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工程説明





 議場を出ると、琥珀色の回廊は、来た時と同じように静かだった。


 岩壁の鉱脈が、高窓からの光を受けて、ぼんやりと温かく光っている。幾何学的に並んだ柱と床石は、白亜で統一されている。

 

 後ろから議場から出てきた聖職者たちが出てきていた。聖職者は僕を、ひいてはリヴェータさんを見ようとせず、足早に去っていった。


 リヴェータさんは、回廊を出たところで、そっと僕の手を離した。


「では、参りましょうか。皆様、きっとお待ちかねです」


「はい」


 二人で、並んで歩き出す。

 こつ、こつと。足音が、岩壁と列柱の間で反響していた。


「それで」


 リヴェータさんが、前をむいたまま言った。


「お約束のお話をしましょうか。何でも聞いてくださって構いませんよ」


 なんでもないかのような調子で、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。


 なんでも、か。


 正直、あの時は考えていることが見抜かれたかと不安になった。

 

 今はその不安も薄い。

 リヴェータさんには申し訳ないけど、脳裏であらんかぎりの愚弄を頭にしたとき、この人はみじろぎ一つしなかった。


 不安は薄いけど、彼女が心を読めないと決まったわけではない。確定したわけでもないことを前提に組み込むのは、危険すぎる。


 「リヴェータさん」


 だから、思い切って聞いてみることにした。


「リヴェータさんは、人の考えていることが読めるんですか?」


 細く、白い足が、ほんの少しだけ遅くなった。


「…………読む?」


 明確に困ったような顔で、僕を見上げていた。


「思考がわかる能力とか。それか、未来が見える魔眼とか、源流能力とか、異能力とか。そういうの、持ってたりするんですか?」


 リヴェータさんは、小首を傾げて僕を見上げている。

 顎を指で抑え、目をすっと細める。身体の動きがぴたりと止まって、視線が遠くなる。

 何か、考えているような顔。だが、それも一瞬。


 姿勢を直し、小さくため息を吐いた。


「……エレクロスが、何か妙なことを申しましたのね」


「え」


「やっぱり。あの子、わたしのことになると、何かと大袈裟ですから」


 今度は深く息を吐き、困ったように笑った。


「持っておりません。思考を読む力も、未来を視る力も持ち合わせておりません。わたしの源流能力は、まったく別のものです」


 咄嗟に、《蒼眼》で心臓を視る。

 ……脈拍、呼吸ともに正常。


 ……でも、さっきガデムドロルさんも全く異常なしだったな。

 僕も、《流月》で冷や汗止めてたし。あんまり長生きしてる人にこの見方は通じない可能性が高いよな。


 うーーん……。どうなんだろうか。どっちもあり得る、けど……。


 信じよう。リヴェータさんは、嘘をつかないだろう。アルフェウス公の替わりって言葉だけで、あそこまで覇気を叩きつけていた人が、その名に誓ったんだ。


 その誓いは、きっと軽いものではない。


「別に、大したことはしておりませんのよ」


「……じゃあ」


 僕は、彼女の目を見る。


「なんで、ヨアン【司祭】を呼べたんですか」


 リヴェータさんの目が、琥珀の淡い光を反射する。


「三週間前から、席を用意していたんですよね。その時にはもう、今日、僕がこの議場に立つってわかってたんじゃないですか」


 回廊の真ん中で、向かい合う。

 リヴェータさんは僕を見上げたまま、少し嬉しそうに微笑んだ。


「いいえ。そこまではわかっておりませんでした」


「じゃあ、なんで」


「そうですね……」


 リヴェータさんは顎に手を当て、僅かに逡巡するように動きを止めた。


