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46/72

遊日







 列車が完全に停止した。


 真っ先に目へ入ったのは、駅の乗降場(ホーム)だった。

 不自然なほど広い。


 今は人影もまばらだが、普段は大勢の旅客や出店で賑わっている場所なのだろう。窓から眺めるだけでも簡単に想像できた。


 証拠に、列車の出口へ敷かれた鉄板は大きくすり減っている。


 日常的に、数え切れないほどの人々が行き交ってきた痕跡だ。


 思っていた以上に、この国では多くの人が鉄道を利用しているらしい。


「さ。着いたし、降りようぜ」


 リーリエさんが愉しげに告げ、肘掛けへ指先を置いた。


 座席から緑色の魔力線が走る。


 車内を支えていた不思議な浮遊感が消え、列車の重みが線路へ落ちた。


 同時に、重厚な音を立てて扉が開く。


 アルターが椅子から立ち上がった。僕も続いて腰を上げ、荷物棚へ載せていた全員分の荷物を取り、それぞれへ手渡しながら出口へ向かう。


「ん~、いい薫りなのです」


「本当だね」


 先に外へ出たアルターと並び、駅へ流れ込む街の香りを嗅ぐ。


 微かな潮風。


 乾いた砂と、日に温められた土の匂い。


 近くには漁村があり、地図を見た限りでは鳥取砂漠なる場所も隣接している。その二つが混ざった香りなのかもしれない。


「ヴシュウウウウ…………」


 列車の前方から、疲れ切ったような呻き声が聞こえた。


 <式神・火牛>だ。


 よく視れば、蹄は傷つき、脚の筋肉も一部が断裂している。


 【伯方】から【出雲】まで、数百キロにも及ぶ道のり。


 リーリエさんから馬鹿げた量の魔力を供給されていたとはいえ、それを僅か一時間で踏破したのだ。


 そりゃあ、こうもなるよな……。


 あまりに可哀想だったので、<回帰原理(イニラ・イム)>を使うことにした。


 描き上げた魔法陣から白い光が溢れ、<火牛>の傷ついた身体を、健康だった状態へと回帰させていく。


「ありゃ。悪いね、エディン君」


 リーリエさんが軽い調子で笑った。


「そんなとんでもない魔法まで使って、ウチの木偶に気を遣わせちゃってさ」


 人差し指と中指を揃え、刀印を結ぶ。


 その指先を、縦一文字に振り下ろした。


 瞬間。


 長大な列車が、白煙の中へ消えた。


 煙の奥から数十枚もの形代が飛び出し、次々とリーリエさんの指の間へ収まっていく。


 うっひゃあ……。


 あれだけ巨大な列車を、一瞬で符へ戻した。


 霊符に使われている素材も、間違いなく最高級品だ。


 物質圧縮。


 重量軽減。


 内部空間の拡張。


 それらの術式を息を吸うように同時行使している。


 この人、本当にどうなってるんだよ……。


「いや~、助かったよ。ほんと」


 へらへらと笑いながら、リーリエさんが再び印を結ぶ。


「――召還」


 <火牛>の全身を、緑色の術式が包み込んだ。


 巨大な身体が光へ変わり、一枚の霊符へと収束していく。


 ……なるほど。


 あれが式神術か。


 陰陽道・式神術。


 魔獣や魔物を使役する術とは、どのようなものなのかと思っていたが、その実態はかなり高度な術だった。


 霊魂。


 肉体。


 精神。


 生物を構成する三つの要素を術式へ変換し、符の中へ刻みつける。


 生きた魔獣を、術者の命令へ従う人工生命へと作り替える術だ。


 術式の構造から察するに、魔物や魔獣を式神へ変えるためには、対象を屈服させる<調伏の儀>が必要となる。


 極めて危険な儀式だろう。


 だが、その危険を乗り越えた分、式神となった後の安全性と持続性は抜群だ。


 どれほど無茶な使い方をして傷つけても、霊符へ戻せば、蓄えられた魔力によって肉体が徐々に修復される。


 ……ちょっと待て。


 これ、人道的にどうなんだ?


