神気≒法力
大やらかしをやらかしました
――法力は、魔法・物理問わず消し飛ばす。
だが、正確には違う。
法力は破壊しているのではない。
既存の法則を、より上位の法則によって上書きしている。
法則そのものを運用する破格のエネルギー。
――それならば。
――新しい魔法法則を、法力で作ってしまえばいい。
※※※
雷鳴が全身にまとわりつく。
稲光が空気を裂いては肉にまとわりつき、段違いの強化をここに成立させた。
歓喜するイルゲルムを放置し、法力を練り上げる。
いまだ、身体を雷光が灼いている。絶え間なく皮膚を剥がすような激痛が走り、肉体が崩壊しそうになる。
「すう――」
呼吸をひとつ挟む。
気をやってしまいそうなほどの痛みを戦意に昇華させ、『亡星』にも強化の稲妻を纏わせる。
鼓動が轟雷のように体内に響き、全身の血液、神経に至るまでを沸騰させる。
「神気を強化に偏向させ、体表に纏わせているのか。
気魄でここまでの純度の法力を編み出す術があるとはな」
僕の斬撃を受け流しながら、イルゲルムは僕の能力を暴くように告げていく。
「神気で魔法など、普通は使えん。魔法とは魔法法則に接続せねばならん。神気はこの接続を阻害するほど強力なエネルギーだからな。
だが、貴様は逆転の発想を得たわけだ」
イルゲルムが口角を上げたまま語る。
音もなく影の刃が全方向から迫った。八本の連撃。ほぼ同時の黒い斬撃が予備動作もなく放たれ――。
「――亜」
すべてを、叩き落とす。
『亡星』の刃がすべてを叩き落とし、遅れて大気を轢断し、斬撃をイルゲルムへ返す。
「――神気で、新たな魔法法則を疑似的に創ったのだな?」
両刃槍を力づくで変形。
双剣となった刃で、超高速の八連撃をイルゲルムはいなし切った。
が――。
「ほう――」
たたらを踏んで、大きく後退した。
その両手が、びりびりと痺れているのが視えた。
「エディン……」
ほぼ虫の息。
<神牡牛の蹄嘶>も既に解けたリリアに<回帰原理>を行使する。
<回帰原理>を拒んでいたのは<神牡牛の蹄嘶>の火だ。なら、それが解けた今、<回帰原理>を拒むものは何もない。
黒い炭になりかけていた彼女が、時計の針が逆巻き、白磁の少女へと戻った。
「リリア」
「お待たせ」
一言を贈る。
リリアの表情が、一気に花開いた。
厳かに、死を覚悟したものから、いつもの戦士の笑みへ。獰猛で、どこまでも麗しい赤き獣の笑顔を浮かべ。
「ええ!」
「征きましょう、エディン。今度は、いっしょに!」
再度、<神牡牛の蹄嘶>を展開した。
青い稲妻と赤い炎。相対するそれに、イルゲルムは満面の笑みを浮かべた。
「よい! よいぞ! それでこそだ! 若き狩人、好敵手よ!」
イルゲルムは双剣を腰深く構え、魔力を大きく放出する。
「どちらかが死するまで、この戦から出られぬと知れ!」
イルゲルムが哄笑を浮かべ、黒い影を全身にまとった。
威圧感は増すばかり。今まで相対した、どんな敵よりも濃密な戦意と殺意が、僕とリリアに叩きつけられる。
だが、なんでだろうか。
「望むところだ」
負ける気だけは、全くしなかった。
※※※
黒い嵐と、青い雷鳴。深紅の炎。
一秒の時に百の剣戟を交わす。鍔迫り合いの音が幾重にも重なり、奇妙な重低音となって砂浜を弾き飛ばす。