「順を追って、ご説明しましょうか」






 ※※※





「まず、3週間前。イルクがわたしの元に訪ねてきました。

 エディンさんを頼む、と。あの子がわたしに頼み込んでくるなんて、珍しいことですもの。そこから、すこし張り切って準備を始めました」


 彼女は、小さく笑って見せた。


「まず、エディンさんの疑問にお答えしましょう。

 ヨアン【司祭】ですが」


 リヴェータさんは、指を一本立てた。


「あの方は、最高評議会に名を記す前からアシュドットへお呼びしておりました。

 アシュドット教区で、少し大きな祭礼を執り行うことがありまして。

 【月睨派】の、それも中立のお立場の【司祭】様に、お力添えをいただいておりました」


「祭礼……」


「ええ。ですから、【聖都】へお帰りになる列車のお席も、わたしが手配しておりました。

 お呼びしたのはわたしですもの。帰りのお席をご用意するのは当然の礼儀でしょう?」


 ……確かに。


「ただ、エディンさんがアシュドットへいらっしゃるとわかった時点で、帰りの列車を先頭車両に変更しました」


「……それは、なんででしょう」


「もしものときに、同じ車両に、【月睨派】の【司祭】様がいらっしゃれば。

 証言としては十分以上の価値を持つと判断したからです」


 リヴェータさんはえげつないことをさらりと言った。

 しかし、そこで嘆息を漏らす。


「……ただ、襲撃者のレベルは流石に見誤りました。

 まさか、死んだはずのメーテールが<アリウスの梯子>にいるだなんて。そうとわかっていましたら、わたしがあそこに乗り込んで、手ずからメーテールを捕らえておりましたのに。

 ユースティスも十分な強さをしています。ですが、メーテール相手では護衛をしながら無傷で捕らえるのは困難ですから。

 ……エディンさんを含め、乗客の皆様を危険にさらしてしまいました」


 眉をひそめて、口惜し気にリヴェータさんが語る。

 ……あの、メーテールさんを、乗客に危険を感じさせず捕らえる余裕があるのか。


「……気になったんですけど。リヴェータさんって、メーテールさんより強いんですか?」


「まあ。面白いことをお聞きになるのね」


 リヴェータさんは渋面から驚いたような顔に切り替え。


「ええ。わたしのほうが遥かに。メーテールが百人いようと、寝込みを襲われようと。周辺に被害すら出さず、捕らえてご覧にいれましょう」


 不敵に笑った。

 自分の強さに絶対の自信を持つ強者特有の、余裕の笑み。

 覇気は出ていないのに、その強さの底が、まるで視えない。


「話を戻しますね。

 議場のお席のことですけど。最高評議会は、3か月に1度の開催。

 3週間前の時点では、次の評議会は来月の予定。つまり、今日です」


 リヴェータさんはすらりと語っていく。


「エディンさんがどの時点で迷宮都市国家から出立の準備を整えるかは不明瞭。すぐに出立する可能性も考えました。

 ですが、あの激戦のあとですもの。エディンさんにも休養は必要。あのリーリエ・アモンが早々にエディンさんを手放すとは考えづらい。

 念のため、現地の友人に訪ねてみたところ、まだエディンさんが出航する様子はない、とおっしゃっていました」


 ……うひゃあ。

 この人、本当にどこから観察してるんだ。


「ですから、もしもの時のためにわたしが招く【司祭】1名の席を、前もって届け出ておいたのです。

 重ならなければ、それはそれで構いませんでしたから」


「重ならなかったら、どうするつもりだったんですか」


「わたしの友人で、次に【大司祭】になっていただきたい【司祭】様を、お一人お招きするつもりでしたわ」


 リヴェータさんは楽しそうに言う。


「評議会というのは、一度でも見ておくと勉強になりますのよ?