「まあ、魔物だしな」


 僕の考えを読んだように、リーリエさんが言った。


「人間サマを食い殺しに来たんだ。骨の髄まで利用されたところで、文句は言えないだろ」


 霊符へ戻った<火牛>を寄木細工の箱へ入れ、その上から封印用の符を貼り付ける。


「同意だな」


 リモルさんも当然のように頷いた。


「使えるものを徹底的に使い尽くす。それこそが陰陽道であり、錬金術だ。尊厳など二の次なのだよ」


「倫理観が、この中で一番終わってるヤツに言われたかないんですけど」


 リーリエさんが不満げに言い返す。


 ……なるほど。


 そうした容赦のない精神性こそが、陰陽道の根底にあるのか。


 圧倒的な効率性。


 僕はそれを高く評価していた。


 だけど見方を変えれば、これは病的なまでの吝嗇(りんしょく)だ。


 奪った命も、死骸も、魂すらも無駄にしない。


 何もかもを資源と捉え、徹底的に使い切る。


 モーリス君へ目を向ける。


 彼は澄み切った、どこか遠い瞳で、師匠が収めた式神の箱を眺めていた。


「吝嗇。ドケチ。外道。大いに結構」


 リーリエさんは、何でもないことのように語る。


「命を奪った以上、どう取り繕っても外道なんだ。だったら、奪った命を最大限に活用することも、一つの弔いだろう」


 リリアの眉間へ、深い皺が寄った。


 武人としての矜持が強い彼女にとって、到底受け入れやすい話ではないのだろう。


 間違っている。


 糾弾するべきだ。


 僕の心の一部も、そう叫んでいる。


 だけど、東塔で培った冷静な思考は、リーリエさんの言葉にも一理あると認めてしまっていた。


「死した聖人や偉人を喚び戻す<神話招来・英霊召喚>なら、此だって相応の敬意を払うよ」


 リーリエさんは煙管を取り出し、雁首へ刻み煙草を詰める。


「だが、こいつらは別だ」


 指先に火を灯し、煙草へ火種を移す。


「此は、この国の最強だ」


 煙管を咥え、深く吸い込む。


「此がわざわざ出向かなきゃならん時点で、特大の被害案件なんだよ」


 細く紫煙を吐き出した。


「人が死んでる。土地が荒れてる。生き物が食い荒らされてる。誰かの生活が、根こそぎ壊されてる」


 煙の向こうから、緑色の瞳が僕らを見回す。


「そんな魔物を殺して、ただ穴へ埋めて終わるより。式神にして、人や土地を守らせる方が、よほど世の中の役に立つとは思わんかね」


 リリアは何も答えなかった。


 言い返せないのだろう。


 人の社会で生きる以上、人へ害意を向ける魔物は明確な天敵だ。


 それを討つのが、戦士や冒険者、騎士の務めでもある。


 戦士としての責務を誰よりも重んじるリリアだからこそ、その合理性だけは否定できなかったのだと思う。


 リーリエさんの言わんとしていることは分かる。


 東塔にいたころの僕だって、襲ってきた魔物を殺し、その肉を食べた。


 骨や皮、内臓に至るまで、使えるものは余すところなく利用した。


 瘴気の問題が根深いこの国において、魔物は人道的な配慮の対象外なのだろう。


 だけど。


 それを当然だと思うことには、喉へ小骨が刺さったような違和感が残る。


 どうにも胸の奥が、もやもやしていた。


「ま、理解しなくてもよろしい」


 リーリエさんは短く笑う。


「理解するのも、しないのも。受け入れるのも、拒むのも。人に許された自由だからさ」


 僕らへ背を向ける。


 豪奢な着物を羽織り直し、紫煙を引き連れながら駅の出口へ歩き出した。


「つまらんことを言うヤツだな」


 リーリエさんの後ろへ続きながら、リモルさんが肩を竦める。


 そのまま自分の身体へ、複雑な魔法陣を描いた。


 上空から、肉眼では捉えられない魔力の光が降り注ぐ。


 魔法陣へ光が集まるにつれて重力が弱まり、リモルさんの小柄な身体がゆっくりと宙へ浮き上がった。


「アイテールに戻るんですか?」


「ああ」


 リモルさんは退屈そうな顔を隠そうともせず、リーリエさんの背中へ視線を向けた。


「説教臭い空気は嫌いなのでね。退散させてもらうよ」


 どうやら、リーリエさんの回答が気に入らなかったらしい。


 何が気に入らないのかまでは分からない。


 だけど、態度にはありありと表れていた。


「一つだけ、聞かせてください」


 上昇を始めたリモルさんを、静かに呼び止める。


「リモルさんが【出雲】へ来た、本当の目的は何ですか?」


 警戒を込めて、その紅い瞳を見つめる。


 リモルさんの考えていることは、いまだによく分からない。


 【魔神】の<神話継承(ジョブ)>に憑いた彼の腹の底を読み切れないことなど、承知している。


 それでも、不気味だった。


 リリアも僕の後ろで、いつでも剣を抜けるように構えていた。


「そう警戒するな」


 リモルさんは、僕らを安心させるように両手を広げる。


「僕は、この国になど毛ほども興味がない」


 ゆっくりと語りながら、心底愉しそうに笑った。


 紅い瞳が、ぎらぎらと危うい光を放っている。


「僕の狙いは、ただ一つ」


 黄金に関する情報へ釣られ、不法入国してくるであろう一人の教授。


「リーリエの元弟子にして、<叡智の学堂アルカヌム・マギステル>における最高権力者の一人」


 口元を、悪辣に吊り上げる。


「錬金学科祭主――惟任(コレトー)小鳥遊(たかなし)


 リモルさんは、その名を愛おしむように口にした。


「彼女との対談だよ」






※※※






「エディ~ン!!」


 少し重たくなった空気を吹き飛ばすように、予想外の声が僕の耳を打った。


 声の主は、先頭を歩いていたリーリエさんなど眼中にない様子で横を駆け抜ける。


 そのまま一直線に僕のもとへ迫り、身体を軽々と抱え上げた。


「わっ、イルク!?」


 僕の兄貴分、イルク。


 旅装に身を包み、荷物まで抱えた僕を難なく持ち上げ、その場でくるくると回り始めた。


 柔らかな笑顔。


 懐かしい藍色の瞳。


「【出雲】まで来てくれて、ありがとね~!」


 ぎゅう、と強く抱き締められる。


「外にバーベキューの用意してるからさ。百人前くらいなら余裕で食べられるよ~!」


「ほ、本当!?」


「もちろん。それより、だいじょうぶ?」


 イルクの藍色の瞳が、心配そうに揺れる。


「ドチビクソカスサディストとか、そこの倫理観ド腐れカス女に変なことされなかった?」


 ちょ、イルク……!


 周囲の人が見てるから……!


 「あの二人は一体どういう関係なんだ」みたいな目で見られてるから!


 物凄く変な目立ち方してるから……!


