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不退転

更新、遅くなり申し訳ございませんでした。




「「「ヴヒイィッッッ」」」


 【豚鬼宮】、雑木林の二階層。

 三階を繋ぐ階段から、【豚鬼(オーク)】の群れが大波となってやってきた。


 尋常な様相ではない。

 よだれを垂らし、鼻息を荒くした醜悪な笑みを浮かべている【豚鬼】の軍勢。

 指揮系統なんてまるでない、雪崩のような勢いでこちらへとまっすぐ向かってきている。


「邪魔!」


 『亡星(よる)』を抜く。

 

 漆黒の刀を滑らせ、【豚鬼(オーク)】の頸動脈を絶ち切っていく。

 鮮血が舞い、獣臭に満ちた血を頭から浴びる。


 【豚鬼(オーク)】の進撃は止まらない。

 同族の死骸を乗り越え、槍を僕に振るってくる。


(くっ、なんで気付なかった……! もっと早く気がつけていたら<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>で一掃していたのに……!)


 迫る槍を『亡星』で弾く。

 10時の方向から迫る槍を踏みつけて【豚鬼】の態勢を崩し、その首を刎ねながら考える。


 この至近距離で<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>をぶっ放したら大問題だ。

 僕は大して問題ないが、この怪我した冒険者には余波だけでも致命傷になりかねない。


 階下に《蒼眼》を広げられていたらこうはならなかったのに……!

 《蒼眼》は無尽蔵に視える代物だと思っていたけど、どうやら迷宮の階層を超えて視ることはできない。


 今知った、遅すぎる《蒼眼》の取扱説明だった。


 13時の方向から迫る槍の一撃を屈んで躱し、開けた大口に拳を突っ込む。


 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の術式を起き、手を引っこ抜く。


 瞬間、【豚鬼】の顔面が爆散した。

 

「ヴひィ!?」


 首から上が弾け飛んだ【豚鬼】が力なく後ろに倒れ込んだ。

 辺りには血と、血肉の焦げた強烈なにおいが立ち込める。


 爆裂した血の一部が即座に気化し、その周囲に血の霧雨が降る。

 

 周囲にいた【豚鬼】がたじろぎ、遅れて悲鳴を上げた。


「失礼します!」

 

 即座に僕は傷だらけの冒険者のお兄さんの身体を抱え、後ろへ跳ぶ。

 宙で一転し、【豚鬼】どもに背を向けて木々を三次元の軌道で駆ける。


「う、ああ……っ」


 お兄さんが苦痛に喘ぐ。

 視たところ骨折が複数。生傷も多く、内臓にも影響が出ているだろう。

 

「すみません、しばらくこらえてください……っ」


 申し訳ない……!

 極力膝で衝撃と勢いを殺しているが、それでもこんな重傷者にはきついだろう。

 

 だが、撤退のチャンスは今しかない。

 【豚鬼】の鼻もしばらくは同族の血煙で誤魔化せている。

 誤魔化す時間はあと五分も持たないだろう。


 三角跳びの要領で樹木から樹木へ蹴り移る。


 隠し部屋の大岩が目と鼻の先まで迫ってきた。

 入り口には既に武装を調えたリリアと、オロオロしているアルターがいた。


「リリア!」


 樹木を蹴り、岩で反転して地面に着地する。


「状況は?」


 リリアが端的に聞いてくる。


百鬼夜行(スタンピード)だ。迷宮の魔物が奥底から異常発生している」


 リリアが僅かに目を見開き、ため息を吐いた。


百鬼夜行(スタンピード)、ね。魔物の異常発生。下手をすると魔物が迷宮から氾濫する可能性が大きい災害。伝聞でしか聞いたことのない大災害じゃない」


 リリアは足に魔力を回すと、僕を静かに見つめてくる。


「撤退だ。第二階層まで侵攻が進んでいる以上、ここでの迎撃は困難。

 冒険者規則第六条に従い、迷宮の第一階層を防衛線とする」


 僕はリリアに必要な指示だけを語り、同じく魔力を回す。

 

