第97話 星の巡りと、闘魂の血脈(前編)
「……まあ、そんなこんなでな」
ドレイクは手元の缶ビールに残っていた最後の一口を飲み干し、トン、と作業用テーブルに空き缶を置いた。
静かな工房の中に、彼の低く嗄れた声の余韻が溶けていく。
「ヴィータヴェンの初代国王となった、あのバカみたいに明るくてお人好しなダチが、寿命を迎えて死の床についた時。俺はそいつの枕元で、極上のウイスキーを傾けながら見送った。……『国なんざ気にせず、好きに生きてくれ』って笑うそいつに、俺は最後にこう声をかけたんだ。『――星の巡りの果てで、いつかまた一杯やろうや』ってな」
ドレイクの黄金の瞳が、ふと遠い過去の情景を映すように細められた。
「それから何代もの王を見送りながら、俺はヴィータヴェンの片隅で、ただの『よろず屋のおっさん』として、ガラクタの修理と美味い酒を楽しむだけの隠居生活を送っていた。もちろん、世界のどこかでバカな人間どもが『大断裂前後の遺物』を掘り起こして戦争を始めようとするのを察知しちゃあ、こっそり没収して俺の"巣"に封印するっていう、門番としての裏稼業は続けていたがな。……そうやってのんびり余生を過ごしていたところを、この世界の、野田ダンジョンの底で、突然お前さんに呼び出されたってわけだ」
マグマの産湯から始まり、月酔仙との酒造りと宇宙へのロマン、狂気の大分断、ヴィータヴェンでの隠遁生活、そして現在に至るまでの召喚の経緯。
数千年にも及ぶ、一人の男――いや、一匹の火龍の、あまりにも壮大で、そして人間臭い歴史。
それを聞き終えた結羽とふゆは、しばらくの間、言葉を発することも忘れてただ呆然としていた。
「……おやっさん、本当に、すっごく、すっごく長い時間を生きてきたんだね」
やがて、ふゆがポツリと呟き、ドレイクの大きなジャージの袖を小さな手でギュッと握りしめた。
その温かい感触に、ドレイクは短く鼻を鳴らす。
「へっ。長けりゃいいってもんじゃねえさ。長く生きた分だけ、見送りたくねえもんを見送らなきゃならねえ。月酔仙も、弟子達も、ヴィータヴェンのダチもな。……だがまぁ、こうしてお前さんたちみたいな騒がしいちびっ子と出会えたんだから、長生きも悪くねえなって、最近は思ってるよ」
ドレイクは、大きな手でふゆの頭をガシガシと乱暴に、けれどどこまでも優しく撫で回した。
「……おやっさん」
結羽は、自らの膝の上でギュッと両手を握りしめ、真っ直ぐにドレイクの黄金の瞳を見つめた。
「おやっさんが、あっちの世界でどれだけ悲しい思いをしたのか、わたしには全部はわかりません。親友を喪って、世界が引き裂かれるのを一人で見届けるなんて、想像もつかないくらい重くて、辛いことだと思います。でも……」
結羽の瞳に、強い光が宿る。
「今度は、わたしとふゆがいます。彩斗美先輩も、黒田さんもいます。おやっさんは、もう一人で世界の重さを背負わなくてもいいんです。……わたしたち、『よろず屋パーティー』なんですから!」
結羽の力強く、澄み切った言葉。
それは、かつて大分断の嵐の中で、何も守れずに絶望していたドレイクの心の奥底に、温かい光となって差し込んだ。
「……カッカッカ! 違いねえ。俺の背中を任せられる、とびきり頑丈で生意気な弟子っこたちがいるんだったな」
ドレイクは豪快に笑い、結羽の頭もポンと叩いた。
「よし、過去の感傷はここまでだ。ここからは、これからの話をするぞ」
ドレイクは表情を引き締め、身を乗り出した。