「おいお~い。イルクくぅ~ん?」


 背後から、妙に明るい声が響いた。


「倫理観ド腐れカス女って、誰のことかな?」


 リーリエさんが、満面の笑顔でこちらを見ている。


「テメエ以外に誰がいるんだ、間抜け」


 イルクは僕を抱えたまま、絶対零度の視線を返した。


「陰陽師や錬金術師なんざ、倫理観の『り』の字もねえだろ」


「へえ……?」


 リーリエさんの声が、さらに陽気になる。


「さすが、お仕事をサボって弟分のところへすっ飛んでくる、倫理観の鑑ことフレドリクス・アイネイアス君は言うことが違うねえ」


 フレドリクス。


 イルクの本名だ。


 僕の兄貴分は、本名で呼ばれることを嫌っている。


 実際、僕がそう呼んだ時も、すごく嫌そうな顔をしていた。


「勤労精神とか、お持ちでないのかな?」


「迷宮特典で作った分身体を残してきてるに決まってんだろ、バ~カ」


 イルクは鼻で笑う。


「俺が持ってる迷宮特典の数を調べてから出直してこいよ。自称・神獣軍大将軍様」


「はぁ~?」


 リーリエさんのこめかみに、青筋が浮かぶ。


「此は、正式に閣下から認められてますし~?」


 煙管をくるりと回し、笑顔のままイルクを睨みつけた。


「フレドリクス君の飼い主である、初恋拗らせ腹黒政略大好きロリエルフおばさんと違って、葬儀にもちゃんと参列してますから~?」


「…………」


「負け犬の遠吠え、乙! って感じ?」


「はっはっは~」


 イルクが朗らかに笑った。


 目だけが、全く笑っていない。


「さすが、神獣軍のおっかけファンは格が違うね」


 僕を抱いている腕へ、少しずつ力が籠もっていく。


「始まりの地である【出雲】を自分の墓場にしたいなんて、殊勝な心掛けじゃないか」


「何それ、ウケるんですけど」


 リーリエさんも、あり得ないほど楽しげに笑う。


「武器自慢しか能のない脳筋子犬が、武も魔法も極めた此に勝てると思ってんの~?」


「「はっはっはっはっは!!」」


 ……胃が痛い。


 イルクが僕を抱く力が、どんどん強くなっている。


 腕も少し痛くなってきた。


 リーリエさんも一見いつも通りだが、手にした煙管がぎしぎしと軋んでいた。


 何より、周囲には既に強固な結界と認識阻害の術が張られている。


 どう見ても、大乱闘開始の数秒前だ。


 ありがとうございました。


 イルクは背広の内側へ隠している黄金の腕輪へ、気魄を流していた。


 収納能力に特化した迷宮特典。


 その内側から、恐ろしく鋭い刀の気配が滲み出している。


 リーリエさんも魂の源流基盤へ気魄を巡らせ、格納している武装を、いつでも肉体と融合させられる状態へ移行していた。


 朗らかに笑い合ってはいる。


 だが、一触即発。


 噴火寸前の火山が、一瞬だけ静寂に包まれているような恐怖が漂っている。


 二人が同時に、大きく息を吸い込んだ。


「――ストォォップ!!」


 イルクの腕から、ひらりと飛び降りる。


「お互い、怒らないの! もういい大人でしょ!」


 二人の間合いが交錯する、その一点。


 僕は魂から【天璽聖劍】を顕現させ、そのまま二人の間へ放り投げた。


 黄金の聖劍が、稲光のように宙を奔る。


 二人の魔力を切り裂きながら、その間へ深々と突き立った。


 イルクが、たたらを踏む。


 その手には、物騒極まりない漆黒の太刀。


 リーリエさんも立ち止まっていた。


 片腕は既に巨大な薙刀へ変貌し、周囲には大量の霊符が衛星のように浮遊している。


「喧嘩、よくない」


 咄嗟に片言となりながら、二人へ掌を向ける。


「ここ、都市部。二人が暴れたら、吹っ飛ぶ。お分かり?」


 心胆が縮み上がっていた。


 ……怖ぇ。


 やめてよね。


 二人がぶつけ合っていた殺気の余波とはいえ、それを僕へ向けるの、本気で怖いから。


 割って入った僕が悪いんだけど!


