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ギルド本部前迷宮【豚鬼宮】







 

 冒険者ギルド、【伯方】支部。


 すでに人がまばらに並んでいる。

 手持ち無沙汰にたむろしている冒険者が多かった。


 担いでいるツルハシは鉄や玻璃(ガラス)、銅といった人がほとんど。


 くそ、一目で冒険者階級がわかるの地味に便利だな……。

 こんなところでツルハシの利便性を見出してしまった。少し悔しいな。


「ちょうどいいくらいの時間で来られたわね」


 ふう、と額ににじむ汗を手の甲で拭ったリリアが、溌剌とした笑みを浮かべた。

 

 背中の磁石にツルハシをくっつけている。

 見た目はお嬢様だが、ツルハシを背負っている絵面が奇妙なシュールさを生んでいた。


「そうですねー、開庁時間ちょうどくらいに到着できたのは幸いかもしれないのです」

「そうだね。よかったよ。遅くなりそうだったらアルターを担いで屋根を飛び回る羽目になってたかもだから」

「エディンは乙女の尊厳をなんだと思っているのです?」

「大変そうなもの、かな」


「よし、ぶっとばしてやるのです。往生するのですよ、他人事のバカエディン!」


 おりゃー! とぐるぐるパンチを叩き込もうとしてくるアルターの頭を片手で抑える。


「ちなみに屋根を飛び回ると損害賠償で訴えられたり、憲兵に補導される可能性があるから。やらないほうがいいわよ」


 リリアが僕とアルターの応酬に苦笑しながら付け加えてきた。


「へー、詳しいねリリア。まるで経験者みたいな口ぶりだ。賠償したり、憲兵に補導された経験でもあるのかな?」

「…………………………………………」


 にっこりとした笑顔のまま、リリアが固まった。


「…………………………」

「………………………………」


 リリアが僕の方を見たまま、静かに固まっている。

 ははーん、図星だなこれ。


 「――慣れよ」

 「ほぼ自白じゃんか」


 リリアのお決まりの文句が口から飛び出たことで、リリアの過去の犯行が明るみになった。


 

「――みなさん、おはようございます。ギルド、【伯方】支部。開庁です」


 

 そんなこんな言っていたらギルドの開庁時間となった。

 ギルドの鍵が解かれ、大扉が開かれた。


 ぞろぞろと冒険者たちが中へ入っていく。


「さあ、みんな」


 後ろにいるリリアやアルターへ笑いかける。

 おろしたてのコートを翻し、ギルドへと歩みを進めた。


「冒険の時間だよ」









 ※※※






「掲示板、掲示板は……あそこだね」


 依頼書が貼り付けられている掲示板は、思いのほか探すのに時間がかかった。

 

 癖で《蒼眼》を使って俯瞰から探していたがすぐに見つかった。


「人だかりができてるあそこね。さっさと依頼見繕っちゃいましょ」


 リリアの言葉に頷き、掲示板に近寄る。

 

 掲示板にはところせましと依頼書が張り出されている。

 

 うん、やっぱり迷宮関係の依頼がダントツで多い。

 全体の6割くらいは迷宮に関する依頼。3割は魔獣の討伐依頼。1割は民間からの依頼だ。


「やっぱり最初はこういうのでしょ、これ!」


 リリアは依頼書を指差した。

 銀級の迷宮依頼だ。内容は魔物の素材集め。


 「【剛獣 ヴァーイェ】の獣肝が10個よ。ヴァーイェは3つ腕の獅子型の魔物。絶対楽しめるわよ」


 リリアはキラキラとした笑みでアルターと僕のほうを見ている。


「うーん、反対なのです。

 理由は2つ。1つは1個あたりの値段が安価なのです。2つはこの移動の時間がかかりすぎるのですよ。

 宿泊費や移動費も加えると、お小遣いくらいの額しか残らないのです。これなんかどうでしょう」


 アルターは端にある依頼書を指さした。


「護衛任務。提示されている依頼金こそ少なく見えますが、宿代や移動費も含めて依頼者持ちなのです。ざっくざくなのですよ!」


 アルターの目がギラギラしている。

 本当にアルターはお金好きだな。僕もお金は嫌いじゃないけど、アルターの執念じみた金勘定には頭が下がる。


「えー、つまんない。冒険と言えばやっぱり迷宮よ!」

「まずは信用とお金を稼ぐのが大事なのです。商人の口コミって結構広まるの早いのですよ?」

「いやよー、冒険したい」

「まずはお金なのです。元手を稼ぐことも冒険なのですよ」


 リリアとアルターが言い合っている。

 うーん、しかし実に会話がかみ合っていない。


 互いにやりたいことや見ているものがズレている。

 

