気恥ずかしい、というのは慣れていない証拠だけど、僕らを仲間と思ってくれているからだろう。わかるよ、イルクに最初あった時の僕もそんな感じだったもん。
「ログマ、何読んでるの」
「返答。治癒学の基礎理論です。次いで、魔法陣の基本構文。次いで、木原素と光原素の親和性と神話について」
「三冊同時に?」
「肯定。時間がありません」
ログマは、大真面目に頷いた。
ランニングマグロの治療。
それが、リーリエさんからログマに出されたオーダーだ。魔物化した同胞を、人に戻す方法を探ること。
そのために、最高学府であ<叡智の学堂>に合格し、その研究を完遂すること。
彼にとっては、罪の償いであり、同族の命綱であり、それ以外のすべてでもある。
だから彼は、出航の日である今日も、飯の前に本を読んでいる。
「ちゃんと食べなよ、ログマ」
「肯定。食べています」
本から目を離さないまま、彼は端で焼き魚を摘まんだ。
——マグロが、魚を食べている。
いや、それはふつうだ。【出雲】でもそうだったじゃないか。マグロの主食は魚だ。何もおかしなことはない、うん。
リリアが箸を止めて、視線を逸らしただけだ。
※※※
「じゃあ、続きやろっか」
白米の高山盛りを八杯ほど平らげたところで、僕はリリアに向き合った。
「ええ。おねがい」
リリアが箸をおき、右の掌を机の上に出した。
ここ数日、朝食の後にやっている日課だ。
僕がリリアに、魔法の基礎を教えている。
リリアは剣士だ。それも、とびっきりの腕の。源流能力は【八炎鼓】。魔力すら焼く炎を纏った刃で、いくつもの戦場を共にしてきた赤髪の剣士。
剣に関しては、僕が口を出せるところなんかほとんどない。
でも、魔法となると話が別だった。
彼女は魔法の基礎である、魔法陣が描けない。正確には魔法陣がなきゃ魔法が描けないってわけじゃない。だけど、魔法陣を描くだけが魔法じゃないんだけど、やっぱり【法陣構築】が使えないのは不便だ。
「じゃ、魔力を練って」
「ええ」
リリアが目を閉じ、掌に魔力を集めた。
視える。
彼女の胸の奥、魂の座から湧き出た魔力が、腕を伝って掌へ流れていく。炎のように赤い魔力だ。熱をもっていて、勢いがあって。そして、荒い。川の激流みたいに、一気に流れていく。
それを、糸を撚るように一本に練り上げていく。
「うん。集まってる。じゃあ、そのまま円を描いてみて」
「……」
リリアの指が、空中で円を描く。
魔力が指先から糸のように伸びて、円を描き——終わる前に、ばらけた。
赤い糸が、ほつれて、散る。
「……もう。またよ」
リリアが目を開けて、唇を尖らせる。
「ここまではできるのに。どうして、円が描けないのかしら」
「うーん」
僕は、散った彼女の魔力を、もう一度《蒼眼》で追った。
ばらけ方がちょっと変。
普通、魔力の制御ができない人の魔力は、練りが足りない。魔力はすぐ大気に溶けちゃうから、溶けないようにしっかり練り上げる必要がある。足りてないと、出した先からばらばらになって溶けていく。
でも、リリアのはそうじゃないんだよな。ほつれた糸の一本一本が、反発するように弾けていく。はっきりと意思を持っているみたいに、外へ向かっていく。
自由で、力強く。しかし、誰かを呼びに行くような動きだった。
「リリア。円を描くときにさ。魔力を『閉じ込めよう』としてない?