リリアの踏み込みの余波で海岸線に並ぶ木々が燃え落ちる。
僕が刃を振るう度に大気を切り裂くような轟音が轟く。
「はは」
僕らを前に、イルゲルムが笑う。
迫る二つの暴威。イルゲルムは絶技の双剣と影の源流能力ひとつで相対し、捌き切る。
振るわれる双剣の片割れを、半身になって躱す。
空間に黒い、墨のような影が残る。僅かに空間を軋ませ、しばらく滞留し続けた。
(接触が死に直結する、か。一発食らえばアウトだな)
限界を遥かに超えて引き延ばされた知覚。本能的直感が大音量で警鐘をかき鳴らす。
イルゲルムが双剣と体に纏わせた影の濃度は尋常のそれではない。
一振りで法力によって強化した『亡星』を軋ませ、刀身が悲鳴を上げている。
「はぁ――ッ!!」
赤い炎と一体化したリリアがまっすぐ突っ込む。
灼熱の刃を音速をも轢き殺す勢いで振るい、発生した衝撃波が暴熱により焼き潰される。
剣戟は赤く煌めき、五条の斬閃を刻む。
そこへ、僕も合わせる。
薄く伸ばした法力を全身に包み込み、流星と化したリリアに雷光となって追随する。
「むんっ!」
イルゲルムの影に染まった両手が動いた。
影を刃一点に束ねる。右手で流星の赤剣を撃ち落とし、左手で僕と鍔迫り合う。
「《影流し》」
イルゲルムが御業を唱える。
影の刃が僕らを囲う。包囲された斬撃の嵐を僕らは後方へと跳躍して抜け出す。
「なるほど、ログマと開発した治癒魔法との併用か」
イルゲルムがわずかに荒れる息を戻し、不敵に笑って見せた。
「エディン。いかに貴様が優れた術師であったとしても、神気を体内で活性化させるのは相当なダメージを生むはずだ。
それをここまで連続で戦闘を続けられている理由はひとつ」
真紅の鋭い目を僕に向けたまま、奴は牙を剥いて笑う。
「体内で別途、治癒魔法を展開している。
そも、その神気の展開もそう長くは持つまい。
もってあと20秒。そうではないか?」
「さあ」
青い雷光を体表に纏ったまま、刃を構えなおす。
「ご想像にお任せするよ」
頬を伝う汗を稲妻によって蒸発させ、やつをまっすぐ見据える。
イルゲルムの考察は、ほぼ正解。
ログマと開発した治癒魔法を心臓に展開し、治癒を爆音で上がる鼓動にて送り出している。
体表を覆う法力と、体内を巡る治癒魔法。
本来ならば反発する二つの力を、《流月》による気魄操作によって寸分違わず隔離する。
《蒼眼》による肉体の崩壊する限界を観測し、治癒治癒を最適化し続ける。
「ふっ!」
リリアの踏み込みに合わせ、刃を振るう。
踏み込みは雷速。体の全神経が悲鳴を上げている。
踏み込みだけで身体が砕け散りそうなほどの痛みが走るが、傷自体は発生していない。
秘匿している、僕の源流能力である【星輝戴星】。
耐性獲得——『自壊』。
本来なら発生しない、規格外の強化による内臓の断裂や骨の粉砕を低減するもの。
これにより、防御面を完全に捨てた機動特化により、超音速を遥かに超えた速度の攻防を維持できる。
さらに一歩踏み込む。
加速、加速、加速。音を越え、眼に見えるすべてを間合いとし、肉体にかかる負荷のすべてを無視して躍動。
一刀に速度の重みをのせる。
唐竹、袈裟、逆袈裟、一文字――!