 だけど、こんな場所で人外二人の魔境決戦が始まったら、【出雲】の街くらい簡単に吹き飛ぶ。


 【聖劍宮】で戦ったトワさんすら上回る覇気と殺気に挟まれれば、さすがの僕でも失禁しかねない。


 現に、少し離れたところでモーリス君が気絶していた。


 アルターはリリアに庇われている。


 庇っている当人である、戦闘大好き少女のリリアさえ顔色が悪い。


 膝ががくがくと笑う。


 涙目になった僕を見て、イルクとリーリエさんが顔を見合わせた。


 その時。


 ぴん、と上空から一筋の光が差し込んだ。


 強固な結界。


 認識阻害。


 殺気と魔力が渦巻く、戦闘開始寸前の空間。


 その真上から、何の遠慮もなく光が降り注いでいる。


 光の柱が明滅し、やがて小柄な人影へ変わった。


「――まったく」


 呆れ果てたような声。


「貴公らは、落ち着きというものを知らんのか」


 青い髪を揺らし、小柄な少年が空中から僕らを見下ろす。


「少しは僕を見習え。僕を」


「「「「お前が言うな!!」」」」


「お前が言うな、なのです!!」


 全員から、間髪を容れない突っ込みが入った。


 どの口で言ってんだ、リモルさん(あんた)