 リリアも首肯だけを返し、すらりと剣を抜いて前方に立ってくれた。


 今は緊急事態。

 一刻を争う危険な状態だとリリアの打てば響く様な返しが、非常にありがたい。


「……それで、エディン」

「なに?」


 懐から薬草を沁み込ませた包帯を冒険者の人に巻きなおしながら、アルターに返す。


「どうしてアルターを肩に担いでいるのです?」


「?」


 怪我人を《統巡》で浮かし、アルターを米俵のように担ぎながら首を傾げる。

 

 考えるまでも無く、これが一番速く、安全だからだ。


「いや、いやいやいやいや。エディン、その、アルターも自力で走れるのですよ? それにその、この抱え方はちょっとと思うのですよ?その、乙女の大切な場所が丸見えになるのです。ちょ、前傾姿勢にならないで……っ! 話を、話を聞い――っ」


「アルター、ごめん」


 僕はアルターを抱え、クラウチングスタートの姿勢を取りながら《蒼眼》で後方を視る。

 そこには血煙が晴れ、真っすぐこちらへ向かおうとしている【豚鬼】の姿が。


「時間切れだ」


 僕は短くアルターの言葉を切り捨てる。

 脚に意識を向け、すぐそばにある幹へと視線を向け。


 ――一気に跳んだ。


「いやああああああああああああっっっっ――!!!」


 アルターの悲鳴が迷宮内に木霊し、音だけが隠し部屋に残った。








 ※※※







 雑木林を一気に駆け抜け、たどり着いたのは第一階層。

 

 相変わらずのかび臭さ。

 瘴気こそ第二階層よりも薄いけど、それでも居心地は悪く、全体的に薄暗い。


「――緊急事態なのはわかってましたけど。わかってましたけど! それでも他に何かあったのではないのですか! おんぶとか!」


 アルターは頬を膨らせて怒りながら、手際よく懐から魔導具や符を取り出し、傷だらけの彼を癒やしていた。


「ごめん。説明してる時間が惜しかったから。お叱りは後でいくらでも受けるよ。それより――」


 僕は<土壁(ウァール)>の魔法陣を描き、その壁に退魔の符を貼り付けながら前を睨む。

 ……むむ。退魔の符を<土壁(ウァール)>の土壁に貼り付けると壁の強度がかなり下がるな。


「【豚鬼】共だ。やれやれ、ここまで派手な冒険は避けたかったんだけど」


 僕はため息をつきながら、体内で魔力を練り上げる。

 防衛戦に備えながら<土壁(ウァール)>の術式を改造し、地面を魔法を掘る。


 ちなみにリリアは今、ここにはいない。


 【豚鬼】共の到達までしばらくかかることを鑑みて、ギルドへの報告と指示の聞き取りをお願いしている。


 リリアは猪突猛進なところが目立つが、聡明で品のある振る舞いができる淑女だ。


 アルターは外見で舐められやすいし、僕は対人経験が無い。

 経験を積むという名目で街を危険に晒すわけには行かない。


 リリアが適任の人材だった。


「そういえば、なんでこの迷宮を最初の任務に選んだのです?」


 アルターは気を失っている冒険者を治癒の符で癒やしながら僕に尋ねてくる。

 そうか、言ってなかったか。


 《蒼眼》で視たところ、【豚鬼】共が来るまでにはまだ時間がかかる。

 喋る余裕くらいはあるだろう。


「単純だよ。程よく戦闘ができて、それでいて稼げると思った。ごめん、説明が行き届いてなかった」


 <土壁(ウァール)>で土壁と穴を作りながら、アルターに軽く説明する。


 ここは銅級の迷宮。

 僕らが挑める迷宮は銀級までだ。

 アルターは銅級だけど、2人以上銀級の冒険者がいるのなら銀級の迷宮だって挑める。


「アルターの求めてるものはお金を稼ぐ。リリアの求めてるものはひりつく戦闘。どちらも叶えられてかつ、様子見ができる迷宮に行きたかった。だから、ここを選んだんだ」


 土壁を構築し、塹壕を掘りながらアルターの話に答える。

 やたらと成功したみたいな口ぶりで僕は話しているが、今回の件は失敗もある。


 まさか【豚鬼】が<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>一発で消し飛ぶくらいの、か弱き魔物しかいないとは思わなかった。