正面、切り上げ、切り下げ、横薙ぎ。リリアの息を視るまでもなく読みきり、全く別の方向から連撃を仕掛ける。
「は、はは。はははははっ!」
イルゲルムの調子が限界まで高まる。
哄笑を上げ、歪んだ笑みを浮かべたまま僕とリリアの斬撃を辛うじて凌ぎきる。
「素晴らしい! すばらしいぞ、エディン、リリア! 貴様らは、貴様らは……! 正しく覇者の才を持っている!」
イルゲルムは熱に浮かされたような調子で、正面から戦いを続ける。
小細工を一切弄さない。正面切った剣と剣の合戦。イルゲルムはいくらでも使えるはずの卑劣な手段を全く使う気配がなかった。
心地よい。
千を超える剣戟が。一手を誤れば即座に敗北するようなこの命のやり取りが、たまらなく楽しくて仕方がない。
隣でリリアが燃え上がる。
痛みなど、リリアは忘却の彼方であろう。灼熱の苦しみも、この戦の狂熱と比べればぬるま湯のようなもの。
「――名残惜しいが、次で決着だ」
イルゲルムが僕ら二人を弾き飛ばす。
双剣を両刃槍へと戻し、腰だめに深く構えた。
魔力の符をかみちぎる。
<神牡牛の蹄嘶>を解き、深いやけどを負ったリリアに<回帰原理>の回復を浴びせる。
これで魔力の符はなくなった。
次で、決まる。
僕らの戦いは長期戦には向かない。イルゲルムという遥か格上の存在へ刃を届かせるために、己を焚べ、食いつぶす強化だから。
「出し切ろうではないか」
渇いた熱が、イルゲルムの口から漏れた。
イルゲルムの魔力が高まる。
奴は、彼は僕らの限界を理解している。勝つだけなら、長期戦に持ち込めば勝てた。逃げ回っていれば、僕らに勝てる。
それをせず、僕らの土俵の上で戦ってくれた。
「――」
敬意を。種族の違う、人の不倶戴天たる魔族イルゲルムへ、僕は敬服の念を刃に込める。
リリアも同じく、渦巻く炎の瞳を描く。
炎熱が彼女の身体におり、<神牡牛の蹄嘶>を展開する。
リリアの魔力も、もう底をつきかけていた。
この一撃に賭ける。
全神経を互いに次の一撃のために練り上げ、叩きつけるべく集中を過熱させていく。
その、瞬間。
「……え?」
僕の脇腹を、何かが貫いた。
横から到来したもの。青く、加圧された水が、容易く僕の身体を切り裂いた。
「ログ……マ?」
下手人は、僕のよく知るランニングマグロ。
僕たちが救うべく、動いていた彼の口から放たれた、加圧された水鉄砲が容易く僕の身を貫いた。
鮮血が噴き出す。
内臓のいくつかが、切り裂かれている。
……ははは、こりゃログマとやった治癒魔法じゃ、どうしようもない傷だなぁ……。
「エディン!」
リリアの悲痛な叫び。
<神牡牛の蹄嘶>の術式を霧散させ、まっすぐ僕に駆け寄る。
イルゲルムの目が、大きく見開かれた。
「――ダメじゃないですかぁ、イルゲルム閣下ぁ」
海の果てから、一枚の式神が姿を見せる。
それが人を象り、醜悪な笑みを浮かべた男へと変わった。
リューリュ・ヴェティ。
「仕事を放棄して、勝手に楽しんでいたら。そりゃあ、ミーも許せなくなっちゃいますよ」
にたにたと笑い、リューリュが手を振るう。
凍り付いたように止まっていた魔物たちが、一斉に動き出す。
僕たちとの決闘の代わりに進軍を止めていた魔物の進撃が、再始動したのだ。
※※※
「貴様……! 我と戦士たちの神聖な決闘を邪魔立てするか! リューリュ!」
「えぇ。しますともぉ」
リューリュが魔物を手足のように操りながら、イルゲルムを冷笑する。
「閣下はそこのエディンくんの魔法砲撃を止めるために飛び出したのですよねぇ?
