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百鬼夜行




 白い地下迷宮が広がっていた。

 

 黒い渦の一歩先、現世と迷宮を繋ぐ門の先は巨大な迷路。

 どんよりと空気が重い。かび臭さと死臭が漂っている。魔力は黒く、汚染されていた。

 

 ねっとりと粘性を帯びたそれ。怨念や負の感情により汚染されていた魔力を見ていると、なんだか懐かしい気分になってきた。


 リステリアの東塔にい頃を思い出す。

 あそこの魔力もこんな感じだったなぁ。


「瘴気が濃いわね」


 後ろから続いて現れたリリアが眉をひそめた。


「ですね。銅級にしては瘴気が多すぎるし、濃すぎるのですよ。魔物が多そうなので、用心したほうがいいのですよ」


 最後尾のアルターがつくや否や、大きなリュックを下ろして鞄を開いて物色していた。


『瘴気』


 汚染された魔力のことだ。

 怨念にまみれ、魔物を生み出す悪意の副産物。

 吸うだけでも体に与える悪影響は計り知れない。


 アルターが音叉のような魔導具を取り出し、歩き始めた。

 音叉がぴーん、と少し高い音が鳴った。


「おお、瘴気の濃さは三級。荒れたお墓と同じくらいなのですね」

「だいぶじゃない?」


 先頭を進むリリアが突っ込みをいれる。


「なら、一応九字を切っとこうか」


 僕は符を取り出し、指に魔力を通し、前方後円の符を指で切る。


「臨、兵、闘、者、皆――」


 横に5回。


「――陣、烈、在、前」

 

 縦に4回。


 一本切るごとに一字を唱え、計9本の線を符に刻む。

 

 ぼう、と符に魔力の火が灯り、火の粉が桜吹雪のように僕らの周囲にまとわりつく。


 燃え上がる桜吹雪が周囲の瘴気を燃やし尽くしていく。


「へえ、便利。これも陰陽道なのかしら?」

「そうだよ。ほかの人が迷宮はいる前に使ってるのを視てたから、ちょっと真似してみたんだ」

 

 ぴっ、と2本の指を揃えて刀印を結び、リリアを見る。


「いやね、結構面白いんだよ。シンプルだけど奥深いっていうかさ。魔法の中でもかなり好きな部類だよ陰陽道(これ)


 符を指で挟んでリリアに見せつける。


 陰陽道は最も効率的な退魔の術の大系だ。


 魔法現象や物質を符に替え、その符を魔力で焼き切って効果を発揮する。


「瘴気が多いと魔法も効力が下がりますしねー、その点陰陽道はシングルアクションで効果が出るので、便利なのですよ」

「そうだね。魔法陣は大抵濃い魔力で空に描くから、瘴気が多いと成功率が少し下がるんだ」


 東塔にいた頃でも悩みの種だった。

 瘴気が多いと魔法が使えず。さりとて瘴気がないと魔物が生まれない。


 魔物を焼いたりして食べていた僕にとって瘴気関連は死活問題だった。


 なんて語りながら歩いていれば、《蒼眼》の範囲内に魔物の影が映った。


「リリア」

「ええ」


 先頭を歩くリリアが剣を抜いた。

 

 舌なめずり1つで表情が変わる。

 気品に満ち、少し気の抜けた笑顔から、獲物を見定めた肉食獣の凶笑へ。


 僕も思わず笑顔が浮かんでしまう。

 

 ああ、やっぱりいいね。

 死線特有の空気、そのピりついた匂い。

 否応なく沸き立つ戦意の衝動。高揚と興奮の野蛮な味。


「敵なのです?」


 気付いていないアルターが一人、僕たちの表情と雰囲気から魔力を練り上げる。


 僕は首肯を返し、『亡星(よる)』を抜く。

 刀身に宿る幾千、幾万の色が反射し、混ざって黒い刃になる。


 ずう、と体内の魔力と気魄が『亡星(よる)』に抜き取られ、「りぃん」と刃が上機嫌に鳴る。


 すぐそこに魔物がいる。

 獲物は右の通路を曲がった先。数は6。相手も僕らに気が付いている。


 あいつらも僕らに気が付き、殺意と戦いへの喜悦に歪んでいる。

 匂いかな? 何度も鼻をくすらせ、嗅ぐような動作をするたびに悪い笑顔が深くなっていく。


 僕らが若く、そして魔力にあふれた美味しい獲物だと認識したのだろう。


 魔物たちにとっては僕らはごちそうだろう。

 