 どなたがどのように話しているのか。派閥の実際の関係性はどのようなものなのか。さきに知っておけば、その人にとって有利になりますもの」


 ……なるほど。どう転んでもうまく調理する。そのつもりで用意していたのか。だから、個人名を特定する形で記載していなかったのか。

 なるほど、これで【司祭】の席の件はわかった。

 

 ここで、ひとつ疑問が浮かんだ。

 ここまでは、僕が昨日アシュドットに着いたことが前提。


「じゃあ、僕が評議会に間に合わなかったら?」

 

 なら、そのあとの動きはどうなってたんだろう。

 

「わたしがアシュドットでお迎えして、皆様への入学試験のご説明をお願いして、それでおしまいです。

 そもそも、エディンさんを評議会に連れてくることはサブのプラン。連れてくるつもりはそもそもございませんでした」


「襲撃がなく、評議会に間に合っていたら?」


「【聖都】の駅でエディンさんをお迎えに揚がっておりましたわ」


 リヴェータさんは、小さく肩をすくめた。


「評議会はいつも通りに。皆様がご自分の政策や権威をエディンさんにアピールして、エディンさんを勧誘する。

 それでも、まあ構いませんでした」


「……政策じゃ、リヴェータさんが負けちゃうかもしれませんよ?」


 【月睨派】の人数はたくさんだ、と聞いている。

 数でゴリ押されたら、相当しんどいんじゃ……。


「まあ」


 リヴェータさんが、くすりと笑った。


「政策の積み重ねで、わたしに勝てる方は、どこにもいらっしゃいませんわ」


 ……すごい自信だな。

 <銀蛇卿>やら、いろいろ恐れられている理由が、なんとなくわかった。


「でも、今回はそうなりませんでした」


 リヴェータさんの声が、少しだけ静かになった。


「エディンさんが【聖都】へいらっしゃると決まったときから、わたしは何かが起きる可能性を見ておりました。

 【月睨派】にとっても相当な諸刃の刃になる上、リスクが高すぎる。可能性は低いと見ていましたが、そうはなりませんでした。

 ですから、アシュドットに到着してからずっと、ユースティスに影から護衛するよう指示を出しておりました」


 「ユースティスさんが?」


「ええ。もしも、【月睨派】の強引な聖職者の方による刺客が、エディンさんに接触しようとなさったら。ユースティスが対処できるように整えておりました」


 ……アシュドットで船から降りたときから、ずっと見張られていたのか。

 マジか。《蒼眼》でも全然あんな魔力波長の人の視覚えなかったけどな。


 あの人、本当に何者なんだ。


「なら、列車は? 先頭車両のチケットをローレッタさんとヴィータさんにもらったんですけど。もしかして、あれもリヴェータさんが仕込んでいたんですか?」


「半分は正解です」


 リヴェータさんは、楽し気に指をもう一本立てた。


「あの日は迷宮都市国家や帝国の交易品がアシュドットに到着する日。必然的に、荷物が増える。

 さらに、<叡智の学堂《アルカヌム・マギステル》>の受験資格試験の最終日でもありました。

 試験を終えた受験生の方々が、【聖都】へ向かう時期とも重なっておりました。

 ですから、以前から貨物列車に客席車両をつけたものを、学生の方々の客席として開ける、特別な格安ダイヤを組んでいたのです」


「学生向けに?」


「ええ。毎年、普通の便では席が足りなくなってしまいますもの。

 お金のない学生の方々が、試験の前に旅費で困ってしまうのは、かわいそうでしょう?」


 ……確かに。


「ですので、それを知った方々が一斉にご予約なさって、あっという間に満席になってしまったのです」


「なるほど」


 だから、満席だったのか。


「これは毎年恒例の出来事です。

 ですから、ローレッタたちに、わたしのポケットマネーから5千万テレスほどお渡しして、あらかじめ先頭車両のお席を数日分、抑えてもらいました。

 もしもこの時期にエディンさんがお困りになっていたら、すぐにお渡しできるように」


「……そういうこと、だったんだ」


 なるほど。ローレッタさんとヴィータさんが、まるで舞っていたみたいに切符を差し出してきたのはそういうことだったんだ。

 