「……そう、ね。ええ。魔法陣ってそういうものでしょ? 魔力を型にはめるものだって、教本にも書いてあったわ」
リリアが頭を掻きながら答える。
……そうか、勉強嫌いなリリアが、本を自発的に読んでまで勉強してくれているのか。
思えば、<叡智の学堂>をログマと目指すといったときも、リリアは賛同してくれていた。以前、リリアが勉強を嫌うだろうから、入学を目指すのはやめておこうと思ってた。
だけど、僕の勝手な思い違いだったみたいだ。
リリアは、こんなにも真剣に練習してくれている。なら、僕ももっと熱を入れなきゃ失礼ってもんだ。
「たぶん、それがリリアに合ってないんだ」
僕は指先に魔力を集める。
ついでに魔力の性質をリリアのそれに変化させて、魔力を可視化する術式を即興で創って魔力を通す。
赤い、細い糸が生まれた。
「魔法陣って、型なんだけどさ。リリアが思うほどガチガチの型——、檻じゃないんだよ。どっちかというと、水路かな。魔力に、道を教えてあげる者なんだ」
「道を、教える……」
「うん。リリアの魔力はね、外に行きたがってるんだよ。すっごくね。だから、閉じ込めようとすると勝手にバラバラになっちゃう。なら逆に、行き先を教えて、あとは自由にさせてあげるといい。この円の中を通って、外に行くんだよって」
言いながら、僕はリリアの掌に、魔法陣を通した指をそっと重ねた。
「ちょっとごめんね」
「え、ちょ——」
「ほら、魔力通して」
彼女の魔力の流れに、僕の魔力を添える。
押さない。轢かない。ただ、隣を一緒に流れる。激流の横に、もう一本、細い流れを作る。
そうすると、急流の方が、その細い流れを見て、少しだけ速度を落とす。
——こういうのは、言葉より、身体で覚える方が早い。
いつかの冒険者試験前の勉強と同じように。
「いまの感じ、わかる?」
「魔力が、あなたの方に——ついていっている」
「うん。それで大丈夫。じゃあ、指、離すよ。同じ流れを自分で作ってみて」
僕が指を離す。
リリアが、もう一度、円を描く。
赤い糸が伸びて——円をなぞる。閉じかける。閉じかけて、閉じようとして、最後の一点で、ほんのわずかに震えて。
——閉じた。
「……あ」
小さな、赤い円。
魔法陣とも呼べない。ただの輪っかだ。文字も術式も何もない。でも、それは確かに、リリアの魔力でできた、閉じた円だった。
「できた!」
リリアが顔を上げた。
赤い髪が跳ねて、瞳がきらきらと輝いている。口元に、隠しきれない喜びのゆるみが浮かんでいる。戦闘時の修羅のような表情から、想像できないほど子供みたいな顔だった。
「できたわ、エディン! 魔法、魔法! わたしにも、使えた!」
「うん、立派だね。すぐにできてすごいね!」
「おお……!ガサツを絵に描いたようなリリアのものとは思えないほどきれいなのですよ!」
ぽかん。
アルターの脳天に拳型の隕石が落ちた。
「ぐおおお……っ」と頭を抱えてうずくまるアホをよそに、ログマも本から顔を上げて「肯定。素晴らしい」と頷いていた。
僕は、鼻高々にしているリリアの円を、もう一度見た。
閉じた円の内側で、赤い魔力がぐるぐると回り続けている。回りながら、周囲の魔力を巻き込んで、わずかに明滅している。まだ、外に出たがっていた。
でも、出ていかない。教えられた道を、ちゃんと守っている。
明滅が一定間隔。規則性があるっぽいか、これ。まるで、何かを言っているような……というか、交信しているような……。
「——質問。エディン、ちょっといいでしょうか」
ログマの声がした。
「なに?」
「彼方。あれは、なんでしょうか」
彼は、箸の先で、広間の隅w刺していた。
そこには、背の高い置き時計があった。
「水時計だよ。時間を測るらしいよ」
水時計。
透明な硝子の中に、魔石がひとつ沈んでいる。水を生み出し続ける魔石が、一定の水量を吐き出し続けるから、そこから時間を逆算するらしい。
……ん? というか、これ一昨日もログマに説明したな。
で、その時も答えたはず。てことは、ログマが聞きたいのってこれじゃなくて——。
恐る恐る、その目盛りを見た。
水位は——。
「………………」
「………………」
リリアと、目が合った。
アルターとも、目が合った。
二人が僕の視線を追って、水時計を見た。
そして、もう一度。僕を見た。
「エディン」
「うん」
「船って、何時だったかしら」
「……七の刻」
「今、何の刻だったかしら」
「……………………六の刻の、三十分だね」
「リーリエさんが来いっていったのは、何時だったかしら」
「……………………六の刻の、三十分だね」
沈黙。
——ボォォオオ……ッ!
汽笛が、二度目の音を上げた。
さっきより長く、さっきより、近く。
「「「「うおおおおおお——ッ!!!!???」」」」
全員、急いで荷物を持って宿の外へ飛び出した。
宿の人にあいさつする間も、なかった。