 リリアは戦闘と冒険を。

 アルターは金勘定とパーティの今後を。


 掲示板の陰で、数人の冒険者がこちらを見て笑っていた。

 銀のツルハシと、年若い僕らを交互に見ている。

 一人が肩を押し退けようと踏み出したのが《蒼眼》に映った。

 反射的に、魔力を円状に放つ。

 足を踏み出した男たちが硬直した。


 突っかかろうとしてきた冒険者は、《蒼眼》で視えていた。だけど、脅威があれば即座の対処が生存の鉄則。

 最も恐ろしいのは強大な敵ではない。おこぼれを狙う、弱いものを狙う弱者の群れだ。


 そして、そう言う勇気なき小動物も、輩も大差はない。実力の差を見せ付ければ、自然とトラブルは避けられるって寸法だ。


 ……まあ。それはほぼ言い訳。手癖じみた威嚇を撒き散らしてしまった、間抜けが僕だ。


 顔が熱くなる。恥ずかしい、野生児じゃあるまいに。

 とはいえ、過ぎたことに拘りすぎるのは死を招くだけ。思考をもとに戻す。

 

 二人とも言っていることはもっとも。

 さて……。どうしたものか。


「――やや。そこな3人、もしやエディン君たちではないか」


 僕が2人の言い合いに右往左往していると、野太い男性の声が響いた。


「――ヴァルガスさん! モーリス君まで!」


 現れたのは筋骨隆々の男性と、ひょろっとした少年の2人。


「ああ、おはようッ! エディン少年! 良き朝であるな!」


 ガハハと笑うヴァルガスさん。

 ヴァルガスさんは相変わらず豪快で元気な人だ。

 背中に背負う赤い竜の大剣の他に、今日はツルハシも背負っている。


「……ああ。エディンくん……。おはよう……」


 対するモーリス君は凄まじく元気がない。

 顔が真っ青だ。頬もこけていて、生気に欠けた顔つきになっていた。


「も、モーリス君……? どうしたの……?」

「いや、それがだな……」


 ヴァルガスさんはポリポリと頬をかきながら語る。


「リーリエ殿の修行がだな……。とてもハードだったのだ。一晩で地獄を見せられていた影響でな……」

「……その訓練、詳しく聞いてもいいかしら?」


 リリアがアルターとの言い争いをやめ、モーリス君に視線を向けた。

 

「いいよ……。昨日はね――」

 

 モーリス君が乾いた唇を開いた。

 

 詳しく聞くと、地獄のような訓練が施されていた。

 

 魔力量を増やすための訓練。

 ――気絶するまで陰陽道の術を使い続ける。完全に魔力が空っぽになるまで術を連発し続けるらしい。


 極限環境での戦闘訓練。

 ――魔力の薄い高山地帯での組手。これで数回は顔面が陥没したらしい。


 錬金術を駆使した物質理解。

 ――爆裂魔晶の術式解体。制限時間内に錬金術で術式の解体ができないと爆発するらしい。


 高難度の陰陽道の術式、<存思(そんし)>の修得。

 ――術式を修得するまでしばき回される訓練。未だにしばかれ続けているだけらしい。


「――うわぁ……」


 リリアが引き攣った顔になっていた。

 アルターも同じだ。きっと僕も同じような顔になっているだろう。


 ……え、訓練? イジメとか拷問の類に見えるんだけど。


「……あまりにもモーリス君が無体なのでな。気分転換として迷宮訓練という名の休暇を申し出たのだ。

 それで、今日一日は軽い迷宮で散歩しつつ、モーリス君に睡眠と休息の時間を設ける腹づもりだ」


 迷宮でしか休めないってどういうことなんだ。


 ため息を吐きながら手で頭を抑えていると、ヴァルガスさんは僕の腰にじっと目を向けていた。

 