 賭博感覚でリーリエさんと怪獣大戦を始めようとした、倫理観の欠片もない【魔神】が、堂々と帰還してきた。


「それで」


 リモルさんは、何事もなかったかのように地面へ降り立つ。


「バーベキューは? やるのであろう?」


「「「「「殴り込みに来たんじゃねえのかよ!!」」」」」


 ほんと、何なんだ。


 この人たち……。






※※※






 浜辺。


 小さな漁村の近くにある、白砂の海岸。


 御料所のような気品を持つ一角を丸ごと貸し切り、僕らはバーベキューを始めていた。


「それじゃ、全員が無事に到着したことを祝って――」


「乾杯!」


「「「「「「乾杯!」」」」」」


 かん、とグラス同士がぶつかる音が浜辺へ響いた。


 麦酒と呼ばれる黄金色の酒を、年長組が一気に飲み干す。


 直後、心底旨そうな呻き声が幾つも上がった。


「旨いね~!」


 リーリエさんは、金網の上で焼いていたイカ串を手に取る。


「やっぱり、浜辺のバーベキューは季節を問わず最高さ!」


 上機嫌に笑いながら、イカへ齧りついた。


「エディンくぅん」


 今度は、いい具合に焼けた肉串を一本持ち上げる。


「イルクが用意したタレを塗った肉串、すっごく美味しいから食べてみ?」


 僕へ差し出してきた。


 ……珍しい。


 この御仁が、自分から何かを勧めてくるなんて。


「ありがとうございます。それじゃ、いただきます!」


 受け取った串へ、思い切り齧りつく。


 瞬間。


 旨味が、口の中で爆発した。


 分厚い肉。


 この強い弾力と濃厚な脂は、【豚鬼(オーク)】だろうか。


 肉そのものの歯応えと旨味は、語るまでもなく素晴らしい。


 だけど、それ以上に塗られたタレが絶品だった。


 弾けるような辛さ。


 舌へ叩きつけられる、力強い塩味と深いコク。


 ただ辛いだけではない。


 遅れて果実のような酸味と柔らかな甘みが広がり、刺激を包み込みながら、舌の上へ色とりどりの味を残していく。


「おいし……!」


 思わず、目を見開いた。


「イルク! これ美味しいよ! すっごく美味しい!」


「本当ね……。これ、何のタレかしら」


「んんっ! ずいぶんと珍しい味付けなのです! でも、どこか懐かしい味なのですよ!」


「ぴりっと来るけど、癖になる味だね」


 リリアとアルター、モーリス君も肉串や魚串を頬張り、驚いたように目を丸くしていた。


 ちなみに、僕らの飲み物は全員果実水だ。


 公共の場だから、酒は禁止と言われてしまった。


 けち臭い……。


 まあ、僕は酒にあまり強くないから、別にいいんだけどさ。


「でしょ~?」


 イルクは金網の前へ座り、新しい肉を次々と並べていく。


「エリス流バーベキュー。昔、徹底的に仕込まれたからね~」


 慣れた手つきで肉を返し、特製のタレを塗っていく。


「どんどん焼いていくから、好きなだけ食べてって~」


「ならば、僕も百五十本ほど頂こうか」


「テメエはピーマンでも食ってろ」


「僕はピーマンが嫌いなのだが!?」


 イルクとリモルさんが、金網を挟んで派手に揉め始めた。


 でも、二人とも楽しそうだ。


 声は怒鳴り合っているけれど、先ほどのリーリエさんとのやり取りとは違う。


 空気の中に、明確な遊びがあった。


 あ。


 そうだ。


 この雰囲気に流されて、聞かなきゃいけないことを忘れるところだった。


「そういえば、リーリエさん」


 麦酒を呷りながら、イルクとリモルさんの争いを見て笑っていたリーリエさんへ声をかける。


