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第96話 大分断の地獄と、置き去りの玉座(後編)

 大陸を東西南北に引き裂き、二つの大国を跡形もなく消し去るための天変地異、『大分断』が始まったのだ。


「親方! 急いで職人どもを地下の深いシェルターに避難させろ! このハニマル国も、無事じゃ済まねえぞ!」


 俺は叫びながら、人間の姿を維持していた重力魔法を解除し、数百万トンの質量を解放する。


 眩い光と共に、分厚い赤銅色の鱗と巨大な翼を持つ、古代竜の真の姿へと顕現したのだ。


「ヨ、ヨシュア! お前さん、その姿は……!」


『俺は空へ逃げる! お前らも絶対に生き延びろよ!』


 俺は巨大な翼を広げ、荒れ狂う暴風の中へと飛び立とうとした。


 だが、その時、親方が工房の床に転がっていた漆黒の物体を指さして、俺に向かって叫んだ。


「おい、ヨシュア! お前さんの相棒、本当に鋳潰しちまっていいのか!? 希少極まりない黒鋼じゃぞ!?」


 俺は空中で巨大な首を回し、親方の指さす先にある椅子を見下ろした。


 ただでさえ天変地異の暴風が吹き荒れているのだ。


 あんな無駄に頑丈で重たいものを持って飛べば、バランスを崩して地割れに飲み込まれるのがオチだ。


『かまわねえ! もういらねえ!』


 俺は念話で親方にそう告げると、嵐の吹き荒れる大空へと力強く羽ばたいていった。



 ◆◆◆



 上空から見下ろす大陸の姿は、まさに地獄そのものだった。


 神の雷が落ちるたびに、光華王朝の都が、スヴァトゴーラ王朝の要塞が崩れ去っていく。


 大地が裂け、底知れぬ巨大な断裂帯が大陸を東西に引き裂き、南北には天を衝くほどの巨大な山脈が隆起していく。


 俺が滞在していたハニマル国も、急激な気候変動によって吹雪に見舞われ、瞬く間に極寒の氷獄へと変貌していくのが見えた。


 俺は強風に煽られながら、ただ無力にその惨状を眺めることしかできなかった。


 懐に入れた黄龍の宝珠が、ひどく悲しげに明滅を繰り返している。


 俺は世界のバランサーであり、門番たる火龍であったはずだ。


 だが結局のところ、人間の業が引き起こしたこの破滅を、俺は止めることができなかったのだ。


『……俺は、何のためにこんなに長く生きてるんだろうな』


 荒れ狂う嵐の中で、俺は誰にともなく自嘲の念を漏らした。


 二つの大国が完全に消滅し、大陸が四つに分断された後。


 俺は誰も寄り付かない荒野の奥深くへと姿を消し、孤独にやり過ごすだけの隠遁生活が始まったのだ。



 ◆◆◆



 それから、どれほどの時間が流れたのか。


 分断された大陸には新たな生態系が生まれ、生き残った人間たちは再び国を興し、細々とした営みを再開していた。


 俺は相変わらずヨシュアとしてのおっさんの姿を保ち、あてもなく各地を放浪していた。


 質量コントロールの魔法は完璧になり、もう椅子を壊すこともない。


 だが、俺の心の中には、かつてのような熱気は完全に失われていた。


 そんなある日のことだ。


 人気のない辺境の森で、俺は一人の人間の若者と出会った。


 血の気が多く、どこか抜けていて、しかしその瞳には圧倒的な生命力と野心が宿っている男。


 のちにヴィータヴェン王国の開祖となる男だった。


 ひょんなことから彼とパーティーを組むことになり、俺たちは幾多の死線を潜り抜けた。


 魔物の群れに囲まれた時も、悪徳領主の罠にはまった時も、彼は決して仲間を見捨てず、泥臭く剣を振るい続けた。


 その背中を見ているうちに、俺の中に凍りついていた『人間への愛着』が、少しずつ溶け出していくのを感じていたのだ。


 そして、彼が自らの国を興す地を見定めた夜。


 俺は焚き火の炎を見つめながら、ぽつりと自分が永い時間を生きる古代龍であること、世界を救えなかった、失敗した門番(バランサー)であることを明かした。


 それを聞いた彼は、驚くどころか、焚き火越しに俺の肩をバンバンと叩いて豪快に笑い飛ばしたのだ。


「そんなこたぁどうでもいい! お前さんが何年生きていようが、古代龍だろうが関係ねえよ。俺たちはダチだろう!?」


 彼は手元の酒杯を俺に向けて高く掲げた。


「お前さんがヒトの国で暮らしたいって言うなら、俺の国に住めばいい!! 俺が興す国で、好きに生きてくれや!」


 その底抜けの明るさと器のデカさに、俺は思わず毒気を抜かれ、腹の底から笑い声を上げていた。


 人間ってのは、愚かで業が深くて、すぐに戦争を始めるバカな生き物だ。


 だが、こういうとびきり眩しい奴がいるから、俺はどうしても人間を見捨てられないのだ。


 こうして俺は、ヴィータヴェン王国の城下町に腰を落ち着けることになった。


 彼が老いて死の床についた時も、俺は傍らで酒を飲みながらその最期を見守った。


『ヨシュア。国のことなんか気にせず、お前さんは好きに暮らせよ』


『ああ。星の巡りの果てで、いつかまた一杯やろうや』


 それから何代もの王を見送り、俺はこの国の片隅で、静かなスローライフを送り続けてきた。


 歴史の表舞台には立たず、ただの『よろず屋のおっさん』として、ガラクタの修理と美味い酒を楽しむだけの日々。


 だが、あの大分断の悲劇だけは、二度と繰り返させるわけにはいかない。


 だからこそ、俺はバカどもが大断裂時代前後兵器を発掘して戦争を始めるのを察知しては、没収して俺の"巣"に放り込む為に、世界の裏側で暗躍を始めたのだった――。

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