「良い刀だな、エディン少年。どこで手に入れたのだ?」

「太郎坊という方から貰いました!」


 僕は刀を固定する下緒を解き、ヴァルガスさんに手渡すようにして見せた。


「――あの太郎坊兼定の刀か!?」


 ヴァルガスさんは驚いた声をあげ、まじまじと刀を見つめた。


「太郎坊兼定――人間国宝と称される鍛冶と錬金術の腕を持つのだが、難儀な性格なうえに神出鬼没な御仁であるのだ」


 その目はどこか遠くを思い出すように細められ、次いで僕を見て言った。


「御坊から認められた者でなければ、武具を握らせてもらえんのだ。この国の人間であれば、一度は彼に鍛えられた武具を持つことを夢見るほどだ。……エディン君が羨ましい」


 ヴァルガスさんは、まるで眩しいものを見つめるような眼差しでこちらを見てくる。


 ――そうなのか。太郎坊さんって、思ってたよりもすごい人だったんだ。


「大事に使います」


 ぎゅっと銀河を握りしめ、下緒を結び直す。


「そうするがよい。ところで、エディン君たちはどの依頼で迷っているのだ?」


「それが……冒険か、安定かの2つで悩んでるんです」


「なるほど……ならば、こういうときの決め方は1つ」


 ヴァルガスさんは人差し指を立て、片膝をついた。視線を僕と合わせ、真っ直ぐな瞳で見つめてくる。


「エディン。君が決めるのだ。このパーティのリーダーたる君の一存で、決めるしかない」  


 ……僕が、リーダー?


