兄心
タイトル変更しました。
前題「アプレ・ラプルイの朝日〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜」
今題「廃棄王子の聖劍譚 〜魔物喰らいの僕を育てたのは、ヤンヘラ女神でした〜」
こちらでしばらく様子を見たいと考えます
鳥肌が立っていた。
朝の六時。
住宅街の煙突から炊飯の湯気が登る頃。
「ほらほら〜、どこからでもかかっておいでよ〜」
僕らはイルクと対峙している。
へらへらとした口調や表情に変わりはないが、立ち振る舞いに一切の隙がない。
昨日手に入れたばかりの黒い刀、『亡星』を抜き、構える。
昨夜、イルクに散々調べられた。イルクはすごい渋っていたけど、帯刀を許可してくれた。
ただ、持つだけで魔力と気魄がジリジリと削られていく。
が、全体量から考えれば微々たるもの。気魄は相当量持って行かれているが、底に至るには程遠い。
「どうせ迷宮に行くんだ〜、自分より格上の敵を想定して戦ったほうがためになるでしょ〜」
ぶんぶんと木刀を振り回すイルク。
その動きに無駄はない。
乱撃のようなそれは粗雑でありながら精緻な閃光を描き、宙に軌跡を刻む。
「ルールは無用。そっちは真剣あり。魔法あり。源流能力あり。俺は木刀と<蒼仙法>だけ。簡単でしょ〜?」
豪、と木刀に剛風をまとわせ、イルクは尖先を僕らに向けた。
イルクの笑顔に緊張はない。
腹の底にある、自分の武への絶対の信頼からくる余裕が視えた。
「楽しくなってきたわね」
隣で震えるリリアの声。
その目は大きく見開かれ、頬を吊り上げて笑っている。
怖がってなどいない。
極度にあふれる興奮と戦意を無理やり抑えた結果、ガチガチと震えているだけだ。
「さあ」
イルクの目が見開かれ。
「――どこからでもかかってこい」
リリアが飛びかかった。
弾かれた獣のような勢い。
宝剣を腰から抜き放つ。
リリアは赤い細剣に【八炎鼓】の焱を纏わせ、イルクに切りかかった。
万物を炎に変え、燃やし尽くす【八炎鼓】の焱。
木刀くらいならすぐに焼滅させる神秘の火刃が、リリアの技量に載せてイルクの身体へと叩き込まれ――。
「甘いね〜」
リリアの剣が宙を泳いだ。
イルクは木刀が焦げるギリギリのラインで、初太刀を受け流したんだ。
勢いのまま、緩慢とも取れる流水のような木刀の一撃をリリアへと振るう。
一撃の狙いは、首――。
「!」
しかし、リリアも並の剣士ではない。
足を瞬時に交差させる。
ふわり、と踊るような足捌きでイルクの一撃を躱す。
跳ねるようにリリアの身体が立ち上がり、威力を増した一刀をイルクへ返す。
「すぅ――っ」
僕は瞬時に魔法陣を描く。
<紅蓮砲殲火>の魔法陣を三門描き、イルクへと射出する。
「はいは〜い」
リリアの一撃を首を傾げて躱し、イルクは木刀を僕の方へ向ける。
唸りを上げて爆炎の砲撃がイルクへと迫る。
その背後では大上段に構えたリリアが、彼の頭をかち割らんと刃を振り上げている。
ぐ、とイルクの腕の筋肉が筋張る。
《流月》だ。
操作された気魄が木刀に乗り、木刀が青色に光る。
「――<蒼閃>」
青い稲光が、迸った。
イルクが木刀から手を離す。
木刀がひとりでに動き、<紅蓮砲殲火>の爆炎を尽く薙ぎ払った。
「もらった――!」
リリアの気炎が口から漏れでる。
刃は断頭の軌道を描いていた。
練り上げられた戦意と共に振るわれたそれは、過たずイルクの首を断ち切る――。
「お粗末」
イルクの手刀がリリアの肘に添えられる。
イルクの手が肘の奥深く、神経ごと腱にまで食い込んだ。
「痛゛っ」
リリアの手が震え、手から剣がこぼれ落ちた。
腕が痺れ、リリアの動きが一瞬鈍った。
「はい、おやすみ〜」
その一瞬をイルクは見逃さない。
彼の人差し指がリリアの額を突いた。
瞬間、強烈な衝撃がリリアの額を貫いた。
「……くぅ……、っ」
リリアが膝から崩れ落ち、倒れた。
「疾ィ――ッ!」
全速力で駆け抜けたけど、間に合わなかった……!