「僕らに<荒神祭>の護衛依頼を出していましたけど、具体的には何をすればいいんですか?」


「んー?」


 今回の依頼は、<荒神祭>の護衛。


 正確には、黄金を売り捌く市場の警備だと聞いている。


 用意周到なリーリエさんのことだ。


 僕ら以外にも、当然護衛を雇っていると思っていた。


 その人たちとの顔合わせもしておきたい。


 だけど、周囲にはそれらしい人間が見当たらない。


 本当に大丈夫なのだろうか。


 リーリエさんは、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「実はね」


 視線を逸らしながら、言いづらそうに口を開く。


「<荒神祭>そのものの護衛をやってもらうつもりだったんだけど……」


「はい」


「怪しいからって、断られちゃったんだよね」


「え?」


 思いもよらない返答に、僕は固まった。


 断られた?


 じゃあ僕は、何のために【出雲】まで来たの?


「いや、本当にごめんよ」


 リーリエさんは、珍しくしっかりと頭を下げた。


「本当は<荒神祭>の中枢警備へ、君たちをねじ込む予定だったんだ」


 申し訳なさそうに説明を続ける。


「だけど、神事を取り仕切ってる連中から断られた。身元も経歴も怪しすぎるってさ」


「まあ……」


 僕ら、ここへ来たばかりの外国人だもんな。


 それは断られても仕方ない気がする。


「だから、表向きの依頼は黄金競売の警護だ」


 リーリエさんは人差し指を立てる。


「ただし、<荒神祭>の方で何か起きた場合は、そちらへも向かってもらう」


「なるほど」


 頷きを返す。


「なら、今のうちに手伝えることはありますか?」


「そっちは、まだ会場の設営中だから仕事はないよ」


 リーリエさんは肉串を一本取り、肩を竦める。


「他の警備担当については、後で紹介する。あいつらが【出雲】へ来るのは、もう少し先だからね」


「分かりました」


「それまでは、表通りへ行って時間を潰してくれていいよ。屋台や見世物も、もう始まってるからさ」


 にやりと笑い、財布を振るような仕草をする。


「かかった費用は、後で経費として落としてくれて構わない」


「なら、僕も一緒に――」


「オメーは駄目ー」


 立ち上がろうとしたモーリス君の左足を、リーリエさんが素早く掴んだ。


「此と、義足を使ったお修行でーす」


「えっ、ちょ、師匠!?」


 モーリス君が砂浜を引きずられていく。


「今日は休みだって聞いてたんですけど!?」


「移動日が休養日だろ。甘えんな」


「横暴だあああああ――!」


 悲痛な叫び声を上げながら、どこか遠くへ連れ去られていった。


 可哀想に……。


 僕には両手を合わせ、モーリス君の武運を祈ることしかできない。


 ……ほむ。


 つまり、しばらくは仕事がないということか。


 リリアとアルターの二人へ顔を向ける。


 二人とも、爛々と目を輝かせていた。


 僕には分かる。


 二人が、とんでもなく楽しみにしている時の目だ。


「よし!」


 勢いよく立ち上がり、片手を挙げる。


「それじゃあ、明日は三人でお祭りへ繰り出そうか!」


 笑顔で二人を見回す。


「一緒に行く人、手を挙げて!」


「「はーい!」」


 二人が揃って手を挙げたのは、言うまでもなかった。

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