 ただ、彼奴らは勘違いしていることがある。


「あ――」


 狩人はお前たちじゃなく。


「はぁぁっ!」


 僕たちだ。

 

 リリアが一気に駆け抜け、姿を現した魔物へと斬りかかる。


 見敵必殺。

 立ち木すら両断するリリアの一刀を無防備に浴びた【豚鬼(オーク)】血だまりに沈んだ。


「ゔㇶィ!?」


 【豚鬼(オーク)】がうめき声をあげ、リリアの覇気におののく。


 巨躯の豚。

 二足歩行する豚だ。指のような蹄で槍を持ち、鎧まで着込んでいる。

 

 【豚鬼(オーク)】と呼ばれる魔物たちは槍を深く構え、無防備なリリアへ槍を突きだす。


「甘い」


 ふわり、とリリアが舞うように跳ぶ。

 槍はリリアの足場となり、再跳躍。


 空中からの強烈な二閃。

 遅れて2匹の【豚鬼(オーク)】の胴に一閃が刻まれ、鮮血が噴き出る。


 炎のよう早く、強い踏み込みから一転、優雅かつ流麗な2連撃。

 

 早い一撃を見慣れた相手に対して、典雅な遅滞攻撃を挟むことで相手のテンポを強引に崩した。


 【八炎鼓】の焱も宿っていない、単純なリリアの剣技。


「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>」


 負けてられない。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の魔法を即座に描き上げ、【豚鬼(オーク)】共へ向けてぶっ放す。

 

 爆炎の砲弾が尾を引いて空を滑り、炎の華が【豚鬼(オーク)】達を焼き尽くした。


「もう。エディンったら。全部持っていったじゃない」


 もうもうと煙り、煙が晴れた先には【豚鬼(オーク)】が一匹も残っていない。

 骨も残さず消し飛んでいた。


 いや、骨は残っている。わずかに残ったそれも炭となり、地面に散らばっていた。


「……むう、火力が強すぎたか」


 三門用意していた火砲の魔法陣を下げ、顎を撫でる。

 脆すぎる。話にならないくらい弱い。


「あと、範囲もデカすぎ。みてよ、2メテルはあった【豚鬼(オーク)】が三匹もろとも消し炭じゃない」

「ええ……。弱すぎでしょ、こいつら。リーリエさんでも無防備な態勢で受けても片腕で済んだんだよ?」

「エディンはリーリエを何だと思ってるのです? 迷宮都市国家最強の冒険者なのですよ、あの人」

 

 アルターが呆れたように肩を竦める。


「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>。

【魔神】リモルが開発した破壊魔法。

 本来なら魔法師が複数人規模で扱う攻城魔法なのですよ? 火砲を個人に向けているようなものなのです」


 アルターが滔々と語る。


「いや、その理屈はおかしい。今回<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>仕込んでいる術式だって4つ。

 

 気化爆発、燃焼固定、反応促進、加速射出の4つだけ。

 リリアの【八炎鼓】の方が威力も熱反応も段違いだ。

  

 もしアルターの話が本当なら、源流能力はとんでもない神秘になるじゃないか」

 