最大速度を纏わせた一撃をぶちかます。
「少し遅いぜ〜、エディン」
脳天から狙った<亡星>の一刀――。
それは半身になって躱される。
ずらした体幹を勢いに変えて、イルクの豪速の蹴りが僕の身体に迫る。
蹴りが地面に突き刺さっていたイルクの木刀を掠め、円を描いて空へと飛んでいった。
「!」
迫りくるイルクの蹴りを<蒼仙法>の《統巡》を使い、重力を操るように自分の体を地面へ引き寄せる。
僕の脳天ギリギリをイルクの蹴りが掠め、全身に魔力を纏わせる。
――集中しろ。
《蒼眼》のすべてをイルクに集約する。
イルクの筋肉の動きの詳細を観測。
二手、三手先のすべて予測。
イルクの身体がブレる。
「……くっ!」
突き出されたイルクの手が僕の頬をかすめた。
イルクの手刀が僕の頬を切り裂き、少し血が出る。
一歩踏み込み、<亡星>をイルクへ向けて振るう。
「おおっと」
イルクは余裕そうな表情で僕の一撃を躱していく。
更に加速させる。
イメージするのはリリアの剣。
踊るような体重移動。
あれを刃に載せ、イルクの腕や脇を狙い続ける。
「速さはそこそこ。なのに追いつけない。うーん、対応が読まれてる感じがあるな〜」
イルクはニヤニヤと余裕そうな笑顔で、僕の刀を手の甲で弾き続ける。
くっ……。手の内が読まれているとやりづらいことこの上ない……!
僕は斬撃を加えながら、《統巡》を張り巡らせてイルクの足場や自分の加速を試みている。
しかし、イルクが張り巡らされた《統巡》の網に僕の《統巡》の力場は散らされてしまった。
瞬間、イルクの体勢がわずかに崩れた。
――今だ!
身体のバネを全開で使い、一息で踏み込む――。
「……あだっ」
瞬間、僕の頭に木刀が叩きつけられた。
一瞬で視界がぐらつく。
視野が一瞬で狭窄していく。
ぐわんぐわん、と痛みが頭に響く。
――いつ、いったい何が……。
「視野を狭くしすぎたね〜」
イルクが木刀を拾い、手の中で弄ぶ。
「俺の動きに注視してたのはいいけどね。俺が蹴り上げた木刀の行方まで追えてなかったでしょ」
イルクが少しずつ近づいてくる。
倒れた僕の元にしゃがみ込み、掌を僕の頭に載せた。
……ああ、なんてこった。そういうことだったのか……。
あの時の迎撃の蹴りで、木刀を空に蹴り飛ばしていた。
その着弾地点に、僕はまんまと誘い込まれたってわけだ。
「はい。じゃあ、おやすみ〜」
イルクの掌から僕の頭へ凄まじい衝撃が通り抜け。
僕は意識を手放した。
※※※
七時。
目が覚めたらその時間だった。
「……負けた!」
リリアがご飯を口に運び、険しい顔で飲み込む。
「負けたね」
サバを箸でほぐし、白米に乗せる。
少し塩辛い味がご飯にしみる。
……悔しい。くそ、悔しいなぁ……。
山盛りのご飯を書き込み、漬物を口に運ぶ。
「エディンとリリアで踏み込んで来るべきだったね〜。そうしたらもっと長く戦えてたと思うよ」
イルクが苦笑したように茶を啜りながら、僕の頭に七色の水をかける。
たんこぶのできていた僕の頭に水を注ぐ。
ただそれだけで僕の頭のたんこぶが治っていく。
更に魔力や気魄も、体力も回復していく。
明らかに魔法よりも優れた性能と、けた外れの神秘。
これが『迷宮特典』か……。
「ほほ。貴公の迷宮特典は本当に多様だな」
リモルさんが楽しげに湯呑みを手に取る。
近くに用意した砂糖壺を開き、カポカポ角砂糖を緑茶へ入れていく。
ええ……。緑茶に砂糖入れるんだ。
「ありがとう、イルク。……うーん。あの修行、どうやったら勝ててたかな」