 てか、5千万テレスってそんなぽんぽん出る額だったっけ? 数百万テレスで僕らはひいひい言ってるんだけど。


「いちおう、【枢機卿】であり、いくつかの船舶ギルドや工廠を経営しておりますもの。冒険者の方と比較すると、大変なことになりますわよ?」


 リヴェータさんが、困ったように言う。

 

 ……思いっきり思考読まれたな。本当に思考盗聴とかしてないんだろうか。


「じゃあ、クロは?」


 思わず、聞いてしまった。


「クロと僕が仲良くなったのも、リヴェータさんが仕組んだんですか?」

 

「いいえ」


 リヴェータさんは、すぐに首を横に振った。


「まったくの偶然です」


 非常に困ったように、眉間にしわを寄せながら語る。


「そうなればいいな、と思ってはいましたが。まさか、街中に護衛もつけずに堂々と遊び歩くに飽き足らず、あの子しか使い手がいない【天素宣言】を使ったうえ、屋台を荒らすまでするだなんて。

 ……ほんとうに、あの子は」


 リヴェータさんは大きな、それはもう大きなため息を吐いた。


 ……意外だ。それも全部予測していました、なんて言われると思ってたけど。

 

 僕の視線に気づき、リヴェータさんが咳払いした。


「……こほん。話を戻します。

 エレクロスには、3週間前に学堂の受験資格試験を受けてくるように言いつけましたの。

 そうなると、まだ試験をやっている場所は、アシュドットくらいしか残っておりません」


「それで、クロはアシュドットに」


「ええ。慌てて切符を買って、跳んでいきましたわ」


 ……クロ、かわいそうに。


「エレクロスはわたしの造ったロー・ヤヘルの領主。

 あの子は優秀と聞いています。ですが、彼は学堂に入学するとなれば、最低でも2年は離れます。

 ロー・ヤヘルがあの子でもちゃんと回るかどうか、確かめておきたかった。

 それに」


 リヴェータさんが。指をもう一本立てた。


「<執行機関>の席次を持つ方々を、【聖都】からアシュドットまで動かす口実になる。

 第3位のわたしの懐刀以外、全員が【聖都】でも名の知れた傑物。

 下手に動かせば、【月睨派】の方々を刺激してしまう。

 その中で、エディンさんの御傍に強く、信のおける護衛を置くには、それなりの大義名分がいります」


 リヴェータさんは、眼を見開いたままの僕に滔々と語る。


「エディンさんの護衛。ロー・ヤヘルの行政調査。ついでに、エレクロスの受験資格。これが目的です」


 ……すげえ。一つの手で、三つの目的を達成している。


「大まかには、こんな具合です」

 

 リヴェータさんは、そう締めくくった。


「総じて、予言とかではございませんの。

 強いて言うならば、観察と推測の結果、とでも仰いましょうか」


 リヴェータさんは、心底嬉しそうに語っていた。


 観測と、推測。

 リヴェータさんは、そう言った。


 ……あれ。

 なんだろう。

 どこかで、同じようなことを、誰かに言われた気がした。


 観察と推測の結果だよ、って。


 頭の中に、うっすらと、白いもやがかかった。高い空。草の匂い。誰かが、自分のこめかみを、指でとんとんと叩いていた――


 ……駄目だ。思い出せない。


「エディンさん?」


「あ、いえ。なんでもないです」


 僕は、首を振った。


 リヴェータさんは、少しだけ首を傾げて、それから、また前を向いた。


「それから、一つだけ」


「はい」


「先ほどのように、思考を読めるのか、と。わたし以外の方に、まっすぐお聞きにならない方がよろしいですわ」


「……え」


「人によっては、それだけで、ひどくお怒りになりますから。疑われた、と受け取る方も、少なくはございませんのよ」


 リヴェータさんは、くすりと笑った。


「わたしは、聞かれたことにはお答えすると、お約束いたしましたから。構いませんけれど」


「……気をつけます」


「ええ。そうしてくださいな」


 回廊の終わりが、近づいていた。


 



 

 

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