「ガハハッ。やはりピンときていなかったか。このパーティのリーダーは君だろう。リリア嬢やアルター嬢も、君を長と認めている」


 リリアも、アルターも、堂々と嬉しそうに頷いた。


 その顔には、疑う様子も、嫉妬の色も見えない。ただ、当然のことだと――そう言いたげな、誇らしげな面持ちでヴァルガスさんを見つめている。


「当然よ。エディンはこのメンバーの中で誰よりもリーダーに相応しい。判断力、度胸、戦闘力。どれをとっても申し分ないわ。……自信がないのが玉に瑕だけどね」


「エディンは穏やかですけど、心のうちに強い芯を持っているのです。アルターたちの“頭”として、否やはないのです」


 リリアとアルターが笑顔で、こちらに言ってくる。


 ……信頼が、重いなぁ。


 僕はほんの一週間前までリステリアどころか、東塔の外にすら出たことのない小僧だ。

 世間も、常識も、何もかも知らない。


 僕は――リーダーに相応しい人間なんかじゃない、と思っている。


 こんな人間が、二人の生命を背負うなんて。

 ――力不足も甚だしい。

 分不相応、まるで桂馬の高飛びだ。


 だけど。


「そっか。なら、僕が決める。それでいい?」


 向けられた信頼は――すべて、背負おう。


 振り返って見れば、二人の目には全幅の信頼が宿っていた。

 出会って数日しか経っていない人間に向けるには、あまりにも重すぎる信頼。

 荷が勝ちすぎている。


 ……だけど、現実とは不思議なものだ。


 楽しくて、嬉しくて。

 信頼の重さや責任が、重く、深く、何より――心地よい。

 一人だったときより、何倍も、何十倍も、何百倍も――。

 胸の奥で、何かが心を躍らせて、離れてくれない。


 そっか。これが――仲間、か。


「ええ」


「もちろんなのです」


 リリアとアルターは、当然のように返事をしてくれた。


「………………」


 モーリス君は何も言わない。

 ただ、決意を固めたような目を僕達に向けていた。


「ヴァルガスさん、ご指導ありがとうございました。至らぬ身ではありますが、ベストを尽くします」


「うむ」


 礼を述べると、ヴァルガスさんは鷹揚に頷いてくれた。


 僕は両手を擦り合わせ、掲示板の依頼に目を通す。

 ――危険度、冒険心、稼ぎ、そして安定。

 全ての意見を統括し、思考を深く沈めていく。


「……よし。これだ。これにしよう」


 結論が出た。


 指を伸ばし、一枚の紙を叩く。


「銅級迷宮、【豚鬼宮】。そこにいる豚鬼(オーク)の20体討伐。僕らの最初の迷宮は――ここだ」







 ※※※







 銅級迷宮、【豚鬼宮】。

 ギルド本部近くにある迷宮だ。


 迷宮の入り口。すなわち門はランダムに発生する。

 町中に迷宮の入り口ができることも、それなりにある。


「思いの外街のど真ん中にあるんだね」


 【豚鬼宮】の入口は噴水広場のすぐそこにある。

 噴水の情景を壊さないよう、門の周辺には丁寧な装飾が施されている。


 銀級迷宮は魅力的だけど、初めて組む三人で挑むには連携の情報が足りない。

 護衛は安定しているけれど、往復だけで数日かかる。

【豚鬼宮】なら徒歩圏内。討伐報酬は低めでも、オークの肉と皮を売れば十分利益が出る。

 何より、低危険度の迷宮で三人の連携を確認できる。


 普段は出店やらなんやらでこの周辺は賑わっているんだけど、今は閑散としている。

 

 だからこそ、すぐそばにそびえ立つ巨塔がやたら目立つ。


「いつ見てもでかいわね、この建物は」

 

 リリアが感嘆したような声で見上げている。

 

 縦長の箱型の建物だ。

 全長260メテル。平屋がほとんどの【伯方】ではやたら目立つくらいの巨塔だ。


「そりゃ、天下の冒険者ギルド。その総本部ですから。大きいのも当たり前なのですよ」


 アルターは何でもないように語り、迷宮の門へ目を向ける。


 ギルド総本部。

 全世界に100を超える支部を持つ冒険者ギルド、その頂点。

 

 2000年の歴史を誇る冒険者ギルドの歴史の始まりの地でもあるらしい。

 

「ま、それもそうね。騒がしくなる前にさっさと迷宮入っちゃいましょう」


 ある程度観察して興味をなくしたのか、リリアは髪を翻して門へと向かった。


 まったく、リリアの興味の移り変わりの激しさは早すぎる。

 秋や、山の空ですらもう少し移り変わりに間を置くだろうに。


 リリアは振り返り、ニカッと笑った。


「早くいきましょ?」


 アルターに目配せすると、彼女も困ったように笑った。


「はいはい、お姫様の仰せのままに」


 先導するリリアの隣に立ち、受付で預かった魔石に魔力を込める。

 魔石がひとりでに崩れ始め、石の中から光の鍵が現れた。


 光の鍵が手から離れ、浮き出して門の鍵穴に突き刺さり、回った。


 ごう、と門がゆっくりと外向きに動いてゆき、開帳された。


「これが、迷宮……」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んだ。

 扉の中身は一寸先も見えない闇。


 まるで新月の夜。それも山の中で見る夜空のようだ。


 真っ黒な闇が渦巻き、扉の奥に浮かんでいる。

 不安と未知へ誘っているようだ。《蒼眼》でも先の一切が視渡せない。


 ――ゾクゾクする。


 笑ってしまうくらいの未知。

 《蒼眼》でわからないことなんて初めての経験だ。


 いったい、この闇の先にどんなものが待っているんだろう。

 どんな景色が、どんな戦いが、どんな苦境が。


 ――どんな世界が待っているんだろう。


「――みんな」


 努めて静かに、穏やかに声を押さえて皆に呼びかける。

 だけどもどうしても、声にこもる熱だけは、ごまかしきれなかった。


「――行こう」


 リリアもアルターも何も言わない。

 僕と同じようにワクワクした笑顔で頷き、僕の後ろに並んだ。


 頷き、一歩前へ踏み出す。

 渦巻く闇が僕にしなだれかかり、腰の底から来る浮遊感で包み込んだ。


 ああ、始まるんだ。

 リステリアでの狩猟でも。街を救うための死闘でも。試験のための奮闘でもない。


 誰のためでもない。僕たちだけの冒険が今。


「――始まるんだ」

 

 

 

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