「赤城山ダンジョンの最下層、あのヒュドラがいた工房の先は、俺の権限でシステムにロックをかけておいた。だが、あそこをこじ開けて進むのは今は得策じゃねえ。……俺がこの世界からアストライアへ帰還するためのヒント、そして、お前さんたちの両親を探すためのルートとして、もっと身近で、もっと確実な場所がある」
「身近な場所……まさか」
結羽がハッとして息を呑むと、ドレイクは深く頷いた。
「そうだ。俺たちが最初に顔を合わせた場所。野田ダンジョンだ」
「野田ダンジョン……でも、あそこは自然発生型の迷宮じゃ……?」
「俺も最初はそう思ってた。だが、川崎の遺跡型や、赤城山の機甲化されたヒュドラを見て確信した。あの野田ダンジョンもまた、表面上は自然の洞窟を装っているだけで、根幹は『遺跡・機械化型』の可能性がある」
ドレイクは、テーブルの上に指でダンジョンの構造を描くようにして説明を続けた。
「思い出してみろ。上層、中層と下って、お前さんたちが『深層』と呼んでいた第六階層のさらに奥、ミノタウロスがいたボス部屋だ。あいつを倒した後、お前さんは罠に引っかかって別の空間に強制転移させられただろう?」
「孵化室……! 無数の繭があって、ミノタウロスがたくさん生まれてきた場所!」
「そうだ。あんな不自然な生体工場が、自然発生の迷宮にあるわけがねえ。つまり、野田ダンジョンもまた、深い層ではアストライアの遺物と直結している可能性があるってことだ」
ドレイクの瞳が鋭く光る。
「上層、中層、深層……そしてあの孵化室の向こう側。そこから先は、ギルドも協会も把握していない真の『下層』、そして『深淵層』へと続いているはずだ。さらにその奥にこそ、二つの世界が繋がる『砂時計のくびれ』――超深淵層が口を開けている。俺はそう睨んでいる」
「お父さんたちは……野田ダンジョンのスタンピードに巻き込まれて、その『くびれ』の奥へ吸い込まれた……?」
結羽とふゆの両手が、ギュッと強く握りしめられる。
長年行方不明だった両親の足跡が、ついに具体的な道筋として目の前に提示されたのだ。
「ああ、その可能性は高い。黄龍が協会のデータを調査した上での仮説だが、ダンジョンの『溢れ出し』は、ただの魔獣の流出じゃねえ。『中』と『外』の座標やらが狂って起こる現象だ。だからお前さん方の両親が地上の『溢れ出し』に巻き込まれて、『ダンジョンに吸い込まれた』んなら、野田ダンジョンの上っ面をどれだけ探しても見つかるわけがねえんだ」
「ふゆが霊穴塞ぎで倒れた原因はミノタウロスだった……ということは少なくとも深層の魔獣が地上に出てきていたってことですもんね……!」
「そうだ。だから俺たちの次の大仕事は、野田ダンジョンの『孵化室の向こう側』を徹底的に探索し、超深淵層の底をぶち抜くことだ。……覚悟はいいか?」
「はいッ! もちろんです! やってやります!!」
「わたしも! 完璧なマッピングと魔力視で、どんな隠し通路も見つけ出してみせるからね!」
結羽とふゆが、迷いのない声で即答する。
その頼もしい姿に、ドレイクは満足げに頷いた。
「よし、気合は十分だな。……だが、今すぐ特攻をかけるわけじゃねえ。休養も必要な修行のうちだ。赤城山の激戦で、お前さんたちも疲労が溜まってるはずだからな」
ドレイクは、新しく取り出したタバコに火をつけ、紫煙を吐き出した。
「それに、彩斗美嬢ちゃんの体調もしっかり確認してからだな! 呪いの大元が抜けたとはいえ、あの嬢ちゃんも全開の戦闘をした直後だ。しばらくは慣らしも必要になるし、そもそも事後処理の政治劇にも専念してもらわなきゃならん」
「そうですね! まずはしっかり休んで、彩斗美先輩とも打ち合わせをしてからですね!」