 

 先に先輩冒険者たちに聞き取りでもしておけば、もう少し骨のある戦いはできただろうに。


「まあ、まあ……。そんなあからさまに不満そうな顔しなくてもいいじゃないですか。しばらくしたら防衛戦なのです。そうなった時は間違いなく血反吐を吐くような戦いがあるのですよ」

「そうかなぁ」


 アルターの言葉に僕は懐疑的な反応を返す。


 この国は少し百鬼夜行(スタンピード)の扱いが特殊なんだ。

 百鬼夜行が発生した場合、大儀式で迷宮をまるごと浄化し、廃棄してしまうらしい。


 僕らの出番は儀式が本格始動するまでの間。

 つまり、近くにいるギルド本部戦力が到着するまでの時間だ。


「近くにギルド本部もあるし、戦闘時間は大してないと思うよ。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>連射してたら【豚鬼】は止められるし、詰まんなくなりそうだなぁ」

 

「まあまあ、その時はリリアと仕合えばいいじゃないですか。次はもっと歯応えのある迷宮を選べばいいのですよ」


 アルターが漏れてくる僕の不満をいなしてくれる。


 ……ふふ、やっぱ。仲間っていいなぁ。

 あの一人の寂しさとは違う。自分の納得しきれてない理屈を、仲間が外から補完してくれる。


 仲間って、本当に大事なものなんだ。

  

「……う、うぅ……っ」


「! 大丈夫ですか!?」


 冒険者の男性が目を覚ました。

 声は掠れ、喉の奥から血が混じった音しか吐けていない。


 だが、意識は戻った。


「まだ動いちゃだめなのですよ。内臓にまで傷が残ってるのです。本部隊が来るまで絶対安静なのです」


 ガサゴソと動き、背中に佩いている剣を探す彼をアルターが手で抑える。


「ここは【豚鬼宮】の入り口です。もう大丈夫ですよ、あとは僕らが――」


 僕が耳元に駆け寄り、膝をついて男性を安心させるためにゆっくりと話しかける。


「――仲間が、仲間が、まだ奥にいるんだ……」

 

「…………!」


 枯れた声で訴える男性の声に、僕は小さく声を漏らした。

 仲間が、まだ奥に……。


「でも、この迷宮は大儀式で……!」

 

 そうだ。

 この国の冒険者である以上、百鬼夜行が起きた迷宮がどうなるかなんてわかりきっている。


 わかりきっているんだ。

 

 アルターがそう言っても、男性は聞かない。


「頼む、行かせて、くれ……。仲間を見殺しにして、生き恥をさらすなんて……。到底できない……。頼む、頼むよ……。行かせてくれ……」


 男性がアルターの手を払い、剣を杖にして立ち上がる。 


「……それは、でも……」

「………………」



 ……仲間、仲間。かぁ。


 僕は、周囲を見回す。

 準備は書いてあったマニュアルに沿ってやったから、ある程度整っている。

 この戦力と迎え撃つことも簡単だろう。


 なら、僕のやることは決まりきっている。


「おまたせ、ギルドの戦力ある程度かき集めてきたわ。本部の陰陽師達もそう遠くないうちに到着するって」


 リリアが現れた。

 彼女の後ろには冒険者たちがぞろぞろと続いている。


 ざっと20人弱。

 身体ががっしりしていて、魔力の巡りもかなり良い。


「ありがとう、リリア」


 僕はリリアに微笑みかけ、『亡星』の鯉口を傾けた。


 踵を返し、刀を抜いて壁の一歩外に踏み出す。

 

 リリアは訝しげに僕の方を見てくるが、構わない。


「お兄さん。あなたの名前は?」


 怪我をした冒険者の人に背中越しにきく。


藤太(トータ)……。西村出身の藤太だ」


「じゃ、トータさん。大丈夫です」


 魔力を練り上げ、足りていなかった1つを充填する。


「僕が、トータさんの代わりに、トータさんの仲間を助けに行ってきます」


 足りていなかった、最後の一つ。


 自分の命を死地に晒す、恐怖を超える覚悟だ。



 


 


 

 

 

 


 

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