ここの指揮権は閣下ではなく、ミーにある。契約でそう取り決めたはず。閣下の専行は、契約違反では?」
血が止まらない。
喉奥から血の塊が上がってくる。吐き出しても、いくらでも沸いてくる。
「………………っ!」
イルゲルムは深いしわを額に刻んだ。
手に持った両刃槍は震え、彼の顔は真っ赤に染まってリューリュを睨んでいた。
「はあ。では、仕方ありませんねぇ」
リューリュは大きくため息を漏らし、手を天に掲げた。
「『契約によって命じる。閣下。我らの計画の障害となるエディンならびにリリアを、早急に排除しなさい』」
イルゲルムの身体が、跳ねるように痙攣した。
何かに操られるようにイルゲルムの身体が動き、両刃槍を双剣にしてまっすぐこちらへ歩みを進める。
「……! 卑怯者! 戦士の決闘に横槍をいれるなんて! その上、イルゲルムを操ってまでこんなことをして、恥ずかしくないの!?」
「恥ぃ?」
リューリュの冷たい声が響く。
「そんなもの、何の役に立つんですかぁ? そんなもの抱えて戦ってるから、足を掬われるんですよ。
責めるべきはミーじゃなく、ユーたちの知能のなさではぁ?」
「………………っ!」
リリアが奥歯を嚙みしめる。
思考が、だんだん回らなくなってきた。熱い血が、わき腹からだんだんと抜けていく。
僕の頭を抱き寄せているリリアも、もう魔力が底をついている。
万事、休すか。
寒い。イルゲルムが震えながら、こちらに歩みを進めてくるのが視えた。
「…………エディン。すまぬ」
双剣が振り上げられる。
イルゲルムの顔には深い悔恨が刻まれていた。
彼の刃が、過たず僕とリリアに振り下ろされる。
『だらしのない。それでも貴公は僕の教えを受けた生徒かね』
赤い太陽が、海に咲いた。
重なった魔物の軍勢が爆炎と共に焼き消されていく。矢継ぎ早に爆炎砲が放たれ続け、海に屍を累々と重ねていく。
だが、ランニングマグロには一切の被害がない。
強固な細い結界が彼らを拘束し、身動きをとれないようにしていた。
同時に、イルゲルムの身体が氷漬けになる。
刃を構えたまま氷点下を下回る凍気が彼を縛り付け、その場に氷の彫像を作った。
「源流能力――」
「【俱舎慾】」
少年の声が響く。
同時に、魔力の管が僕とリリアの身体に刺さった。
間髪入れず、濁流のような魔力が僕とリリアの身体に注がれていく。
治癒魔法が効力を発揮する。
みるみるうちに僕の腹につけられた傷が癒え、立ち上がれるようになった。
「まったく。この僕がわざわざ出向いてやることになるとはな。
この貸しは高くつくぞ、エディンくん?」
青髪の少年が、僕の隣に姿を見せる。
その身にまとう、膨大な魔力。火山を髣髴とさせるほどの量を渦巻かせた少年。
【魔神】リモル・ケッツァーが姿を現した。
※※※
「………………は? なんで、こんなところに【魔神】がいるんですかね」
リューリュの表情が凍る。
「なに。旧友の頼みでね、そこなエディンとついでにリリアの面倒を見てほしいと頼まれたのだよ」
ぱりん。
イルゲルムを縛っていた氷が音を立てて砕け散った。
双剣を構えたまま、イルゲルムは険しい表情でリモルさんを睨む。
瞬間、リモルさんの首が飛んだ。
「ふむ。随分な挨拶だな」
リモルさんは首が飛んだまま、不敵に笑ってみせる。
その身が魔力の粒子になり果て、その場から消えた。
「まあ、いかに【魔神】といえど所詮は魔法師。閣下の前に出てきてもできることなど――」
『わかっていないな』
リューリュの言葉を、どこからか響くリモルさんの言葉が遮った。
『貴様らは逆鱗に触れたのだ。竜の逆鱗よりも恐ろしい、男の怒りを買った』
空気が変わる。
周囲を満たしていた闘気が、一気に冷え切るほどの静寂が場に訪れた。
嵐が来る、前触れのような静けさだった。
イルゲルムが何かを察した。刃を構え、周囲に目を配って警戒を続けている。
リューリュは訝し気な面持ちのままだ。魔力を薄く伸ばし、周囲を警戒している。
『さあ。牢記しろ。お前たちの頭上に』
『怒れる神話が降り立つぞ』
一斉に、全員が上を見た。
稲妻が、イルゲルムへと疾走した。
それは、音を彼方に置き去りにしたような速さ。人類の限界を遥かに凌駕した、絶対的な一撃。
「…………っ!?」
イルゲルムが双剣を交差させ、その一撃を防いだ。
濛々とした土煙の中、一人の男がイルゲルムに黒い刃を突きつけていた。
「遅くなってごめん」
その男の名こそ、僕の兄貴分。
僕が誇る、最高の友にして。
「そっちは任せた。こっちは任せろ」
僕の知る、最強だった。