「そうですよ?」


 アルターは呆れたようにナイフを取り出し、倒れた【豚鬼(オーク)】の身体をバラしながら語る。


「源流能力は魔法とレベルが違うのですよ。そもそも、原理が違うのです」


 アルターは【豚鬼(オーク)】の心臓を取り出し、風呂敷の上に重ねていく。


「魔法は魔法法則を使って発動する。対して、源流能力は己の世界で使う新しい法則なのです」

「……? ごめん、よくわからない。どういうこと?」


 魔法云々はわかる。

 よく使ってるからね。


 魔法法則を魔力で励起させ、術式で望んだ効果を引き出す。


 術式が精緻。【法陣構築(アヴル)】で言えば、魔法陣の文字数が多いほど魔法の効果が強くなる。


 ま、比例して魔力消費も増えるけど。


「内なる世界、ってのは魂のことよ」


 手伝おうとして断られたリリアが語り始める。


「魂が刻んだ、オリジナルの法則。それを気魄を使って起動し、物理法則や魔法法則を押しのけて顕現させる」

「つまり、魔法や物理法則よりも強く現れるってことなのですよ」


 アルターが【豚鬼(オーク)】の青銅鎧を査定し、タグに査定した金額を書きながら答える。


「源流能力は後天的にしか現れないのです。千年、下手すると万年単位で授業を重ねた果てに得る能力なのです」

「ちょっと待った。つまりリリアは1000歳超えの熟女ってこと? それってさ、若作――」


 バチコン、と僕の後頭部に強い衝撃が走った。


「あいたぁっ!?」

「張り倒すわよ。違うわ。わたしのは特例。わたし、巫女だったから。舞を奉納している時に神サマと接触して、気がついたら源流能力を得ていたの」

「もう張り倒してるじゃんか……!」


 ぷしゅう、と熱気を放っている左手をぷらぷらと振りながらリリアが答える。


「つまり、まとめるとだ。

 源流能力は魔法や物理法則よりも強い力で。

 手に入れるにはめっちゃ修行するか、神様に会うしかないってわけか」


「正解」


 リリアが満面の笑顔でピースする。

 モーリス君なら意識不明になるであろう一撃を放ったあとなのに、よくそんな笑顔ができるな。


 脳内で文句を垂れていると、ふとイルクの言葉が浮かんできた。


『女性の年齢に関わることを喋ったら、殺されても文句は言えないからね〜』


 …………すーー、なるほど。


「ごめん、リリア。僕、殺されてもおかしくないことした。腹切るから、介錯お願い」

「流石にそこまでのことじゃないわよ??」


 その場に座り込み、『亡星(よる)』の尖先を僕の腹に当てるとリリアが慌てて止め始めた。


 そこまでのことをしてしまったのならば……。首1つで詫びなければ男が廃る。


「『アプレ・ラプルイの朝日』にも書いてあった。女性に失礼を働いたのなら、命を持って購えと」

「ないわよ!? どんだけ物騒なのよその本、忘れちゃいなさいよ!」

「いま『アプレ・ラプルイの朝日』のことバカにした??」

 

 リリア……。それは馬鹿にしちゃいかんよ。


 初代【勇者】アプレ・ラプルイと初代【魔王】アヴォルスの悲恋流離譚……。僕が初めて読んだ本で、初めて感動した本だ。


「読んだことないのならオススメするよ。大丈夫。初めての友達には全員に配るって決めてるから。写本をすぐ用意するから、ちょっと待ってて」


 紙とペンを取り出し、高速で記憶の中にある文章を書き写していく。

 リリア、読もうね……!


