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第85話 祝勝会と、縛仙環(後編)

『さて、妲己システムの乗っ取りと、ダンジョンネットワークの掌握、そのためには……日本列島の広域アンテナとして最も強い支配力を持っている『特異点』を叩き潰し、そのネットワークのマスター権限を師父が掌握しなければなりません』


 黄龍のホログラムがズームアップされ、関東の北部に位置する一つのポイントが赤く点滅した。


「……栃木県、那須の『殺生石ダンジョン』」


 彩斗美が、その名を重々しく口にする。


「協会でも『条件付き監視レベル』に指定されている、極めて有毒なガスと強烈な幻術が支配する迷宮よ。芦ノ湖ダンジョンに似ているけれど、あそこはもっと厄介だわ」


『左様です。あそこの深淵には、妲己システムの強力な端末――神話級亜種『九尾の狐』が巣食っています。あれを破壊・掌握することこそが、アストライアへの道を切り拓く第一歩となります』


「カッカッカ! ようし、形が出来てきたな。イカれたキツネの端末をぶっ壊し、俺たちの『送信機』として乗っ取る。……だがその前に、だ。結羽、お前さんの武器を強化しなきゃなんねえ」


 ドレイクはタバコの煙を吐き出し、立ち上がった。


 空間収納袋(マジックバッグ)に手を突っ込み、ドスンッ! と鈍い音を立てて、黒光りする金属のインゴットを作業台の上に置いた。


 ただそこにあるだけで、周囲の空間がぐにゃりと歪むほどの超質量。


 野田ダンジョンの深淵から一時的に空間を繋げたドレイクの『巣』から回収してきた神話級の最高金属――『黒鋼(クロムアダマン)』だ。


「この黒鋼で結羽の如意棍棒を打ち直してやる。だが、こんな超重力を持ったバケモノ金属、今のままのお前さんがいきなり武器として振り回せるわけがねえ。器が追いつかずに自滅するのがオチだ。武器を打つ前に、まずはてめぇの身体をこの『黒鋼の特性』に順応させなきゃなんねえんだよ」


 ドレイクは仙気を練り上げ、黒鋼のインゴットから四つのパーツを切り出すと、そのまま指先から極限まで圧縮した仙気を放出し、金属の表面に直接魔術回路を刻み込み始めた。


 バチバチと紫色の火花が散り、あっという間に完成したのは、無骨なデザインのリストバンドとアンクルバンドのセットだった。


「名付けて『縛仙環(ばくせんかん)』だ。お前さんには、今からこれを四六時中身につけて生活してもらう。ほれ結羽、手と足を出せ」


 ドレイクに言われるがまま、結羽が両手首と両足首にそれを装着された瞬間。


「っ!?!? お、重ッ……!!」


 ガクンッ! と、結羽の身体が床に沈み込んだ。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 床に這いつくばってカエルのように震える姉を見て、ふゆが慌ててドレイクを見上げる。


「お、起き上が、れない……!!」


「おやっさん、これうちの床が抜けたり、お姉ちゃんのベッド壊れちゃったりしない?」


 魔力視を展開して、姉が怪我をしているわけではないことを確認した妹は、冷静な疑問を師匠にぶつけた。


「安心しろ、ふゆ。外部的な重さ自体は数百キロってとこだ。寝ている間は寝床が軋む程度で済むだろうよ。ただしいっぺん横になっちまったら、起き上がるのは至難の業だがな」


「な、なん、ですか、これぇ……ッ! 仙気、を、練ろうと、すると……全部、吸い取られて……っ、もっと、重く、なるぅぅぅ……!」


「当たり前だ。こいつは装着者の仙気を強制的に吸収し、それをさらに『超重力』へと変換して押し潰しにくる、仙人すら捕縛する極悪な拘束具だからな。筋力そのものと、身体を強化する仙気をごっそり奪い取られる感覚だろ」


 床でピクピクと痙攣する弟子を冷酷に見下ろし、ドレイクは獰猛に牙を剥いて笑った。


「こ、こんな、重いもの、四六時中、つけっぱなし、ですか!?」


「おうよ。なぁに、並行世界とはいえ血縁があるって分かったんだ。遠慮する方が失礼ってもんだぜ。こっちの世界にもあるだろ? 『可愛い子には重りをつけて千尋の谷に突き落とせ』ってな」


「そんな、ことわざ、聞いたこと、ないし、虐待ですし! 虐待、どころか! 殺意があり、ますよ! それぇッ!!」


『アストライアにもこちらの世界にもデータベースには存在しない語彙ですね』


「黄龍さんも、冷静に、つっこまないで、ください!!」


 全身から脂汗を流し、息も絶え絶えになりながらも必死にツッコミを返す結羽を見て、ドレイクは嬉しそうに腹を揺らした。


「そいつを着けたまんま、なんでもないように振る舞えるようになるまでが第一歩だ。当然、それが外せるようになるまでダンジョンアタックは禁止だ。時間が空いた分、学生らしいことでもすりゃあいい」


 ダンジョン禁止令。


 床に張り付いたまま、結羽は必死に顔を上げた。


「が、学生、らしい、こと……。だったら……っ!」


 結羽は這いずりながら移動し、重すぎる腕をプルプルと持ち上げ、バッグからシワシワになったプリントを取り出した。


「これ……っ、学園の、教務課からもらった、『特例・スキップ卒業、認定試験』の申請書、です……。ほ、保護者の、サインが、必要、なんです……っ!」


「ほう、保護者のサイン?」


「は、はい……っ! だから、この、お休みを、利用して……有馬の療養所にいる、おばあちゃんの、ところへ……行って、きます……!」


『ほう、お祖母さまはご存命でしたか。有馬、なるほど。師父、そうしましたら我々も関西に遠征というのはいかがでしょうか。妲己の中継機たる『九尾の狐』掌握のヒントになる遺物――『殺生石の破片』が京都にあるようです』


「そう、したら……っ、おばあちゃんの、サインをもらう、ついでに……その『殺生石の破片』を、調査して……那須ダンジョンの、術式解析のシミュレーションをするってのは、どう……ですか……ッ?」


 ドレイクは呆れたように息を吐き出し、そして、カッカッカ! と豪快に笑った。


「上等だ。ただし、その『縛仙環』をつけたまま、だ。キツい旅になるぞ?」


「くぅっ……や、やってやりま、す!! 重いぃ~……!」


 かくして、ダンジョンネットワークを掌握するための武器強化、そして自身のルーツである祖母との再会を懸けた、地獄の『関西遠征』の幕が切って落とされたのだった。

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