「リリアちゃんと一緒に突っ込んでくるべきだったね〜。俺の取れる択を減らしつつ、リリアちゃんの負担を減らす立ち回りをするべきだった、かな」
イルクは僕のお茶碗にご飯を盛りながら語る。
「エディンは単独での戦闘は得意だけど、共闘が下手っぴだね。
リリアちゃんが猪突猛進、ってのもあるけど。エディンは行動がワンテンポ遅い。思考が行動に追いついてないんだよ」
……思考が、行動に追いついていない。
「考え過ぎ、ってこと?」
「んー、そうとも言い切れないかな。前提として、エディンは最初に観察に徹してしまう癖がある。
これは悪いことじゃないからね〜。考えながら一歩、行動に起こしてみるのが正解だと思うよ」
「なるほど……」
僕はイルクの言っていた言葉を振り返り、思考に耽る。
行動を一歩早く。
リリアの剣に合わせながら、僕の勢いを少し上げる。
ご飯を口の中に放り込み、再度お代わりをもらいながら考える。
そのためには――。
「あのー、エディン」
アルターが僕に話しかけてきた。
「ギルドが開くは七時半からなのですが……。準備しなくていいのです?」
!
そうだった! 忘れていた……!
ギルド開庁直後に駆け込むと、昨日の打ち合わせの時に決めていたんだ。
ギルドの依頼は基本的に早い者勝ち。
報酬や実入りのいい依頼や、迷宮探索の依頼書を確保するには開庁前に並ぶ必要がある。
リリアは既に準備を終えている。
剣と青と白を基調とした貴族らしい旅装、銀のツルハシ。
「やっばい、そうだった! 急いで食べて準備してく――」
「大丈夫だよ〜、もう用意してあるから」
イルクが手を向けた先には僕の冒険セットが用意されていた。
カバンに銀のツルハシ。
魔力鉱石や、陰陽道の符。ハンカチやランプなどが詰め込まれたカバンは、ぎっしりと膨らんでいた。
「イルク、ありがとう! すぐ準備する」
急いで山盛りのご飯と魚の切り身を口の中へかき込む。
ついでに口の中を魔法で洗浄し、カバンを背負う。
「待たせてごめん、すぐ行こう!」
「いいえ、全然。走れば間に合うわ」
「あの、リリア? アルターの体力も加味して考えてほしいのですが……」
リリアの余裕そうな笑みにアルターがツッコミを入れる。
アルターを僕が担いで走れば二分で着く。
カバンを背負い、ツルハシをひっかけて大部屋の襖に手をかける――。
「――待って、エディン」
僕がふすまに手をかけるより早く、イルクが静かに僕の後ろに立った。
ゆったりとした動作で僕の首に何かを巻き付けた。
金属の冷たい感覚が首に巻きつく。
カチッとうなじで何かが固定される音がした。
ネックレスだ。
緑色の宝玉……。
エメラルドとクォーツの合金だろうか。木の原素が込められた宝石を何やら術式で加工した代物。
これ、なんだろう。
術式の詳細を《蒼眼》で覗こうとした瞬間、イルクが僕の頭にぽん、と手を置いた。
「おまもり。エディンが無事に帰ってこれるように。中を覗いちゃだめだよ?」
イルクが僕にウィンクし、ゆったりと頭をなでてくれた。
ほんと、イルクは過保護なんだから。
「――気を付けて、いってらっしゃい」
振り返り、イルクの顔を見る。
優しい、穏やかな笑顔だった。
「うん、ありがとう。イルク。お守り、大事にするね」
ぎゅ、とネックレスを握りしめる。
じんわりと温かい。思い込みかもしれないけど、このネックレス事態に不思議な温かさがあるように感じた。
ふすまを開き、僕は精いっぱいの笑顔をイルクへ向ける。
リリアも、アルターも。満面の笑みをイルクとほお杖をついてこちらを見ているリモルさんの二人に向けた。
「――いってきます!」