「はいはい。馬鹿なことやってないで、さっさと行くのですよ」


 アルターは【豚鬼(オーク)】の解体を終え、僕の襟首を掴んで引きずり始めた。


「うお、ちょ、アルター……!字がズレる、ズレるから……!」

「買えばいいじゃないですか。ここに何しに来たと思ってるのです?」

「冒険……」

「ならさっさと行くのですよ。宝箱部屋はないのですよね? 下層へ降りる階段はどこにあるのです?」

「ここから……50メテル先……左方向」


 結局、紙と筆は取り上げられた。




 ※※※





 階段を降りたさきは別世界が広がっていた。


 雑木林。

 木漏れ日が漏れ、真っすぐ広がる獣道。

 鬱蒼というほど木々は濃くなく、緑の匂いは穏やかだ。


 しかし、周囲のむき出しの岩は苔()しており、蝶やミミズ、蝿に蜂。たまに視えるのはトカゲやイモリ。

 独自の生態系が築かれているのがひと目でわかった。


「ふーん、こんな感じなのね」


 リリアが迷宮を見渡しながら語る。


「1階層下がるだけでこんなに変わるんだ」


 《蒼眼》で周囲を見回しながら語る。

 先程までは白い地下墓だったのに、階段を1つ降りただけで別世界が広がっていた。


「1階層ごとに雰囲気が変わるのも、迷宮の面白いところなのですよねー」


 アルターは穏やかに語りながら、鉤状の魔導具で何やら魔力波を飛ばしている。


「お、銅鉱石なのです」


 アルターはそう言いながら森の中を先行しようとする。


「エディン」

「……ん、10時の方向に200メテル進んだ先」

「おっけ」


 リリアにアルターの行こうとしている鉱石の場所を伝えると、先回りしてアルターの前へ出る。

 アルターの後ろへ僕は回り、周囲の警戒を怠らない。


 前衛のリリア。

 後衛の僕。フレキシブルに立ち代わり、アルターの護衛をしながら戦闘を進めていくスタイルだ。


 剣好きのリリアに後衛を任せるのは少し可哀想だからね。

 挟み撃ちにされたときの為に僕が後衛を務めている。


 少し歩いた先の岩。

 そこに、銅鉱石が4つ生えていた。


「お〜〜! ザックザクなのですよ」


 アルターはツルハシを嬉々として担ぎ、ツルハシを振り下ろす。


 ツルハシの刃先が震える。

 銅の鉱石が共鳴し、一度振り下ろしただけで鉱石が弾けとんだ。


 岩から離れた鉱石がキラキラと光り、光の粒子へと変わってツルハシの中へ内蔵される。


「いやー、悪くない稼ぎなのです。楽しいですね。今だけで6万テレスなのですよ」


 アルターはウッキウキで鉱石を掘り、そろばんで何やら計算している。


「思いの外【豚鬼(オーク)】が釣れないね。この瘴気の濃さだったらもっと現れてもいいと思うんだけど……あ」


 一歩立ち止まり、斜め先を見る。

 

「エディン? どうしたの?」


 リリアが心配するように僕に話しかけてきた。


「14時の方向にある巨岩。ちょっと違和感がある」

「え、まさか……?」


 アルターが期待混じりの目を僕に向けてきた。

 ふふ、アルター。喜べ。そのまさかだ。


「隠し部屋だ。宝箱もある!」







 ※※※






 隠し部屋は案外あっさり見つかった。

 巨岩に触れると、巨岩のど真ん中が空洞だった。


「宝の山だぁ〜〜! うっひょ〜、なのですぅ〜!」


 そこに身体を割り込ませればアルターが奇声を上げながら突撃していく。

 そこは、大量の銅と宝箱があった。


 中は茶器だったり、骨董品だったり。

 ……うむ、だいたい魔導具だね。100年くらいの歴史がある。自己修復機能がある魔導具もあるかな?


「高値で売れるのですよ〜、こういう魔導具。好事家に売れば1個10万は下らないのですよー!」

「元気ねぇ」


 リリアがアルターを見つめ、楽しげに笑っていた。


「同感。でも、ありがたいよ。僕にわかるのは性能だけだからね。価値まではわからないから」


 僕がリリアに笑いかけ、口に手を当てて笑――。


「……。ちょっと出てくる」

「? 行ってらっしゃい」


 護衛としてリリアを残し、『亡星(よる)』の柄に手を置いて外へ出た。







 ※※※





 雑木林の外。

 そこの空気が変わった。


 鋭く、肌を刺すような違和感。

 何か、強烈なやばいものが迫ってきているような感覚が、うなじを刺してならなかった。


 こういうときは、決まって嫌なことが起きる。


 その警戒と、もう一つ。


「う、うう……」


 遠くの階段から、明らかに重症の冒険者の男性が登ってきてこちらに向かってきているのが視えたからだ。

 静かに体重を移動させ、木々を蹴って跳んで向かう。


 風を切り、緑の香りを胸いっぱいに吸い込みながら跳び抜けていく。


 1歩で100メテルを飛び越え、10歩を刻んで到着。


「……君、は?」

「大丈夫ですか!?」


 木から着地し、剣を杖にして倒れそうな男性を支える。


 腕を抑え、血だらけの男性のもとへちゃくちしてせまる。

 こりゃ……。酷いな、リモルさんから教わった肉体の活性魔法で治せる範疇を超えている。


 だけど、応急処置ならできる。

 符を取り出し、傷口に押し当てて癒やしながら語る。


「酷い怪我……! 大丈夫です、すぐに治療を……」

「い、い……」


 男性はそれを拒み、息も絶え絶えに言葉を紡ごうとしている。

 治療の手は止めず、少し怪訝な顔を崩さずに男性を見る。

  

 なんだ……? 焦燥感が顔に浮き出ているような……。


「逃げ……ろ……」


 男性は血を吐き出し、焦ったようにかたりだす


「報告を……。魔物が……!」


 背後の下層から、瘴気が渦巻き。


「す……すたん……百鬼夜行(スタンピード)が……!」


 幾十もの、赤い瞳が並び。

 

 魔物が一気に、こちらへ向けて爆ぜた。

 


  

 

  


 

 



 

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